千八十五 お清、真逆の展開に夫と共に唖然とする事
博打勝負最後の戦いは東方大陸発祥の遊戯で有りながら、世界中で愛されている『博打の王』とすら称される事も有る卓上遊戯……麻雀だ。
麻雀は場所毎に取り決めが違う事が割と有る為、勝負の前には必ず其処を擦り合わせる必要が有るのだが、今回の勝負は『麻雀世界樹一決定戦』でも採用されて居る通称『世界中ルール』と言われる物で行われる。
具体的には『食い断』有り『後付け』有りの所謂『アリアリ』と呼ばれる取り決めに、一般的な役満以外に特殊な役は無し、四暗刻単騎と国士無双十三面に純正九蓮宝燈の三つの役は二倍役満扱いに成っていた。
猪山藩下屋敷の見世では採用して居る人和や三連刻と四連刻は不採用なので、此処は少しだけ注意して打たなければ成らないだろう。
後大事なのは……
「それポンじゃ」
私の対面に座る夫の存在と、下家に座る男爵の息子さんの存在だ。
麻雀は基本的に四人で打つ遊戯だ、三人で打つ取り決めや二人で打つ取り決めも有るが、牌を積む手間を考えるとやはり四人で打つのが一番しっくり来る。
今回の特別な取り決めとしては、私と夫が氣を纏うのを禁止すると言う物が有るが、氣に依る意識加速を利用すれば洗牌の際に、自分に必要な牌を山に組み込む『積み込み』が幾らでも出来る様になる為、当然の事だと受け入れた。
あと特筆すべきなのは二対ニでの勝負となる為『通し』と呼ばれる、本来ならばイカサマに分類される行為も今回は合法だ。
お互い使う言葉が違うとは言え、雑談程度は出来る様に通訳の出来る者が側に立っている為、符丁を使わず通しの相談をする様な間抜けな真似はする訳に行かない。
最も通しの符丁を見破られればソレを利用される可能性も有る為、其処も注意する必要が有る。
まぁこちとら四十年以上もの間苦楽を共にして来た夫婦なのだ、一々符丁等使わずとも河の捨て牌と目付きを見れば夫の手配は大体想像が付くし、恐らくは向こうも私の手配は読めている筈だ。
そして今、夫が鳴いたのが四索で捨てたのが五索なのと、彼の打牌の好みから考えて、恐らくは対々和に喰い断を乗せた手牌を作っているのだろう。
対して此方はと言えば、最初の配牌も引きも余りよろしく無い流れで、この局は夫に差し込んで向こうに上がって貰う様に切って行くべきだと判断する。
「親は安手でも早く上がって連荘を重ねるのが吉……と言うのは麻雀のセオリー通りですが、申し訳有りませんこの局は私が頂きます、立直!」
夫の打牌直後に自摸牌を手元に持ってきた男爵は、ニヤリと笑みを浮かべてからそう言って横向きにした牌を河へと送る。
ソレを誰もが鳴かない事で手番が私に回って来たので、次の牌を自摸ると……ヤバい、此れ多分危険牌。
まぁ私はこの局は下りる積りで居る訳だし、この牌は飲み込んで手牌の中にある現物の安牌を切る。
「ロン! 平和、断么、ドラ二、七千七百点です」
するとソレは黙聴だったらしい息子の方の当たり牌だったらしく、私は見事に引っ掛けられた形に成った。
「やるわね。男爵は一流の博打打ちなのは認めて居たけれども、息子さんも中々の勝負師みたいね」
半ば負け惜しみにも等しい言葉を吐きながら、私は点棒を息子さんへと手渡し、手牌を崩して洗牌に入る。
この牌と牌が擦れ合う音は何時聞いても心が沸き立つ……数ある博打の中でも私は麻雀が一番好きだ。
此れは運だけで無く、戦略だけで無く、経験だけで無く、博打打ちに必要とされる全ての要素が詰まった競技だと思うからである。
囲碁や将棋で銭を賭けて勝負する事も嫌いでは無いが、有れは運の要素は何方が先手を持つか位で、後は純粋にどれだけ先を読めるかと言う思考勝負でしか無く、義父には絶対敵わない。
かと言って丁半やチンチロリンの様に、サマをしなけりゃ運だけが物を言う類の勝負でも、私は比較的強い方だと言う自負は有るが、自覚は無い様だが傍から見れば天運に恵まれた男で有る夫に打ち勝つ事は出来ないだろう。
馬の良し悪しを見分け騎手の腕前で判断する馬比べも、好きでは有るが此れも恐らく仁一郎には敵わない。
けれども総合勝負である麻雀ならば、私は我が家でも上位に君臨出来る自信が有った。
天運に恵まれた夫との組み打ちなのだから、この勝負絶対に負ける事は無い……と、そう思っていたのはどうやら見当違いだったらしい。
……認めよう、目の前に居る親子は私が今まで相対して来た火元国の博打打ち達よりも、一段高い所に居る本物の強者達だと。
夫の親番が流れ、次の親である男爵が賽を振り、山牌から手牌を取って行く……お!?
