千九十八『無d……覗き見厳禁』
鎧戸の隙間から差し込む朝日を顔に感じ、連は未だ重い瞼をくしくしと擦る。
それから目を開くと一人で眠るには少々大き過ぎる寝台の上で一緒に眠って居たであろう、愛おしい人では無い者達の姿が目に入り驚きの声を上げそうに成るが其れを噛み殺す。
「……そうだ、昨夜はお二人がお泊りしてくれたんでした」
幾ら幼い連でも将来の伴侶と成る者以外と寝所を共にする様な端ない真似をする事は無い。
けれども昨夜同じ寝台を共有して眠った二人は、夫の義弟の正室と側室に成る予定の者で有り、血縁自体は無いが其れでも関係としては義理の姉達と言っても過言ではない関係である。
そんな二人は互いの伴侶が遠征で留守の為に、連が独り寂しい夜を過ごしているのではないかと心配して遊びに来て、そのまま普段ならばとっくの昔に寝ている様な遅い時間まで互いの色恋沙汰に花を咲かせてしまい、寝台の上で寝落ちしてしまったのだ。
風邪を引かない様にしっかりと布団の中に居たのは、恐らく最後まで起きていた者が、気を利かせた結果だろう。
……其れにしても、昨夜の夜伽話は少々刺激が強すぎた。
窓に嵌められた鎧戸の隙間から差し込む日差しから察するに、本来ならば既に身支度を済ませて朝の稽古で一汗流している頃合いなのだ。
其れだけで彼女達が常に無い夜更かしをした結果、大寝坊をブチかました事を理解できたのだろう。
そして義姉達と遅くまで語らった内容を思い出したのか、自身の唇にそっと指を触れると、火が着いた彼の様に顔を真赤に染める。
花街の出であった母からも大藩の姫だったと言う小母様とやらからも、武家の娘として将来必要に成るであろう、男女の営みに付いて多少は話を聞かされている。
とは言え未だ御赤飯も迎えて居ない『初心なねんね』と言われて当然の年頃の娘っ子に、赤裸々な話を聞かせる親が居る筈も無く、精々が『先ずは夫に全てを委ねて痛くても我慢する事』程度の知識しか無かった。
けれども昨夜はお忠殿が此方の大陸に来てから出会った女忍術使いから貰ったと言う『くノ一の術』の指南書を見ながら、自分が夫にそう言う事をするならば……なんて話で盛り上がってしまったのだ。
正直な話、連もお蕾も直ぐにそうした事をする様に成るとは到底思っては居ない。
火元国に居る時に、矢張り義理の姉で有る錬玉術と医術を学んで居ると言う智香子様から
『お客さんが来る様に成ってから最低でも三年は子供作っちゃ駄目だよ危ないから』
等と言われたからだ。
猪山藩の歴代藩主を取り上げて来た『伝説の産婆』である御宮御前にも、
『女児は身体が出来上がる前に孕んじまうと、自分の身体よりも赤子を育てる事を優先する様に出来てる。んだからあんまり若い内に作っちまうとお産の時の事故率が上がるから、自分が十分に育つまではきっちり避妊するんじゃよ』
と同様の注意を受けていた。
そして将来の義理の母と言う事に成る奥方様からも
『息子達が嫁の身体よりも自分の性欲を優先する様な馬鹿な事する様なら、何時でも私が躾直すから無理強いされそうに成ったなら、必ず相談して頂戴』
なんて言葉まで貰ったのだ。
とは言っても淫らな話は何も殿方だけの特権と言う訳では無い、女三人寄れば姦しいと言う字面の通り、女児と言う者は男が居ない場ならば、自分達がどういう目で見られているかを気にする事無く、割とエグい話まで踏み込んで話して居たりする物なのである。
『くノ一の術』の指南書には、幼い身体を使って大人の殿方を籠絡為の技法や、未だ良く理解して居ない若様を虜にする為の技術なんて物も記載されており、其れ等を自分達の夫君に使ったらどうなるのか? なんて話で夜分遅くまで盛り上がって居た訳だ。
「……志七郎様は連に色々と良くして下さってます。もしもこうした事をしたら喜んで下さるでしょうか?」
ほうっと溜め息を一つ吐きながら、夢見る少女の表情でそんな事を呟いた。
けれども私は知っている、志七郎様は身体に欠陥を抱えて居り、其れをなんとかする為に此方の大陸への留学をしたと言う事を。
「ん……ああ、おら達昨日は連の部屋さ泊まったんだったら」
と、今度はお蕾が目を覚ます、視界に入った部屋の様子が普段寝ている場所と違う事で、一瞬の混乱を招いた様だったが、既に寝台から出て身支度を始めて居た連の姿を見て、昨夜の事を思い出したのだ。
「お蕾義姉様お早う御座います、今日は皆でお寝坊しちゃいましたね」
手慣れた様子で寝巻きから洋装へと着替えた連がお蕾に挨拶の言葉を掛ける。
「おはようさん。んでも珍しいなぁ、お忠がおらより遅くまで寝てるなんて……おらこの娘の寝顔さみたの初めただらぁ」
普段のお忠は武光様とお蕾に仕える忍術使いと言う意識が強く、配下が主君よりも遅くまで寝ているのは恥と考えている部分が大きいからだ。
しかし昨夜は先に寝てしまった二人を寝台の布団の中へと移動させた後に、くノ一の術の指南書を二人よりも更に遅い時間まで読み耽ってしまったが故に、こうして二人にだらしのない寝顔を晒してしまっているのである。
全く……我が主とも在ろう者が色惚けするには少々早すぎやしないだろうか?
