千百 志七郎、教育と宗教を考え好物に唾呑む事
「此処がテノチティトラン王国ですか……ワイズマンシティとはまた別の方向で火元国とは違う異国って感じで凄いです!」
西方大陸西海岸側を南下して、大陸のほぼ中央辺りの緯度に有るのがテノチティトラン王国である。
此処は西方大陸に有る人に類する種族が開拓し、国家と呼べる規模の生活圏の最南端だ。
此れより南の地域に全く人類が生活する場所が無いと言う訳では無い、特に海岸線には小規模な漁村は幾つも有るが、内陸部まで踏み込んで行けては居ない、故に此処から先は『未開拓地域』と呼ばれて居る訳である。
テノチティトラン王国は西海岸側と呼ばれる地域には有る物の、割と内陸部に切り込んだ場所に位置しており、密林の奥地に切り出した石を其の儘積んだ様な建造物が並んだ街並みを想像すれば大体間違っていない感じだ。
「其れにしても街道沿いですらアレ程に霊薬の材料に成る素材が有ると言うのに、此の国は西方大陸でも可也貧しい地域だと言うのだから、教育を受け技術を学ぶ大切さがよく分かると言う物だ」
道中様々な霊薬の材料を採取しながら此処までやって来たワン大人は、しみじみとそんな言葉を口にした。
実際、此の国の領地だと言われている地域に入ってから此方、街道から離れる事も無く其処等辺の雑草の様に、様々な薬草の類が無数に生えて居たのだ。
其れ等を適切に処理して輸出する事が出来れば、西方大陸最貧国なんて言う汚名は一気に払拭する事が出来るだろう。
なんだったら北方大陸に有る錬玉術師製造所から、相応の錬玉術の教師と成る者を国賓として招聘し、教育された錬玉術師達の手で溢れんばかりに生い茂る素材を、霊薬に加工して輸出すればあっという間に此の国は潤う筈だ。
「いやー無理でしょ。此の国って未開拓地域との境界線に有る所為も有って、世界樹の神々よりも精霊に対する信仰が今でも割と根強く残っているからなぁ。精霊信仰的には錬玉術は自然を歪める邪悪な技術って事らしいぞ?」
と、大人と俺の考えを否定する言葉を口にしたのはテツ・カだ。
冒険者として此の国は勿論、未開拓地域にも踏み込んだ事の有る彼の言に拠れば、未開拓地域にも人類が全く住んでいないと言う訳では無く、密林の奥地に集落を作って住んでいる精霊信仰の民と言うのが居るらしい。
彼等は古代精霊文明期に霊獣達との戦いに動員された人類の中で、捕らえられたり降伏したりして捕虜と成った者の末裔で、世界樹の神々と霊獣達が和解に至った後も霊獣や精霊を崇めて生活を続けて居る者達だと言う。
そんな彼等精霊信仰の者達にとっては、様々な素材に宿る能力を混ぜ合わせて調合する旧来の霊薬は兎も角、普通に混ぜ合わせるのとは違い素材に宿る属性を引き出し変質させる錬玉術の調合は精霊に対する冒涜だと見做されるのだそうだ。
この辺の感覚は『天然物は安全で科学的に生成された物は危険』と言う様な、前世の世界でも割と良く聞いた議論に近い物が有るが、其処に信仰や伝統に文化と言った物が混ざる分、向こうの世界のアレとは違い未だ理解出来なくも無い。
……実際、錬玉術ってアレとソレを混ぜて何故コレが出来るんだ? って思う様な調合が割と有るからなぁ。
なんで『其処等の雑草(植物)』と『塩(調味料』)と『水(泥水でも可)』で『おにぎり』が錬成出来るんだよ……まぁちゃんと調理した物と比べれば圧倒的に美味しく無いけどな!