此れは……九種九牌で流すべきか? でも十一種で国士無双まで二向聴だし此れは狙うべきだろうか?
と、少し悩んでいる間に男爵はサクッと作戦を決めた様で手早く打牌する。
その間にちらりと夫の顔を見れば、どうやら向こうも良い手牌が来ているだろう事は顔色を見れば直ぐに解った。
うん、此処は私も押しつつ、隙あらば夫を補助するのが良さそうね。
そう判断し自摸牌を捲ると、足りなかった字牌の一枚を引いてきた……どうやらこの局は運が来ているらしい。
そうして自摸と打牌を繰り返して行くが、誰の河にも字牌が殆ど無い……此れ凄く怖い奴なんだけれども。
誰も鳴いて無い上に捨てられた字牌は客風牌だけだし、誰かの手に大三元が出来ている可能性は零では無い辺り、此れは生牌は簡単には切れない場面よね。
と、思っている間に北が重なって国士無双聴牌したけど待ちは中……自力で引っ張って来なければ上がれない奴かしら?
そんな状況でも夫は躊躇無く自摸切りして居る辺り、恐らく既に危険を犯してでも上がりたい大きな役が出来ているんだろう。
対して男爵は、危険牌を引いて来たのか渋い顔をした後に手牌の一枚を切る。
此方ももう切れる牌は無いので素直に自摸切りすると、下家の息子さんがニヤリと勝利を確信したかの様な笑みを浮かべ
「立直!」
と、元気よく中を横にして河へと叩きつけた。
「「「ロン!」」」
だが、其処に刺さる三重龍。
「国士無双よ」
「悪いな息子よ、四暗刻単騎だ」
「此方は大三元です」
見事に刺さった役満三種、普通の取り決めならば此れで箱下跳び終了となるのだが、今回の勝負は箱下続行で、迷宮探検競技に行っている志ちゃん達が戻るまで、延々と打ち続ける体力勝負。
まぁ男爵が親でニ倍役満を上がって居るので、組としては寧ろ大きく点数を得たと言えるし此れは態と狙った差し込みだったのかも知れない。
「にしても、此れだけ字牌が河に無いのに生牌を切るなんて、どんな良い手牌だったの?」
本来ならば上がれなかった者の手牌は開示する必要は無いし、ソレを聞くのも行儀の良い事とはされて居ない。
けれども此の河の流れの中で中を切ると言う選択をした手牌がどんな物なのか気になったのは私だけでは無い様で、
「私も気になるな、此方へ差し込む積りで切った訳では無いようだしな」
男爵までもがそんな事を言いだした。
此れが組み打ちで有る以上は、意図的な差し込みもイカサマでは無いが、ソレを明言するのを避けたと言う事か、それとも本当に彼は勝負手として中を切ったのか。
開かれた手牌は全て筒子で一一一二三四五六七八九九九……見事な純正九蓮宝燈で、此れなら中が通れば勝ちと確信して切るのも仕方が無い手牌と言える。
「真逆……全員役満聴牌とは」
「ゑ? 誰か積み込みとかした?」
「いや、少なくとも私達は貴殿等を相手にバレないサマを打つ自信は無い」
長年麻雀と言う競技に触れては来たが、一生に一度拝めるかどうかと言うトンデモ無い状況に、私達は点棒の遣り取りすら忘れ思わず絶句したのだった。




