千百二 志七郎、組合と案内人を知り裏社会を思う事
冒険者組合テノチティトラン支部は、ワイズマンシティの其れよりも可也規模が大きい様で、少し離れた所に見える『王宮』と比べる事が出来る程の敷地面積を誇って居た。
言っては悪いが西方大陸でも最貧国の一つとして数えられる此の国に、此れ程大きな建物を有しているのには当然理由が有る。
此の国から南の広大な領域の殆ど全てが世界樹の神々と其れを信奉する者達に取って『未開拓地域』なのだ。
つまり此のテノチティトラン王国は、新たに土地を開拓し其処に国を創り王になろうと言う冒険者達に取って前線基地と言って間違いない場所なのである。
この先にも精霊信仰の民が暮らす集落等が有る為、完全に前人未到の土地と言う訳では無いが、其れでも可也の領域が魔物や野生動物が跳梁跋扈する危険地域の為、其処を開拓すると言うのは可也困難な事業だろう。
其れでも此処を拠点に開拓可能な土地を探す為に、未開拓地域へと足を踏み入れる冒険者が後を絶たないのは、此のテノチティトラン王国自体がそうして産まれた国だと言う事が一つの理由だと思われる。
凡そ百年程前に冒険者だった今の国王の六代前の先祖が、巨大な湖に突き出した此の半島に生息して居た人食いの魔獣『テスカトリポカ』を討伐し此の地を開拓したのだと言う。
無論、何処も彼処も一体の名持ちの魔物を討伐すれば、開拓可能に成るのかと言えば当然そんな訳も無く、冒険者達は今日も命を掛けて、そうした場所を探す為に未開拓地域へと挑むのである。
「たぁ言え、何度も未開拓地域へと踏み込み、自力で奥地からでも帰って来れる様な連中ばっかりが此処の組合を利用する訳じゃぁ無ぇ。俺達みたいに目的が有ってその時だけ来る様な奴や初心者が未開拓地域に入るにゃ案内人が必要不可欠な訳だ」
此処まで案内してくれたテツ氏が、組合の入口に設置された自在扉を押し開けて中へと踏み込みつつ、そんな言葉を口にした。
「案内人は未開拓地域に住む精霊信仰の民が外貨獲得の為にやってる事も有れば、熟練の冒険者が年で戦え無く成った後に、その経験を売りにやってる場合も有る。どっちが上って事は無いが此処に居る爺は大体は『生き残り』だぜ?」
他の地域で生きる冒険者や鬼切り者達は老いて戦え無く成る前に一財産築く事が出来たならば、其れを元手に商売を始めるなり何なりの方法で第二の人生を歩むのが普通である。
中にはそうした第二の生涯設計が上手く行かず冒険者組合に出戻りする者も居るが、多くの場合は組合が経営する酒場や宿の雇われ店長として食い扶持を稼ぐ事が出来る様に組合が支援してくれるのだと言う。
けれども此処テノチティトラン支部に限っては、戦力として第一線を退いた後も、案内人を生業として未開拓地域へと向かうのを日常とし続ける者も割と居るのだそうだ。
案内人への報酬は基本的に『何日間未開拓地域へと潜るのか』で変わる物だそうで、日数が多ければ多い程に『其れだけ深い地域へと潜る』と言う事で、一日当たりの単価もドンドン増えて行くと言う取り決めだという。
つまり経験豊富でより深い地域に潜り続ける事が出来る様な人物を雇うには、其れこそ『国を買う』程の金貨が必要に成ると言う事だ。
深い場所へと潜っても戻って来れる熟練の案内人と言うのは、戦闘能力こそ若い者より劣る様に成った物の、経験値と生き汚さと言う点では誰にも負けない者だと断言して間違いない人物である。
……中には自分が生き残る為に時には顧客を見捨ててでも帰還するなんて案内人も居るのだろうが、案内料の支払いは無事の帰還後に冒険者組合を通して行われる為、其れをされるのは案内人の静止を振り切りって無謀な真似をした馬鹿だけだと言う。
「成る程……通りでワイズマンシティの組合に比べて御老人の姿が多い訳だ。そしてその全員が皆経験豊富な生き残りだと言うのであれば案内人は選り取り見取りって事で間違って無いのかな?」
広間を抜けて酒場兼待合室の様な所へと入った時点で、其処に居る者達の年齢層がワイズマンシティと比べて明らかに違う事に気付いた俺はそんな言葉を口にした。
