千百十三 志七郎、作戦を立て止め刺す事
河馬鬼達に対して暴虐の限りを尽くすアーマーンの行動に巻き込まれない様に一旦砦の外まで撤退する事も考えたが、ケツァルコアトルを傷付けその身体の一部を喰らった事で呪いを掛けて居るのは間違い無く奴である。
と成ると今回の目的は王河馬鬼を倒しただけでは完遂とは言えず、アーマーンを仕留めてこそ始めて任務完了と成る訳だ。
指導者を討ち取られ右往左往しながら喰われて居る河馬鬼達には、多少憐憫の情の様な物を抱かない訳でも無いが、例え奴等が王河馬鬼に扇動されてやって来たのだとしてもこの世界に取って侵略者である事に変わりは無い。
「本気か!? 奴の目ん玉もう回復してやがる!」
アーマーンの攻撃が此方へと向かって居ないのを良い事に、あっさりと仲間達と合流したのだが、すれ違いざまに奴の顔を見た俺は思わずそんな言葉を吐き捨てる。
回復して居る理由が時間に依る物なのか、其れ共河馬鬼達を喰った事に依る物なのかは解らないが、この短時間で槍が深々と刺さった筈の眼球が完全に回復し、其れが抜け落ちて居るのを見れば、アレをどうにかして倒す事の困難さは容易に想像できるだろう。
「厄介ですな。しかしどの様な魔物でも倒す手段は必ず有る物です。例えば竜の脳を焼く様に……」
冷静さを装っては居るが微かに震えた声でワン大人がそんな事を言う。
竜に区分される魔物がどの大陸でも最強級として扱われるのは、総じて生半可な攻撃は弾く硬い鱗を持ち、多くの魔物の中でも上位に食い込む巨体と其れに見合う圧倒的な生命力を誇っているからだけでは無い。
攻撃の面でもその吐息は、自身と同等以下の生命力しか無い者達を一息で葬り去る程の威力が有る上に、牙や爪は全身に生えた鱗よりも更に強靭で、縄張り争いをしたり雌を奪い合ったりする時に同族同士で戦えば、簡単に鱗を貫いて身体に傷が付く。
そしてそうした怪我を負った場合でも格の高い魔物を喰らえば、食餌に含まれた霊力を用いてあっという間に傷を癒やして仕舞うのだと言う。
けれども人に類する種族はそんな強靭な竜種を殺す簡単な方法を編み出して居た。
竜殺しと呼ばれる柄まで金属で出来た長槍を、竜の眼球へと突き刺して其れが脳に達した後に、雷属性の魔法を使う事で直接脳味噌を焼くのである。
幾ら竜が凄まじい耐久力を持ち他の生物とは比べ物に成らない生命力と回復力を誇るとは言え、脳を直接焼かれたならばその生命は断ち切られるのだ。
ちなみに竜殺しを深々とぶっ刺して脳に傷が付いたとしても、雷で脳を焼かれなければ、其の内槍は抜け落ちて受けた傷も回復すると言うのだから、竜の生命力と言うのは本当にとんでも無い物である。
「アレはどう見ても竜じゃぁ無いと思いますが……其れでも同じ手段は通りそうですね! でも竜殺し無しでどうやって同じ事をするんですか?」
火元国を発つ前に有った黒竜討伐の一件で、竜殺しの技の事を知っていたお連が疑問符の付いた声を返す。
ターさん達が持つ投げ槍は木製の柄に魔物の角や牙の鏃を付けた物で、伝導帯としては心許無いし、俺の刀では残念ながら刃渡りが足りない。
「うわ……この場で竜殺しの代わりに使えるのなんて俺の剣だけじゃねぇかよ。いや、まぁやれって言われたらヤるけどよぉ。けれどもアレに取り付いて目玉に剣ぶっ刺すにゃぁどうにか足止めしないと無理だぜ?」
未だ絶賛大暴れ中のアーマーンに取り付いて顔まで登ると言うのは、確かに無理無茶無謀の三拍子揃った行為と言えるだろう……只人ならば。
「テツ殿、剣を借りる事さえ出来りゃぶっ刺すのも雷撃ぶち込むのも俺がやる。氣を使えば空を跳んで直接奴の頭に飛びかかる事は出来るからな」
実際、先程王河馬鬼をぶった切った時の様に、俺ならば宙を蹴って一直線に奴の目玉に剣をぶっ刺す事は不可能では無い。
