千百九 志七郎、新たな魔法を編み出し敵陣へと踏み込む事
「ウラウラウラのベッカンコー!」
「ソイヤッさ! ソイヤッさー!」
「ふんぬらば! やーはぁぁあ!」
件の砦までもう少しと言った所まで来ると、アヴェナナ氏が言っていた通り、多くのウポポ族の戦士達が雄叫びを上げながら、河馬を簡素化して直立させた様な魔物を相手に乱戦を繰り広げて居た。
後から調べて解った事だがアレは火元国でも激戦区として名高い『死国』と呼ばれる地域に多く出現する鬼で、火元国では河馬鬼と呼ばれ外つ国ではトロルと呼ばれて居る魔物だった。
奴等は下手な鎧よりも強靭が外皮を持ち、生半可な武器では被害らしい被害を与える事が出来ず、多少通った所で尋常では無い生命力故に活動を鈍らせる事も無く、大きな被害を与える事が出来ても手早く仕留めねば異様な回復力で直ぐに復活する難敵らしい。
そんな河馬鬼達を相手にウポポ族の戦士達は、氣を纏っている訳でも無いのに的確かつ力強い一撃を、外皮の硬さに関係無く被害を与えられるであろう眼球や股間へと叩き込み、復帰してくる前に手早く止めを刺して居た。
其れでも河馬鬼達は一向に数を減らす事は無い、砦の門を開く事無く岩を積み上げて作られた防壁の上から、落下に依る被害を気にする事も無くどんどんと飛び降りてくるのだ。
ウポポ族の戦士達は密林最強の部族と謳われるに相応しい猛者達では有ったが、流石に河馬鬼を相手に一対一を張り続けて無傷かつ無消耗と言う訳にも行かない様で、乱戦の中でもしっかりと連携を取って戦っているのが見て取れた。
「流石はウポポ族の戦士達なのだ。ウチの若い連中じゃぁ単体のトロルなら兎も角、此処までの群れを相手にする事は不可能なのだ。コレならこの場は彼等に任せて私達は砦制圧に注力する事が出来そうなのだ」
その様子に関心と安堵の声を上げたターさんは、後顧の憂いは無く成ったと言わんばかりに好戦的な野獣の笑みへと表情を変える。
「俺も一通りあの砦の周りを見てきたのだが、全面が岩の防壁で覆われており其処を登攀しようとしても上から降ってくるトロルの餌食に成るのが目に見えている。故に出入り出来そうなのはあの閉じられた魔物の骨で出来た門だけだ」
数日前にはこの場へと他の戦士達とやって来て居たと言うアヴェナナの言に依ると、今回俺達が仕掛ける魔物の砦は、大ぶりの岩を積み上げ要所要所を魔物の物と思しき骨で補強された城壁で囲まれた円形の代物だと言う。
岩を組んだ壁ならば登る事も可能な様に思えるし、実際この目で見ても登攀は割と容易に見えるのだが、下で戦っているトロルのお代わりが其処を落ちる様な勢いで下って行く様を見れば無謀だと言う言葉の意味は理解出来た。
ただ問題は……岩を積んだ城壁と大型の魔物の物と思しき骨を組んだ城門、どちらを狙う方がぶち抜き易いかと言う事だ。
打ち抜くべき物の厚さを考えれば城門の方が間違い無く薄いんだろうが、骨に限らず魔物の素材と言う物は剥ぎ取り素と成った魔物の格如何で、その硬さに天地程の差が出る物なのである。
例えば小鬼の様な雑魚であれば、人と然程変わらぬ程度の耐久力しか無いので、其処等の石ころでも頭蓋をかち割るのに何ら苦労は無い。
けれども今目の前でウポポ族の戦士達が戦っている河馬鬼の様に格の高い魔物とも為れば、骨も外皮も頑丈で魔物の素材を練り込んで居ない普通の鋼で造られた戦鎚でぶん殴ってもびくともしないだろう。
そして外壁に使われている岩とて、その辺を穿り返して出てきた『只の岩』では無い可能性だって有る。
精霊魔法で生み出す事が出来る岩人形も、元を辿れば異世界の邪神が送り込んだ石巨人の魔物を模倣した物らしいので、そうした岩の身体を持つ魔物を建材として連れてきた可能性も零では無いのだ。
ただまぁ周囲の地形を鑑みるに打ち抜いた後に行う突撃のし易さと言う点を考えるならば、城門を破壊するのが最も効率的だろう。
