千八十八 志七郎、止めを躊躇い歴史を知る事
「いや~本当か~、真逆一撃で首を持っていかれるとは思わなかったゾ。まぁソレで簡単にくたばる程に龍の生命力は弱くないけどなぁ。にしても外の人に類する者達が此処まで強く成ってるとはねぇ……本当にどれだけ時間が経ったんだか」
確実に首を獲ったと思っても万が一が有るのが戦場《現場》と言う物で、残心を忘れる様では武士の名折れ……と前世でも今生でも、耳に胼胝が出来る程に言い聞かされたが故に、俺は驚く事無く声のする方へと構え直す。
……前世に命を落としたのは、 防弾ベストで鎧わなかったと言う横着も有るが其れと同じ位には、現場での捕縛が終わったからと油断したのが原因だった。
一時の油断で比喩では無く全てを失うと言う事を、俺は文字通りその身で学んだのだから、其れを二度と繰り返す様な事はしない!
そう覚悟を決めた俺の視線の先には俺の身長と然程変わらない大きさの生首と、其れに見合う巨大な肢体が横たわっていたがその首が普通に喋って居た。
「……肺と口が繋がって無いのにどうやって喋ってるんだ?」
人魚や魚人の様な鰓を持つ獣人族も、極々一部の水中でしか活動出来ない種族を除いて肺呼吸が基本で、会話の際には当然肺からの吸気が必要に成る。
前世に読んだ漫画なんかでは生首が喋るなんて表現は割と良く見る物では有るが、こうして首を断たれた以上は肺と口が繋がって居ない以上は、会話の為に言葉を放つ事等出来やしない筈だ。
「龍の生命力を舐めるなよ。会話程度ならば鼻から吸い込んだ空気を直接口から放てばソレで事足りるわ。とは言え流石にこのままでは首の座りが悪いからな……」
……此の世界は幻想な世界なんだと自分に言い聞かせ、声を出すにゃ喉に有る声帯を使う必要が有るじゃなかったかと、口を突きそうに成るそんな言葉を飲み下す。
そんな俺の思いを他所に金龍の生首は、金塊を伸ばして作った金糸のような髪の毛を触手の様に動かして立ち上がると、蛸が這って行く様な動きで身体の方へと進んで行く。
「って、そんな事よりも止めを刺さないと! 折角、殆ど無力化出来ているんですから!」
どうやら俺は突然の非常識な状況に冷静な判断が出来ていなかった様である、そうだ奴の首が繋がれば戦闘続行なのだから、其れを阻止するのが当然の行動だろう!
言いながらストリケッティ嬢は抜け落ちた短剣を拾い、横たわる巨体の心臓へと目掛けて振り下ろ……
「あー! 待て待て! もう終わりだ! 飽く迄も我は汝等を試す為に戦っただけで、命の取り合いまでする気は無い! 我の生命力ならば汝等の攻撃程度で死ぬる事は無いが、痛いは痛いのだからこれ以上は必要無い!」
す、前に金龍がそう言ってストリケッティ嬢を止め、そのまま金糸の髪の毛で自分の首を縫って繋ぐ。
傷を縫うのに髪の毛を使うと言う方法は前世にも聞いた事が有るが、それにしたって糸の代わりに髪の毛を使うと言うだけの話で、針も使わずに其れを為す様な真似は出来ない筈だ。
つまり奴の髪の毛はその見た目通り、少なくとも人の肌を貫く事が出来るだけの鋭さと硬さを持っていると言う事なのだろう。
「ふぅ……にしても我が本当に首を落とされる様な事が有るとは夢にも思わなんだぞ。我は龍族の中では確かに弱い個体だからこそ此の塔に匿われたのだが、世界樹の神々が相手ならば兎も角、其の下僕に遅れを取る事になろうとはな」
そしてそのまま立ち上がると、肩の凝りを解す様に首を回しながらそんな言葉を口にする。
「龍と言う生き物は情さえ通じれば、人だろうが馬だろうがどんな相手とでも子を為す生き物。兄様達は多くの獣達と情を通じ無数の霊獣達を産み出したが、我は雄にも雌にも成る前に統一戦争が始まり此の塔に封じられたのだ」
……巨人と呼べる程の体格を除けば、竜人と呼ばれる獣人族の血が入った女性にしか見えない金龍だが、龍と言うのは元来両性具有なのだと言う。
世界樹の神々が人類を産み出し、世界樹諸島から四方の大陸へと生存圏を広げて行く過程で、自然の中で生きる霊獣達と自然を従える形で生きる人類はどうしても打つかり合う事と成る。
そして世界樹の機能を使い自然を操作する事を是とする神々も、此の世界の自然を司って居た精霊と其れを宿す霊獣達と敵対する事に成ったのは当然の流れだったのだろう。
神々も霊獣も精霊も元来は不死の存在で有り、例えどんな深い傷を負った所でその傷は然程の時間も掛けずに治って仕舞うのだと言う。
けれども其れ等超常の存在が人に類する種族や動物達とは違う、魂の階梯とでも言うべき物が段違いに高いからこその物で、神々や強力な精霊を宿した霊獣なんかの高位存在同士での争いでは魂を焼き尽くし死後の世界に至る事も無く消滅する事も有るのだそうだ。