いや、其れも此れも天下の往来をあんな端ない格好で普通に出歩いているマキと言う忍術使いの影響であろう。
未だ稚い繁殖活動には早すぎるお連に、下手な艶本よりも生々しい技術指導書なんぞ渡しおってからに……。
とは言え奴が言う通り、人の雄と言う者達は寝所で女性に愛を囁く時が、排泄行動と同等かそれ以上に無防備に成ると言う話だし、主君の為に情報収集や場合に依っては暗殺なんかを試みる事も有る女の忍術使いとくノ一の術とやらは切っても切れない物なのだろう。
なんせしっかりと『幼い身体の内に同世代の男の心と身体をしっかりと掴む術』なんて物までしっかりと明記されて居ると言うのだから、くノ一の術の闇は深いと人の世の理を知らぬ我ですら寒気で全身の毛が逆立つ思いなのだ。
まぁ人と言う種族は我等の様に気候が温暖な次期に繁殖期を迎える生き物では無く、一年を通して発情期なのだと言う話であるし仕方の無い事なのだろう。
雄と言う物は種族に拘わらず隙あらば雌を孕ませようとするのが自然の摂理と言う物だ。
その辺は只の獣だろうと人だろうと霊獣だろうと変わりはしない。
でもまぁ……我が主には同じ寝台で寝ている者が居ると言うのに、繁殖行動でも無く独りで盛るのは自重する様になんとか伝えなければなるまいな。
……いや、待てよ? あの年増忍者は我が主が武光様を見て、雌の顔をして居る事に気が付いてあの指南書を渡したのでは無いか?
そしてお忠だけで無くお蕾も同様の顔をして居たからこそ『女性が女性を籠絡する術』まで乗っている指南書を使い、二人で慰め合う事で不用意に孕む事が無い様に……と気遣ってくれたのやも知れぬ。
もしもそうで有れば、年増忍者等と言う無礼な呼称は止めて、師範とでも呼ぶべきだろうか?
とは言え我の言葉は優れた精霊魔法使いでも無ければ聞き取る事は出来ぬし、どういう呼び方をして居るか等向こうにとってはどうでも良い事だろう。
「う……ん……あ、あ!? お蕾様! お連様! 申し訳有りません! 使用人の身でお二人よりも遅くまで寝ているとは! 一生の不覚!」
お? どうやら我が主も目を覚ました様で、自分よりも先に起きて身支度を始めている二人に気付き、寝台から居りて土下座してやがる。
「何度もいうてるだぁよ。おらとお忠は武光さぁを一緒に盛り立てる同士で、使用人なんかじゃねぇだ。ほら、そったら所で平べったく成っとらんとお忠も着替えて朝飯いくど」
柔らかい笑みを浮かべたお蕾に促されて立ち上がったお忠の懐から我は転げ落ち『ちゅう』と一声鳴いたのだった。
此処で本編の執筆を一旦お休みさせて頂き、暫くはノクターンの方で大江露? 転生録の続きを書きたいと思います
十八歳未満の読者様には申し訳有りませんが本編の再開をお待ち下さいませ
大人な皆様は是非あちらでも拙作をお楽しみ下さいます様に心からお願い申し上げます