「馬鹿野郎! 幾らお前さんが一端のサムライたぁ言え、全部お前任せにしちまったら冒険者の名が廃るってんだ! 糞、こうなるなら鎖を全部斬っちまったのは失敗だったな。んー……、あ!? 有ったアレだ! あの上の弩弓が使えるぞ!」
テツ氏がそう言って指差した場所には、恐らくはアーマーンの鎖が外れた時に備えた物と思わしき大きな据付式の弩弓が鎮座して居た。
その後ろにぶっとい鎖が繋がっているのを見るに、アーマーンを再度拘束する為の物なのだろう。
その証拠に周りを見渡して見れば同様の物が他に三つ存在しており、其れ等が四方に配置されて居た。
俺は一番近い其れに向かって氣を使って一気に駆け寄り状態を確認する。
「大丈夫だ! 狙いを付けて引き金を引くだけで良さそうだ!」
ターさんにアヴェナナお連とワン大人で弩弓を使い拘束し、テツ氏が大剣を目玉に突き刺して、俺が雷撃を叩き込む……うん多分其れが一番確実な方法だ。
体格的に一番近い此処に向かって来るのはお連だと思ったのだが、どうやら彼女は未だ俺程に氣を自由自在に扱えないとは言え、氣功使いとしての異能を全て俊敏さに割り振れば面子の中では誰よりも早く遠くへと行ける、そう判断したらしい。
結果、一番遠い場所に有る弩弓にお連が向かい、此処に向かっているのはワン大人、そして残りの二つへとターさんとアヴェナナが向かって居る。
算を乱して喰われるがままだった河馬鬼達だったが、目敏い個体も居た様で俺達がぶち破って来た城門から外へと逃げようとするが、怯えた様子で砦の中へと戻りそのままアーマーンに喰われた。
どうやら門の外にウポポ族の戦士達が集まっている様で、逃げ場の無い状態に成って居るらしい。
結果としてアーマーンは大きく動く事無く、周辺に居る河馬鬼達を貪る事が出来て居た。
「何時でもいけます!」
「此方も大丈夫なのだ!」
「!無問題!」
「行けるぞ! ってー!」
アヴェナナ氏が出した号令に合わせて放たれる四本の太矢は、其々別の場所へと突き刺さる。
「良し! 引けぇぇぇ!」
太矢の後ろに付いて居る拘束用の鎖を四人が力いっぱい引くと、
「Gugyaooooooon!!(邪魔をするなぁぁああ!!)」
アーマーンは忌々しげな咆哮を上げるが、どうやら鎖その物に奴を弱らせる効果でも有る様にその動きを止める。
「今だ! 行くぜ!」
背中に背負った鞘に大剣を戻したテツ氏は、四つん這いに成った儘で動けなく成ったアーマーンの前足に取り付くと、木登りの要領でその身体を登り始めた。
太矢の鏃にはしっかりとかえしが付いて居りそう簡単に抜ける物では無いが、奴が力を取り戻し暴れれば肉が裂けて抜けて仕舞う事も有り得るだろう。
其れでも四人は力いっぱい鎖を引いて奴を拘束し続ける。
……気の所為か、いや間違い無くアーマーンが一方に引きずられている様に身体がズレて居るのは、氣を含めたお連の腕力が強すぎるのだろう。
「お連! もう少し力を緩めろ! お前だけ強すぎる!」
あの程度の動きで有ればテツ氏が振り落とされる事も無いとは思うが、一本でも太矢が抜けてしまえば拘束力が落ちるのは間違いない筈だ。
其れを避ける為にも四人の力がある程度釣り合う様に引かなければ成らないのである。
「よっし! コレで……どうだぁ!」
テツ氏が背負った大剣を抜き放ち逆手に構えて、職業摔角で言うダブルスレッジハンマーの要領で其れを眼球へと突き刺しそのまま飛び降りる。
「Gugyaaaaaaaan!(いてーぇぇぇよぉぉぉお!)」
「四煌戌! 落雷だ!」
絶叫を上げるアーマーンを他所に、俺は四煌戌に向かって落雷の魔法を落とす様に指示を出す。
「「「あおぉぉおおん!」」」
三つの首が揃って声を上げると同時に、空の高い所から轟音を響かせて一筋の雷がアーマーンの目に突き刺さった大剣へと落ちたのだった。