統一戦争と言うのは、そうした神々と龍種を筆頭とする霊獣達が直接打つかり合った最後の戦いらしい。
「統一戦争に付いてはメティエナ大図書館に有る記録の写本を読んだ事があります! 彼の女神は丁度その戦争が始まった頃に生まれたそうで、統一戦争以降は記録が割とハッキリ残っているんですよね!」
少々興奮気味にそう言うストリケッティ嬢の言葉に拠れば、書物の女神メティエナの記憶を保存して居る大図書館と言う場所は、神々だけで無く彼女の信奉者達に広く開かれて居り、其処に有る記録は写本して世界中の図書館にも持ち込まれているらしい。
その記録に拠れば統一戦争で、世界樹の神々も霊獣達も多くが命を落とし、互いに無視出来ない程の被害を被り、何方もがこれ以上の戦いを続けると不味いと判断し、当時最高と言われていた精霊魔法使いが仲立ちして和平が結ばれたのだと言う。
「そうか……此処に来る物は皆、宝物を目当てに来た盗人の類や、己が武勇を試さんとする蛮族ばかりで、我が此の塔に封じられた後の事は誰も教えてはくれなんだ。其方の知っている分だけで良いどうか統一戦争末期の事を教えてくれ」
金龍が封じられた統一戦争初期には龍に区分される者達は、其れこそ数えるのも馬鹿らしい程の数存在して居たらしく、そんな中で金龍は最も若く最も弱い個体だったのだそうだ。
故に戦争が激化する事を予想した龍族の長は彼女を建設途中だった玉猪竜の塔へと匿う事にしたのだと言う。
此の塔は彼女の持つ古龍としての権能全てを利用し、満月の度に全てが元の状態へと再設定される事を無限に繰り返す事で、塔の中に居る者が絶対に死なない様に作られた、言わば彼女を守る為の揺り籠とでも言うべき物なのだそうだ。
「我は悠久の時の中に取り残された、言わば時の迷い子とでも言うべき存在なのだ。まぁ我と下に居るスフィンクスの記憶だけは再設定される事も無く、永遠の退屈を生き続けるだけなのだがな」
下の階の図書室に有った此の塔の取り扱い説明書に拠れば、霊獣達が婚活の為に異世界からやってくる女鬼と戦い、其れを嫁に取り子供を増やす為の訓練施設と言う事だったが、彼女の存在を考えると一寸微妙な気もして来るな。
「……統一戦争では数える事も出来ない程に多くの神々と龍達が命を落としました、世界樹の神々は失われた神達の穴埋めとして優れた人類に権能を与え昇神させる様に成ったのだそうです」
ストリケッティ嬢の言に依ると、世界樹の神々は当初此の世界を維持管理するのに十分な数の存在して居たらしい、けれども統一戦争でその多くを失った事で人手不足成らぬ、神の手不足に陥ったのだそうだ。
世界樹の機能を自由に使える上位の神々と言えども無から神を生み出す事は出来ず、当初は神同士が婚姻し子を為す事でしか神は増えなかった。
けれども其れでは神の手不足を解消する為に凄まじい時間が掛かって仕舞う為に、真に優れた人類に神の座を与える事が出来る昇神と言う制度が出来たらしい。
……仙人と呼ばれる者達は、そうした昇神に使われる世界樹の機能に不正な接続をする事が出来る様に成った者達の事だと言う。
「対して龍達は世界に四体だけしか残ら無かった、しかも彼等は戦いの為に肉体的により強い雄の身体に固定して仕舞って居り、結果として新たな龍を生み出す母体と成る事が出来る物は此の世界に一体も残って居ないと言う話……だったのですが」
今、俺達の眼の前に居る金龍はストリケッティ嬢の言う定説を覆す可能性の有る、雄とも雌とも確定して居ない龍だと言う事か。
「……そうか、兄様達も皆魂を燃やし尽くして散って逝ったか。外は既に世界樹の神々が支配する世界なのは知っている。其れに我が此の塔を出れば恐らくは強欲な異界の魔物達は今よりももっと多くが攻め寄せるだろう。我が生み出す金を求めてな」
戦闘中にちらりと脳裏を過ぎった予測通り、金龍の吐く吐息は生き物を金の塊に変える効果の有る物だったらしい。
「其方等の勝ちだ、屋上へ上がり宝玉を手にするが良い。宝玉は我の龍玉……早い話が我が雄龍に成る為に必要なキン◯マだ。まぁどうせ盗られた所で次の満月に成ればまた生えて来るしな、安心して持っていけ」
そうか龍って陰嚢を後付けする事で雄に成るのか……首が取れても死なないとか、陰嚢が後付け式だとか、色々生物としてどうなのよと思わなくも無いが、そう言う物なら仕方ない。
他人のキン◯マを持ち帰ると言う事に、一寸嫌な物を感じたのは此方だけではなかった様で、俺とストリケッティ嬢は思わず顔を見合わせて溜め息を一つ吐いたのだった。




