千百十五 志七郎、嫁斡旋と下の薬の話を聞く事
「お前達は強き戦士だ、気に入った! 家に来て一族の娘をファックしていいぞ!」
アーマーンを仕留め、残って居た河馬鬼達を掃討し終えた後に一寸木陰で休憩を取って居ると、アヴェナナ氏が突然そんな言葉を口にする。
此の世界で某軍隊映画の軍曹殿が口にする煽り文句なんて物が定型文化されて居るなんて事は有る訳が無いので、恐らくは文字通りの行動を口にして居るのだろう。
「悪いが俺はヤり捨ては好みじゃないんでな。嫁にくれるって言うなら喜んで顔合わせを頼むけどな。とは言えお前さん所の基準で美人は困るぞ?」
その言葉に真っ先に反応したのはアーマーン討伐の立役者の一人であるテツ・カ氏だ。
二十歳そこそこの彼は今の所独り身の様で、出会いが有るならば積極的に狙っていこうと言う姿勢の様である。
「勿論解っている。俺も手隙の時には案内人で外貨を稼いだりもするからな、我が部族でモテる女と他所でモテる女は違う事は知っている」
戦闘部族であるウポポ族では、夫と成る男性に求められるのは当然ながら『強さ』だが、その嫁と成る女性に求められるのも『強い子を産める強い女性』なのだと言う。
逆に言えば此の世界で一般的にモテるとされて居る『綺麗』だったり『可愛らしい』と言った形容をされる様な女性は、ウポポ族の基準では『弱々しい』と言う扱いになり、言い方は悪いが他所へと嫁に出す『政略結婚の駒』と言う様な扱いらしい。
「スー族が一夫一婦の契を大切にする部族でなければ、ターには俺の妹を第二夫人として貰って欲しかったんだがなぁ……だがテツ、お前ならばターに負けず劣らずの良い男だ、俺の妹と一度会って話をしてくれ」
未開拓地域に住む部族の多くは、魔物や動物を相手にした狩りで男性が命を落とす事も少なくない為、基本的に女性が余るので一夫多妻が普通なのだと言う。
そんな中に有ってスー族は数少ない一夫一婦の婚姻を守っている部族だそうで、既に奥さんが居るターさんにウポポ族からの嫁の宛行いをする事は無いらしい。
「申し出は有り難いが私はワイズマンシティに嫁も子も居るのでな、家族に顔向け出来ない様な恥を晒す積りは無い」
そんな言葉でアヴェナナの提案を断ったのはワン大人だ、その容姿から四十路絡み位だとは思って居たがやはり妻子有る身だったらしい。
「シシチローと言ったか? お前さんはどうする? 年の見合う娘と会って見るか? 其れ共年上の女を相手に筆下ろしと行くか?」
前世の世界ならば間違い無く性的嫌がらせで訴えられるだろうド直球な言葉でアヴェナナが俺にも話を振ってくる。
「此処に居るお連は俺の許嫁だからな、彼女が居るのにそんな不誠実な真似は出来ない。其れに俺達が此の南の地まで来たのは、俺の息子の元気が無いのを治療出来る食材を手に入れる為なんだ」
こう言う相手に持って回った言い回しをしても曲解されるだけなのは前世に暴力団の幹部連中を相手に、色々な交渉事を経験していた事で理解して居る為に、俺は自分の抱える問題をハッキリと口に出す。
「妖精の珈琲の果実を食べたり、人食い加加阿を材料に作った猪口令糖なんかの下に効くと言う食べ物が俺は欲しいんだ」
妖精の珈琲も人食い加加阿も未開拓地域の浅部で手に入る食材で、此処まで奥地と言える場所に来なくても入手は可能な物だが、ターさん達スー族とケツァルコアトルを救う為に此処に来る事に成ったのは成り行きの結果と言えるだろう。
「そう言う事なら良い物はこの辺りにも色々と有るぞ。うむ、強き戦士の子種を得る事が出来ないのは仕方無いとしても、密林最強の部族として受けた恩を返さぬと言う訳には行かない。ウポポ族としてそっち方面の饗しの品を用意しよう」
曰くウポポ族の縄張りに生息して居るガラナと言う植物の実は、滋養強壮に良く効き産後の肥立ちの悪い女性の回復や、老齢なんかで元気を失いつつ有る息子を元気にすると言う様な効果が有ると言う。
そんな植物が魔物化した『ガララアイ』と言う物を討伐した際に採取出来る果実は、通常の物と比べて可也効果が高く……いや高過ぎて健康な男が口にすると『赤玉が出るまで』盛り続ける劇物なのだそうだ。
「だが先天的な問題を息子に抱えている物が口にすれば、可也の確率で回復するとも言われている。此処数年はガララアイを見た者は居ないが、もしかしたら居るかもしれないと言う場所は幾つか心当たりが有る。全ての後始末が終わったら俺が案内しよう」
分厚い胸板を叩きそう言って笑うアヴェナナ。
「そう言う事ならスー族もお礼の品は用意出来るのだ。ケツァルコアトル様の回復を待つ必要は有るが、森林竜の吐く甘い吐息は万病に効く強壮剤にも成る凄い物なのだ」
森林竜の霊獣であるケツァルコアトルが吐く甘い吐息は、攻撃に使えば通常の森林竜の其れよりも遥かに強大な威力で被害を与えるが、威力を抑えて吐き出す事でガラナの果実同様に滋養強壮に優れた飲み物に成ると言う。
……竜の吐いた物を飲み物として飲む? 其れ汚く無いのか?