何処でも手に入る材料で最低限度腹を満たす事が出来ると言う点で便利な術だとは思うが、ソレが自然を司る精霊を信奉する者達からすれば不自然で冒涜的と感じる感覚は理解出来なくも無い。
ちなみにおにぎりを錬成する際に毒入りの材料を使ったりしても、調合の際に毒の効果を付与しない様に調整すれば普通に食べれるおにぎりを作る事が出来たりするので、錬玉術と言うのは本当に理不尽な技術だと言えるだろう。
前世の俺は人工甘味料や保存料と言った食品添加物は身体に悪く、自然由来の物は無条件に身体に良いと言う『自然派』なんて考え方は馬鹿らしい物だと思って居たのだが、錬玉術を学ぶ様に成ってそうした考え方にも一理有ると思う様に成った。
幾ら錬成の段階で毒を付与して居ないからと言って『トリカブト(植物)』と『泥水』に『汚れた塩』を素材に調合したおにぎりを好き好んで食べたいとは思わない。
まぁこの辺は流石に極端過ぎる例だとは思うが、やはり不自然な形で錬成された物はどうしても必要な状況じゃなければ、出来るだけ食べたくないと考えるのが自然な感覚なのかも知れない。
「まぁ其の辺の事を考えるのは、此の国の王家の仕事だろよ。取り敢えず俺達は今日の宿を取って腹拵えをするのが先決じゃね?」
と、俺の益体もない思考を遮ってくれたのは、良くも悪くも旅慣れており其の土地其の土地に文化や風習の違いが有る事を理解して居るテツ氏だった。
「前に来た時と変わって無けりゃ、この先に美味いタコスを売ってる見世が有った筈なんだよ。んでその近くに値段の割には綺麗にしてる宿が有った筈だし、問題が無けりゃ其処で今日明日泊まって旅の疲れを落としてから未開拓地域に入ろうぜ?」
此処までの旅路では大きな騒動に巻き込まれた訳でも無く、然程の疲れたと言う程の事も無いが、ソレは飽く迄も俺の感覚であって旅慣れて居ないお連は疲れて居るかも知れない。
いや俺自身自覚が無いだけで、もしかしたら疲れていると言う可能性も有るし、より過酷な戦いが予想される未開拓地域に踏み込む前にしっかり休みを取って置くと言うのは良い判断だろう。
「テツ氏の意見に賛成ですね。此の地はワイズマンシティよりも随分と蒸し暑いですから、水分と塩分を普段よりも多めに取って早目に休むのは体調を整える為にも良い判断だと思います」
今回の面子の中で最年長で有り医者でも有るワン大人がテツ氏の意見に賛成すれば、俺とお連には態々異を唱える理由は無い。
「……お前様タコスってどんな御料理なのかご存知ですか?」
と言うかお連は食べた事の無い料理に対して興味津々らしく、口の端から涎を垂らしそうな表情でそんな言葉を口にした。
「俺の知識が確かなら、小麦粉や玉蜀黍の粉を練った生地を焼いたり揚げたりした物に、おかずを挟んだおにぎりや 三斗一致の様な物だった筈だ」
生まれ変わってから食った覚えは無いので、恐らくは火元国には伝わって居ないであろう其の料理は、前世の好物の一つと同じ名前の代物だった。
俺が大学に通ってた頃に一時期流行って、大手のファミレスチェーンでもソレが出されており、当時は三日に一回は昼飯にソレを食って居た覚えがある。
残念ながら任官して暫くして流行が去ってしまい、件の店での提供が無くなって仕舞ってからは、東京都内まで出かけたついででしか食べられなく成ったが、その系統のスナック菓子は良く買って食べて居た。
「お? 良く知ってんね、そそテノチティトランのタコスは小麦は一切使わず玉蜀黍だけで作ってるから、香ばしさが違うんだよねー。サルサを使った料理はワイズマンシティでも食えるけどヤッパ本場の奴の方が美味いぜ?」
どうやら此方の世界でもタコスはタコスだったらしく、此処がその本場と言う事の様だ。
残念ながら前世にメキシコへは行った事が無いので本場のソレを食った事は無いが、日本の専門店とはどれ位違う物なのだろうか?
「俺は辛いの割と好きですけれども、お連は未だあんまり辛い物は食べれないので、その辺の調整が出来る見世だと有り難いですね」
山葵の辛さと唐辛子の辛さに対する耐性は違うとは言うが、幼いが故に子供の味覚であるお連には、辛みの良さは未だ解らないだろう。
そう判断した俺はテツ氏に対してそんな言葉を投げ掛けつつ、件の見世へと案内されて行くのだった。




