千百八 志七郎、最強の矜持を知り作戦を立てる事
順調過ぎる道程を経てそろそろ件の砦が見えて来る筈の場所へと至ったその時だった、
「「「ウーララ・ウラウラ・ベッカンコォォオオ!」」」
と、そんな叫び声が無数に聞こえると同時に、多数が入り乱れて争う様な気配が可也遠くから感じられたのだ。
「この声は……ウポポ族の雄叫びなのだ! この先で彼等が戦って居る! 私達も直ぐに行かねばスー族の名が地に落ちて仕舞う!」
その怒声に覚えが有ったらしいターさんはそう言って駆け出そうとする、が……
「待てター、雑魚の露払いは密林最強の部族で有る我等ウポポ族の戦士達が受け持つ。貴様と外の者達は俺と共に砦の首魁を討ち取る事に専念するべきだ」
深い緑色の鱗を連ねた鎧と股間から突き出した牛か何かの角で出来た陰部を覆う下着が特徴的な男が姿を現すなりそんな言葉で制止する。
……恐らくは臭いでその存在を察知して居たであろう四煌戌が、警告の声を上げる事が無かった事から察するに、此方に敵対する意志を持たない者と看做したのだろう。
最近気が付いた事なのだが四煌戌……その中でも特に嗅覚が敏感な翡翠は、単純に臭いだけを嗅ぎ分けて居るのでは無く、相手の感情や敵対的な意志に所属組織と言った『臭いだけでは判断出来ない物』も嗅ぎ分ける事が出来ているらしい。
聞き耳頭巾を使って聞いて見た所に依ると、敵対して居る相手は赤い臭いがして、此方に関心が無い者は黄色い臭い、そして友好的な相手からは青い臭いがするのだそうだ。
臭いなのに色? とは思うのだが、彼がそう感じていると言う感覚的な物を言語化した結果なので、そうとしか言えないのだろう。
その感覚に依ると眼の前に現れたウポポ族の彼は青い臭いの相手らしいので、少なくとも今の所は味方だと思って良いのだと思う。
「アヴェナナ! 真逆あれ程にウチと揉めていたウポポ族が協力してくれるなんて!?」
どうやら彼はターさんの顔見知りだった様で、ターさんは驚きと喜びそしてその他諸々の感情が入り混じった様ななんとも言えない表情で涙まで浮かべて、そう言ってアヴェナナと呼ばれた男の手を取った。
「ウポポ族は密林にて最強、最強を名乗るには最強の部族としての責務と言う物が有る。密林を脅かす災い有ればソレに対して率先して戦いを挑むのが最強の部族足る我等の矜持也」
と、そんな言葉から始まったアヴェナナ氏の言に依れば、密林最強の部族であるウポポ族は、最強で有るが故に密林に生きる他の部族の平穏を守る義務を背負って居るのだそうだ。
そしてソレは彼個人の矜持と言う訳では無く、部族の総意で有りウポポ族の戦士は集落を守る最低限の人員を除いて、魔物の砦周辺の魔物と戦い続けているのだと言う。
「個人的な意見を言うのであれば、貴様達を待たず俺一人で砦に突入する積りだったんだが……奴等の砦は堅牢な門で守られており、精霊の御力無しでアレをこじ開けるのは無理だった。だが貴様等ならば精霊の御力を借りれる者が必ず来ると思って居たのだ」
アヴェナナ氏はそう言って俺とお連が相乗りして居る四煌戌を見てから一つ満足そうに頷いた。
「見た所、族長殿が契約して居る精霊達よりも強力な権能を持つ霊獣と契約して居る良い術師の様だな。貴様の師匠だったあの大猩々と同等かそれ以上の気配を感じるぞ」
聞けばウポポ族に精霊魔法の使い手が全く居ないと言う訳では無いが、複数属性を掛け合わせて使える程に熟達した者は居ないそうで、堅牢な城門を打ち砕く程の魔法は使えないらしい。
「俺も戦略級の魔法が使える様な大魔法使いって訳じゃぁ無い……が、対物破壊魔法として効果の高い岩属性の魔法を扱う事は出来るから、何とか成る様に力を尽くそう」
此処に居るのがお花さんならば『城門を破壊する』なんて小さな事を言わず、砦諸共に『隕石落とし』でドカンと一発ぶっ放して終わらせる事も出来ただろう。
けれども星界の彼方から時空間を歪めて隕石を召喚すると言う強力な時属性の魔法であるソレを俺や四煌戌は未だ使う事が出来ないし、無理やり使った所でマトモな威力を持つ大きさの隕石を呼び出す事は出来ない筈だ。
とは言え堅牢な城門と言うのが何れ程の物かは解らないが、物を破壊する事に特化した岩属性の中で俺が使える最大級の魔法ならば、撃ち抜けないと言う事は無い……と思いたい。
いや……まてよ? 氣と言う異能は器用さとか精神力とかそうした概念的な能力すらも高める事が出来る異能だ。
と言う事は精霊魔法を使うのに必要だと言われている魔力を高める事も可能なんじゃぁ無いだろうか?