「確かに経験豊富な生き残りなのは間違いないが、何処まで行った事が有るかを見極めなけりゃ良い案内人を引く事は出来やしねぇぜ? 言っちゃ悪いが中には一週間も潜らないで帰れる距離しか行った事の無ぇ爺も居るからな」
未開拓地域と言うのは奥に行けば行く程に危険度の高い魔物と遭遇する確率が増すのが普通だそうで、片道一週間の距離を超えれるかどうかで冒険者としての名声にも関わって来るらしい。
逆に言えば一週間以内に戻れる程度の浅い地域にしか行った事が無い、若しくは老化に依る衰えで其処まで深い地域に入る体力が無い様な案内人も決して少なくは無いのだそうだ。
「まぁ今回の俺達みたいに目的の物がハッキリしてる場合にゃ、素直に組合から紹介して貰うのが手っ取り早いんだけどな。ただ紹介の場合にゃ紹介料が別に掛かるから、先ずは俺の顔見知りの案内人が居るかどうかの確認が先だ」
組合が取る紹介料と言うのは、案内人に支払う料金の一割分を追加で支払うと決められているそうで、腕が立つ案内人で有れば有る程に組合が取る紹介料も馬鹿に成らない額面に膨れ上がるのだと言う。
但し其れは飽く迄も組合を通して紹介して貰った時にだけ支払う物で、二度目以降同じ案内人を雇ったり、同業者からの紹介等で組合からの紹介を受けなかった場合には支払う必要は無い。
其れでも案内料の支払いや契約内容に関して言った言わないの揉め事を避ける為に、組合の仲介を得て契約する必要は有るが、その場合の仲介料等は必要無いのだそうだ。
この辺の取り決めは雇う冒険者は『少しでも安く良い案内人を雇いたい』雇われる案内人は『確実に報酬の支払いを受けたい』と言う両者のせめぎ合いの結果生まれた物らしく、過去には組合の仲介無しで仕事をして散々な結果に成った例が腐る程有ると言う。
実績や行動履歴等を確認した上で目的に合った案内人を紹介する為には、相応の作業が必要に成るので紹介料が発生する事に対しての異論は殆ど出ないが、自分で見つけた案内人との契約に仲介料を取られると成ると其れを嫌がる冒険者が出てくるのは不思議では無い。
かと言って仲介無しで契約した上で未開拓地域の深い場所で、案内人の制止を聞かずに無鉄砲な真似をして冒険者が全滅した場合には、命からがら逃げ帰った案内人に報酬を支払う者は誰も居ないと言う状況に成る。
当然其れは案内人としても避けたい訳で、結果として仲介無しで仕事を請け負う案内人は基本的に居ない訳だが……基本的にと言うのは、組合の仲介を受ける事が出来ない裏の有る案内人と言う者が居るからだ。
犯罪歴が有るとか、余りにも何度も冒険者を見捨てて逃げ帰って来過ぎた者とか、精霊信仰の民が入る事を禁じている様な『聖地』とでも言うべき場所へと無断で入り込む等、正規の案内人には禁じられている行為をする案内人である。
「そんな悪い人に仕事を頼む様な人が居るんですか?」
大人ならば世の中には表が有れば裏も有る事を当然理解して居るが、名実共に未だ子供のお連にはそうした話は未だ早かった。
「全うな冒険者なら雇わねぇさ。ただ……全うな案内人じゃぁ案内してくれねぇ様な場所にゃお宝が眠ってる事も割と有るらしくてな、一攫千金の夢に賭けて博打を打つ馬鹿は一定数居る物なんだよ」
……裏社会のアレコレは未だお連は早いと判断したのはテツ氏も同じだった様で、濁した感じでそう答える。
けれども捜査四課に居た俺はその言葉に含まれて居た『お宝』の意味が理解出来た、恐らくは麻薬の類の材料に成るだろう野草の群生地とか、そうした犯罪に繋がる品々を手に入れる為に犯罪組織の人間が利用するのだ。
「ま、詳しい話はもちっと大きく成ってからって事で……お! 居た居た! 大当たりが居たぞ! おーい! ター! 久し振りだな! 今誰かと契約して無ぇなら俺達の案内をしてくれねぇか?」
そう言って話を強引に切り上げたテツ氏は、顔見知りと思しき案内人に声を掛けに行ったのだった。




