千百五 志七郎、未開拓地域を駆け抜け集落へと至る事
密林と草原の寄木文様地帯を南下する事十五日、俺達はスー族の暮らす集落へと無事辿り着いて居た。
それにしても未開拓地域と言うのはなんと実り豊かな土地なのだろう?
テノチティトラン王国を出発してから此方、俺達は飲水こそ精霊魔法を頼った物の食料に関しては持ち込んだ保存食の類は一切消費して居ない。
密林地帯では其処等中の木々に食える果実が実っており、草原地帯では探すまでも無く其処等で手頃な草食動物を狩る事が出来た。
勿論、密林に肉を食える獲物が居ない訳では無いし、草原で食える野草の類が全く無いと言う訳でも無い。
まぁ其れ等を狙った魔物も相応に出現し戦う事に成ったが、今回の俺達の戦力からすれば雑魚としか言い様のない程度の相手ばかりで、困難と言う程の物では無かった。
移動のついでで手に入る範疇で大食らいな四煌戌の食餌を賄った上で、俺達人間の分も十分以上の食事が取れる程に何処もかしこも食料が豊富だったのだ。
此れだけ豊かな土地ならば当然誰かが手に入れたいと考えるのだろうが、其れを難しくして居るのが密林竜とその縄張りに共生する精霊信仰の民である。
「この土地を魔物達の侵攻から守って居るのはケツァルコアトル様を筆頭とした密林竜と、我らスー族を始めとした精霊信仰の民なのだ。我々を排除して豊かな土地を手に入れたとしても阿呆程現れる魔物に潰されるのがオチだぞ」
道中でその事をターさんに尋ねると、あっさりとそんな答えが返って来た辺り、過去に似たような事を企んだ者が実際に居たのだろう、んでその言葉の通りの末路を辿った……と。
此れ未開拓地域の開拓って無理ゲーじゃね? 若しくは密林竜と同等かそれ以上の殲滅力を持つ奴じゃないと無理って事か?
「大半の冒険者は精霊信仰の民の事を未開の民とか、馬鹿な勘違いしてるけどよぉ、一番弱い部族でパン焼きの名人だと言われてるキムラーヤ族でも戦士階級の奴等は下手な二つ名持ちの冒険者より強いかんな」
その際西方大陸の冒険者も精霊信仰の民も両方をある程度知っているテツ氏はターさんに同調する様な言葉を口にした。
「ちなみに我等スー族は周辺部族で最強って事に成ってるが、ソレは私の祖父のパーと父のスーと私が飛び抜けて強いだけで、部族全体の平均的な強さで言えばお隣のウポポ族の方が強いぞ。だからこそ最強の座を狙うんだけれどもね」
曰くスー族は本来ケツァルコアトルと言う霊獣に仕える神官の様な位置付けで、部族としての強さ番付の様な物とは無縁の存在で、ウポポ族と言う部族が最強の座を保持していたのだそうだ。
けれどもターさんの祖父であるパー氏が単独での白王獅子撃破と言う偉業を成し遂げた事で、強さ番付に名前が上がる様に成ったらしい。
一人の偉業だけならば一過性の話で済んだのだろうが、部族の名を持つターさんの父スー氏が精霊魔法学会に留学し魔導師の称号を得た事で、広域殲滅能力を持った事で部族としての強さが周囲に認められる様に成った。
そしてターさんが再び白王獅子の単独撃破を成し遂げた後、最強の部族の座を掛けてウポポ族最強の戦士が彼に決闘を挑んだのだと言う。
三日三晩に及んだ決闘の末、二人の戦いは両者失神と言う状況となり引き分けに終わったのだそうだ。
ターさんとその戦士は互いに好敵手と認め合い、切磋琢磨し互いの武技を高めていく良い関係と成ったが、残念ながら両部族の末端までそうした思いは行き届かなかった。
其の為、互いの狩り場や収穫物に水場と言った物を巡って小競り合いが頻繁に起こる様に成ったのだそうだ。
「祖父のパーが成し遂げた事も父のスーが魔法使いとして成功した事も父や私が外から妻を貰った事も悪い事だとは全く思わないが、私達一族の成功をスー族全体の物だとして驕った態度に出る若い連中にも問題が有るのは間違いないのだ」
以前は其れ等の場所でかち合う事が有ってもスー族は相手を最強の部族として立て、ウポポ族も彼等をケツァルコアトルに仕える『神官』として立てる事で、お互いに尊重し合って居たらしい。