いや……でも、向こうの世界でも麝香猫と呼ばれる動物の糞から取れる高級珈琲が有った筈だし有り……なのか?
其れに言ってしまえば牛乳だって牛の体内から出た物を飲んで居る訳だし気にし過ぎとも言えるのか?
「ぬ!? 森林竜と言うのは、もしや四つ足の竜では無く蛇体を持つ竜なのか!? だとすれば龍人王国の秘宝と同種の物やもしれぬぞ!?」
と、森林竜の甘い吐息に大きな反応を見せたのは東方大陸出身の医者であるワン大人だ。
その言に依るならば、東方大陸南部の大半を占める龍人王国には森龍と呼ばれる蛇竜……所謂『東洋竜』が極々少数生息しており、其れが吐き出す穀物を発酵させた物が王族にも献上される霊薬の素材と成っていると言う。
「ああ、確かに森林竜は地竜の様な四つ足の竜では無く、蛇の様な長い身体に小さな足を持つ竜だが……そうか、遥か遠い東方大陸にも同種或いは近種が居るのか。其れは興味深い話だな」
そしてワン大人の言葉に食いつくアヴェナナ、どうやら戦闘部族最強の戦士とは言っても戦闘特化の脳筋族と言う訳では無く、動物や魔物の生態とかそう言う物に造詣が深いらしい。
「うむ、元来は森龍が仔竜を育てる際に仔に与える物なのだそうだが、其れを長年世話をして来た龍人達にも分け与える様になったのだそうだ。其の儘でも滋養強壮に優れた飲み物だが、霊薬の素材として使う事で不老長寿の秘薬の材料にも成るのだと言う」
不老長寿の秘薬と言うと水銀だ何だと眉唾な話が向こうの世界では、洋の東西問わずに有った物だが、傷を一瞬で治す霊薬なんて物が存在して居る此方の世界では本物なんだろう。
「そして東方大陸北部の大半を支配して居た鳳来帝国が龍人王国へと長らく侵攻を続けて居たのも、その不老長寿の秘薬を皇帝が求めて居たからだ……と言われている。まぁ結局はそうした戦で民心が皇室から離れた事で帝国は滅んだのだがな」
不老長寿の秘薬を手に入れる為に其れを作れる隣国へと侵攻を繰り返し、其れで国が疲弊した結果内乱が勃発した……と。
恐らくは前に聞いた話では百八人の武侠が立ち上がり鳳凰武侠連合王国を成立させたと言う事だったが、そう言う下地が有って武侠達が旗印に成って帝国を打倒したと言う事なのだろう。
「不老長寿の秘薬は解らんが、森林竜も仔竜に其れを与えて育てるのだから、恐らくは同等か其れに近い物なのだろう。そして下の方に効くと言うのも間違い無い事実だぞ。俺も子を成す為に一度飲んだ事が有るしな」
そう言うアヴェナナ氏は既に二児の父で有り、三人目の子供も第二夫人の肚に宿っているのだと胸を張るのだった。