それどころか四煌戌を全力で走らせる時には、俺の氣を彼等に譲渡して使わせる事も出来るのだから、魔法を行使する際に氣を併用すればより強力な魔法を放つ事も不可能では無い可能性も有る。
遣り過ぎれば氣脈痛を起こす可能性も有るだろうし、ぶっつけ本番で遣るには少々危険性も有るが、成功すれば火元国から留学して来て居る者達全員がより強い魔法を使う事が出来る方法として良い発明と成るだろう。
「なぁター、他に突入前に共有して置かねぇと駄目な情報はもう無いか? お前は此のアヴェナナって奴の事も良く知ってるみたいだが、俺達は此奴の事をなんにも知らねぇ。作戦を立てる為にも一度此処で誰が何を出来るのかもう一回確認するぞ?」
冒険者としては若手の区分に入る年齢ながら、此の面子の中では最も多くの冒険を熟しているテツ氏がそう言いながら自分の胸を叩き再び口を開く。
「俺は戦士として相応の経験を積んで居る。得物はこの大剣だがただ叩き斬るだけが能じゃねぇ、此奴は火の秘石を組み込んだ術具でな、相手が火に弱いなら焼き斬る事も出来る代物だ」
此処までの道中で食事の為に動物を狩る事は有ったが、その際に彼が使っていたのはその辺に落ちていた石礫の投擲で、背中に背負った大剣を抜いた事は無かったが、そんな業物だったのか。
「私は医師で有り薬師だが、武道家としても相応の経験を積んで居る故に足手纏にだけは成らないと言って置こう。ソレに戦場での緊急治療の経験も有るからな私が倒れない限り他の者の命は守ってみせようぞ」
続いたのはワン大人だ、医師も薬師も冒険者としての職業には含まれていない為、彼を冒険者の区分で見れば武道家と言う事に成るが、本質としてはやはり事前に用意してある霊薬を使った回復要員としての役回りだろう。
「連はこの鉞とお相撲でドカーンとやる事しか出来ません! 一応風の精霊とは契約してますけれども、戦いながら魔法を使う練習は未だして無いのでぶった切る要員です!」
胸を張ってそう言うお連、まぁ間違った事は言って無い、彼女を前衛として運用するのは少々気が咎める物が有るが、鉞も相撲も接敵してブチかましてナンボの戦闘方法なのだから仕方無い。
「多分この中で出来る事が一番多いのは俺だろうな。得物は刀と拳銃で、精霊魔法を扱う事が出来るのと、錬玉術で作った霊薬も幾つ持っている。今回の面子では俺は後衛に回って魔法使いとして振る舞うのが最善だろうな」
ぶっちゃけ個人的に言うのであれば、先陣を切って刀で敵をぶった斬るのが一番好みの戦い方なのだが、今回はテツ氏やお連が前衛を張るので俺は後ろで魔法を使うのを優先する方が効果的に戦う事が出来るだろう。
「私は格闘術には少々自信が有るのだ、でも今回の様な戦いの時にはアトラトルを使って投げ槍を投げて戦う事も出来るのだ。雑魚を突っ切る間は拳で戦い首魁を相手にする時には槍を投げるのが私の役割だと思う」
虹色にうっすらと光る鱗鎧を身に纏ったターさんは、三寸程の棒を取り出し軽く降って見せる、弓の様な物を持っていないのに背中に矢筒を担いで居たのはアレを使って投げる為だったらしい。
「ターと同じく格闘術と投げ槍が主な武器だが、この剣も飾りと言う訳では無い。まぁそちらの冒険者が持つ様な精霊の力を宿す様な細工はされて居ない普通の剣だがな」
ターさんとは鎧の色と特徴的な下履き以外は、ほぼ同じ武装のアヴェナナだったが、腰から吊り下げている剣はどうやら外との交易で手に入れた物らしい。
ちなみに二人が持っている投げ槍の鏃は肉食獣の牙を使った物だと言う。
基本的に精霊信仰の民は金属を加工する技術を持っていないそうで、彼等が冒険者組合経由で案内人の仕事をするのは、外貨を得てソレで必要な金属製品等を買う為らしい。
そうして其々が出来る事を出し合い、話し合って作戦を立てた俺達は、魔物の砦へと向かい歩を進めるのだった。