「じゃぁ……城門を俺の魔法で打ち抜く。突入は先程立てた作戦通りテツ殿を先頭にターさんとお連が両脇を固め、ワン大人と俺が内側、最後尾にアヴェナナ殿が入って後方からの追撃抑えて貰うと言う事で大丈夫か?」
全員の顔を見回しながら最後の確認を取ると、皆が戦い前の高揚感と緊張感を湛えた良い表情で頷いた。
「古の盟約に基づきて我、猪河志七郎が命ずる、燃え尽くす赫の力、清浄なる蒼の力、頑厳なる黄の力、混ざり混ざりて形有る物を打ち砕く石と為れ! 生まれ出る灰の力よ! 我が氣と共に城門砕く岩弾と成れ! 岩砲!」
石属性の基本的な攻撃魔法である石弾の魔法を、氣を併用する様に即興で微調整した詠唱と共に、全身を巡る氣を四煌戌へと送る。
「「「うぉぉおお雄々ん!」」」
四煌戌達の三つの首が綺麗に揃った咆哮を上げると、通常の石弾の魔法とは比べ物に成らない程に大きな岩が目の前に出現すると、真っ直ぐに骨で出来た城門へとすっ飛んで行く。
「お前様!?」
と、同時に可也の量の氣が持っていかれた感覚が身体を襲い、四煌戌の鞍から落ちそうに成るが、未だ相乗りしていたお連が咄嗟に掴んでくれたお陰で落下は免れた。
そして飛んでいった岩砲の弾丸は、硬い物と硬い物が打つかり合う鈍い音を立て、其れから重い物を砕いた轟音を響かせて城門を打ち砕く。
「ウポポ! アヴェナナ! ゴー! ゴー! ゴー!」
「ウララ! ウラウラ! ベッカンコー!」
「はーあ! そいやっさ!」
同時にソレを察知したウポポ族の戦士達は、一瞬此方に視線を向けると俺達が砦へと突入し易い様に、進路上に居る河馬鬼達を退かす事を優先する様に戦い方を変えて居た。
ソレは自分達の部族の中でも最強の戦士であるアヴェナナが、確実に敵の首魁の首級を上げるだろうと言う信頼の現れなのだろう。
「うし! 行くぜ!」
そう吠えたテツ氏は背負った大剣を抜き放つと、肩鎧に乗せて担ぐ様な構えの儘で作戦通り先陣を切って駆け出す。
「こうした状況で守りの選択しか出来ない時点で、スー族に密林最強の部族を名乗る資格は無いのだ。本当にウチの連中は……ウポポ族の戦士達の爪の垢でも飲んで猛省して欲しいのだ」
そんな統制の取れた戦いぶりにターさんは、少しだけ落ち込んだ様な表情で呟きつつ、テツ氏の脇に続いて走り出す
「皆様、くれぐれも大きな怪我をせぬ様に気を付けて。私の霊薬では骨折位ならば何とかなりますが、四肢の切断程の大怪我は即座には治せませぬからな」
作戦通りに行くならばお連も続いて行かねば成らない筈だが、残念ながら体格の関係上此処から彼女を走らせると、戦闘に入る前から無駄に体力を使うことに成る為、砦の中に入るまでは四煌戌の背に乗せた儘で行く事になったので後ろに続くのはワン大人だ。
「お前様……連の事を心配してくれるのは嬉しいですが連も武門の娘です、与えられた役目はしっかりと務めますので、お気使いし過ぎる事無くお願いします!」
ワン大人の後ろを四煌戌を走らせると、俺の背に掴まったお連がそんな言葉を口にする。
……そう言われて俺のお連に対する対応は『過保護』な物と受け取られて居る事に気付かされた。
彼女が本当に猪山藩で鬼熊すらも相手にしていたと言うのであれば、俺の彼女に対する対応は過保護と言えるだろう。
けれども氣を纏う事も出来ない状態の彼女が鬼熊を相手取っていたと言うのは少々信じがたいが、純粋な腕力だけなら間違い無く俺よりも上だし、鉞や鍬の様な力型の武器との組合せなら不可能では無いとも思える。
まぁ流石に単独で相手をして居る訳では無く、俺の又従兄弟である太郎彦辺りと共に行って居るのだろう。
恐らく彼等国許の人達はお連を一人前とまでは言わずとも、相応の戦力として扱って居たのではなかろうか?
ソレに比べたら俺の彼女に対する対応は確かに、過保護過ぎたと言えるかもしれない。
「行くぞ! とっかーん!」
その点を反省しつつ後ろに続くアヴェナナ氏を確認しながら俺は四煌戌の腹を蹴り、砦の中へと踏み込むのだった。




