千八十六 志七郎、最後の敵を見定め心に痛み覚える事
「よくぞ生き残って来た我が精鋭たちよ!」
仮称:呪言女にしっかりと止めを差し、その身体が塵へと帰るのを確認した俺達は、とうとう此の玉猪竜の塔最上階へと続く階段を登り始めた。
そして然程長く無い距離を上がりきった所で、唐突にそんな声が真正面から響いて来たのだ。
「我が霊獣軍は既に無く貴殿等も其処に所属する精鋭では無い事は、既に幾度と無く神の下僕足る種族が此の塔を登って来た事から理解しては居る。だが此の世界に生き此の世界を守る為に戦う者と言う点では、貴殿等もまた我等と目的を同じくする者だろう!」
その声の主は階段を上がって真正面に有る巨大な玉座に居た。
流れる様な金色の……所謂金髪よりも更に輝かしい、本当に金糸が束で生えていると思える様な髪を持ち、血よりも尚深い真紅……紅玉の中でも特に高品質な鳩の血を思わせる透き通った紅い瞳の美しい女性。
大きく膨らんだ母性の象徴は前世と今生を通して考えても比類する者は絶対に居なかったと断言出来る程にたわわに実って居り、その大きさ足るや一米なんて数字は軽く凌駕して居るのは一目で解った。
そしてそんな彼女は恐らく一糸纏わぬ姿で玉座に座って居る、何故恐らくと疑問形なのかと言えば、上と下双方の見えてはいけない部分を覆う様に、髪の毛と同じく金で出来ていると思しき鱗が生えて居るからだ。
「故に我は貴様を試す! 此の塔に封じられた秘宝を託すに値する者なのかを! 神々の矮小な下僕如きが我を真の意味で倒す事等出来ぬだろうが、我の強力な水中バレエを見て思いきり笑ったあとは魚も泳ぐ戦国風呂を味わうがよい!!」
……なんて!? いや、前半は普通に西方大陸語で意味の通じる言葉を放っていた筈だが、後半に成った途端に意味の解らん単語の羅列に成った気がするぞ?
「いやいやいや! なんで二人いるんだ!? 此の塔の中では我の権能で精霊魔法は使えない筈だぞ! 水中呼吸の首飾りは一つしか用意して無いし、落とし穴を利用した受け渡しも出来ない様に成ってる筈だ! お前等さてはチーターだな!?」
ああ、うん、成程、どうやら俺達が二人で塔を登って来た事に対して混乱したが故に、意味不明な言葉を口にして仕舞ったと言う事らしい。
多分奴の言うチーターと言うのは猟豹の事では無く、学校の試験や電子遊戯なんかで行う不正行為をする者と言う意味合いの方だろう。
「いや、その理屈は奇怪しい。此の塔で手に入れた宝物は普通に持ち出す事が出来ると聞いている、ならば水中呼吸の首飾りを一本外から持ち込んで、もう一本中で手に入れれば二人で登ってくる事は十分可能な筈だろう?」
実際には水中呼吸の首飾りどころか、他の宝物も何一つ手に入れる事無くゴリ押しで登って来たのだが、仮称:金色女の言う事に穴が有るのは事実である。
「……我が知らない間に強欲で矮小な種族共が、分かち合う事を覚えたとでも言うのか? 同族ですら奪い合い殺し合い、他種族とも為れば幾らでも残酷に成れる我等獣よりも畜生と呼ぶに相応しかったお前達が?」
『満腹の獅子は狩りをしない』と言うのは前世の世界で聞いた話だが、鬼や妖怪の様な魔物では無く、動物の生態は聞いた限りだと向こうの世界と然程変わらない様なので、恐らくは此方の世界でも通じる言葉なのだろう。
だとすれば『後から食う為に』満腹でも狩りをする人に類する種族は、彼女達霊獣からすれば何処までも強欲な存在に見えても不思議は無い。
ましてや古代精霊文明末期の頃は人類の側も未だ成熟した文明を持たず、同種族同士だとしても食料その他生活に必要な物資も乏しかっただろう事は想像に難く無い、そんな状況ならば奪い奪われな戦国生活も有る意味当然の事だったのだろう。
同種族同士でソレならば、当然姿形も生活様式も違う異種族が相手となれば、戦い捕らえた相手を奴隷として扱ったりする様な事は日常茶飯事だったに違いない。