だが最強の部族と言う立て看板がスー族に移ってしまった事で、自分達の方が偉いと勘違いした若い連中がウポポ族だけで無く、隣接する他の部族と問題を起こしまくって居るのだと言う。
ターさんの父で有るスー氏はそうした若者達を諌め、他の部族に対しても謝罪したりしてなんとか軋轢を解消しようとして居たのだそうだが、上層部同士は兎も角末端の者達がギズギズとした状況に成るのは避けられなかったらしい。
「流石に何も無い状況で直ぐに攻撃される事は無いとは思うけれども、ケツァルコアトル様が亡くなられた時には、先ず間違い無くその責任を取らせるとかそう言う名目で、何処かの部族が襲って来ると父は考えているのだ」
部族の若者が驕る事に成った原因の一端が自分に有る事で、ターさんはその責任を割と重く感じているらしく、命を懸けてでも霊獣ケツァルコアトルの呪いを解こうと考えテノチティトラン王国まで助っ人を呼びに言ったのだそうだ。
片道十五日、往復で一ヶ月と言う時間を掛けての行動は割と悠長な物とも思えたが、その間はターさんの父で有るスー氏が精霊魔法と地元の薬師の技術を併用する事でなんとしてでも保たせると言って送り出したのだと言う。
つまり義二郎兄上よりも強いと思わしきターさんと、精霊魔法使いとしても割と上位の実力を持つと思しきスー殿が力を合わせても、ケツァルコアトルを傷付けた魔物が居る砦を落とす事が難しいと言う判断を下したと言う事だ。
「取り敢えず砦への突入は明日以降にして、今日の所は旅の疲れを落とす為に休むのだ。今夜は我が家に泊まると良い、家の嫁さんの飯は美味いからな」
一通りの状況説明をしてくれた後、ターさんはそう言って俺達を自分の家へと案内してくれたのだった。
細く割いた竹を編んで作られた壁と、大きな葉っぱを重ねて葺いた屋根の建物は、パッと見た感じは粗末な作りにしか見え無いが、中に入って見ると密林の蒸し暑い環境で生活し易い様々な工夫がされて居る様に思えた。
なんせ建物に一歩踏み込んだ瞬間にどう言う理由かは解らないが『涼しい』と感じたのだ。
「遠い所まで良くお越し頂きました、私はターの妻でジャネットと申します。皆様の為に美味しい御食事を用意しておきますので、少し家で涼んだら先ずは旅の垢を落として来て下さいませ」
そう言って迎え入れてくれたのは、ターさんとお揃いの金色に輝く髪を持つボンキュボンと擬音で表現したく成る様な素敵な身体を持つ色白の美人さんだった。
しかもそんな人が皮で出来たパンツとブラジャーだけと言う刺激的な格好で居るのだから、思春期の少年が一行居なくて本当に良かったと思う。
なお今回の面子の中で唯一の若い男性であるテツ氏は、彼女と面識が有る様で『チッス』と軽い挨拶を交わして居る。
「久し振りだなジャネット、此方での生活には随分と慣れた様だな。お前さんがターに嫁ぐと言い出した時はどうなるかと思ったが、案外上手くやっている様で安心したよ」
そんな言葉を口にしたテツ氏に拠れば、ジャネット夫人は精霊魔法学会を卒業したワイズマンシティ出身の冒険者で、一時期はテツ氏達と共に未開拓地域を冒険していた一党の仲間だったらしい。
その際に案内人として何度か同行したターさんと恋仲に成り、彼女はスー族と共に生活する事を決めたと言う。
幸か不幸かターさんの父であるスー氏の奥さんも精霊魔法学会に留学して居た頃に知り合った女性だったそうで、此方の生活様式に合わせつつワイズマンシティ特有の精霊魔法を用いた生活をある程度組み込む事で文化的格差に苦しむ事無く生活出来ているそうだ。
「家の集落は近くに温泉も有るから、其処でさっぱりしてきて下さいな。勿論男女で浴場は別に成っているので安心して下さいね」
ジャネット夫人はお連を見下ろして軽くウインクしつつそう言って俺達を温泉へと送り出してくれたのだった。