事実、南方大陸では世界樹の神々に依って天網が整備されるまで、他種族に比べ弱い者が多い人間が奴隷として扱われ散々酷い目に遭わされ、ソレが解消した後は人間が他種族を虐げる様に成っている。
「古代の人間や妖精に獣人それから魔族はそうだったかも知れない、けれども今の此の塔の外はもう違う。異種族同士でも友好を深める事は出来るし、時にはその間に愛が生まれる事も有る。我々は何時までも古代の蛮族と同じままでは無い!」
奴の口にした嘲り混じりの言葉に強く反発したのはストリケッティ嬢だ。
残念ながら火元国では人に友好的な妖怪が人に混じって暮らして居る姿は割と見かけるが、妖精や獣人に魔族と言った人類の中の異種族を見かける事は殆ど無い。
此れは火竜列島と言う場所が世界の端っこに有る僻地で、世界樹諸島から東方大陸へと移り住んだ者達の中で、比較的弱い者だった人間が落ち延びた先だったからだ、と実家の書庫に有った火元国の成り立ちを書いた書物で読んだ覚えが有る。
つまり元を辿れば火元国の人間達は南方大陸の人間達と同じく、弱さ故に虐げられた者達の末裔だと言う事だ。
でもまぁ猪山藩の様に鬼や妖怪との混血が進んだ土地なんかだと、人間と言い張るには少々厳しい様な者も生まれる事は多々有るし、ソレが酷く迫害される様な事も基本的には無いと言う事なので、異種族をただソレだけで受け入れないと言う事も無いだろう。
……まぁソレも『可愛いは正義』とか『愛の前に種族なんぞ関係無い』なんて名言を残した家安公の功績の一つと言えるんだろうけどな。
「成程な、外の世界は其れ程に飢えと渇きから解き放たれたと言う事か。だが我を倒して手に入る宝玉はたった一つしか無いぞ? ソレを使えば三日三晩欲望の侭に振る舞って尚も猛々しきを保つ事の出来る宝玉。貴様等の目的はソレであろう?」
そーいや、此の塔を攻略して宝玉を手に入れて来た方が勝ちとは言われたが、その宝玉ってのがどんな物なのかは聞いて無かったな。
「まぁ其方の草人と人の雌が番い、子を為すのに使うと言うので有れば話は分かるがな」
……草人って多分俺の事を言っているんだよな? 草人は人間の子供位の大きさまでしか成長しない妖精族の一種で、人間の子供と草人を見分けようと思ったら耳の形が違うのを見る位しか方法が無いと言う話だし間違うのは仕方無いのか?
つまり金色女は成人した草人の男で有る俺とストリケッティ嬢が、三日三晩盛って確実に子供を作る為に宝玉を手に入れようとして居ると勘違いして居る訳か。
と、言う事は宝玉ってのは息子さんを元気にする為の道具と言う事の様だ。
今回は勝利の証として男爵に差し出す事に成っているが、此れは後から再び単独で踏破を狙う価値が有るんじゃぁ無いか?
俺の留学の目的の一つは、元気の無い息子さんに元気を取り戻す為に、元気に成る食材を色々と集め食う事だ。
宝玉の効果が一時的な物なのか其れ共身体に残る物なのかは解らないが、ソレを使う事で『元気ですかー!』と成るのであれば、お連との将来の為にも一つは確保する意義は有るだろう。
「私には心に決めた人が居る! 彼の様な子供に手を出す変態と一緒にしないでくれ!」
奴の言葉に顔を真赤にして反論するストリケッティ嬢だったが、俺はその言葉を聞いてつい先程仮称:呪言女から受けた呪いの被害と同等の物が心臓を襲った気がした。
いや……うん……彼女が自分の物に成る様な事は天地がひっくり返っても無いとは思っていたが、別の誰かの物に成ると言われると中々の休克だ。
「何方にせよ、宝玉を手に入れるにはお前と戦う必要が有ると言う事なのだろう? ならばこれ以上の問答は無用! いざ尋常に勝負! 勝負!」
俺は今生での初恋? と呼んで良い物か解らないが、兎に角明確に心惹かれた女性が他の男の物と成ると言う失恋の痛みを振り払う様に大きな声で気合を入れるのだった。




