千七十八 志七郎、先走り塔の秘密を垣間見る事
事前に聞いた話では全六階に屋上を加えた七層構造だと言う玉猪竜の塔もとうとう五階へと辿り着き半分を超えた事に成る。
思い返して見れば一階から此処まで、単純に力押しだけで進めた階層は一つも無く、此の塔を建てた何者かは余程の臍曲りか、若しくは謎解きや判じ物の類が好きな変人だったのだろう。
いや……此れは人に類する種族が此の世界に広がるよりも前の、古代精霊文明の遺跡なのだから変な霊獣と言うべきだろうか?
兎にも角にも此の塔が何の為に作られた施設なのか、今の所は全くと言って良い程に情報が無い。
此れまでの罠の類はどれも即座に死に至る様な物は無かった様だし、出現する魔物もどきの人形達も必要以上に人類の女性を象った者達ばかりで、更にその攻撃手段も致死性の物は殆ど無かった様に思える。
例外が有るとすれば四階の守護者だった影もどき女で、アレの原種の場合は即死攻撃を持っているらしいので、もしもソレが再現されていたのであれば、その存在に気付かず階段下に踏み込めば其処で死亡だっただろう。
まぁ此の塔の中では、死んでも死ぬ前の状態に巻き戻されて、塔の外に有る出現地点へ転送されるだけらしいので実際に死ぬ訳では無いが……。
ただ此処で問題に成るのは、俺の振り分け荷物の中に入っている『身代わり地蔵』と言う術具だ。
此れは即死攻撃を含む即死する可能性の高い攻撃に自動的に反応して、持ち主を短距離転移させる事で、その攻撃を一度だけ回避させてくれると言う、非常に便利で強力な道具なのだが、死ぬけど死なない此の塔の中ではどの様な反応を示すか解らない。
単純に効果が出て回避出来たゾ良かったね……と言う訳にも行かないのは、此れが俺に作る事が出来る程簡単な術具では無く、智香子姉上ですら素材集めや道具の支度等で相応の準備をしなければ作れない逸品なので、死なないのに消費するのは出来れば避けたいのだ。
と……話が逸れた、兎にも角にも此の塔がどういう意図で作られた物なのかを読み解く事が出来れば、きっと今までよりも悪辣だろう五階と六階を攻略する鍵に成るのではないかと言う事である。
「五階は三階まで同様に無駄な飾りの無い石壁と石畳か……四階のアレは装飾目的では無く、落とし穴とスライムを見つけにくくする為の物だったと言う事の様だね」
ストリケッティ嬢の言葉通り、階段を上がって直ぐに見えたのは下の方の階層と同じ建材で作られたと思しき取り立てて特徴の無い空間だった。
「と言う事は此の階層に落とし穴は無い……と油断させておいて実際にはしっかり仕掛けて有る、その位の事はやりそうですよね。四階に仕掛けられた機構の底意地の悪さを考えるに」
階層毎に設計した者が違うのか、其れ共単純にその階層その階層で設計理念が違うと言うだけなのかは解らないが、少なくとも四階と五階を設計した者が同じならば、多分そうした油断を突く形の罠は仕掛けられていると思った方が良いだろう。
そう判断し俺は警戒しながらストリケッティ嬢の後に続いて、階段から真っ直ぐに続く通路を進み、突き当りに設置された扉を彼女が調べ終えるのを暫し待つ。
「罠は無さそうだ、鍵も掛かっていない……けれども扉の向こうからは、何かが動いている音がする、扉を開けたら魔物が待ち構えている可能性は高そうだ」
扉の向こうに居るであろう何者かに聞かれない様に、声を潜めてそう言うストリケッティ嬢に対して、俺は無言で刀を抜いてから首肯する。
戦いと言う物は多くの場合に先手が有利で有る、故に先手必勝と言う言葉が世に広く知られて居るのだろう。
とは言え一方的な不意打ちは卑怯卑劣の類として、世界樹の神々に依って戒める様に天網で規制されて居るのが此の世界で『挨拶前の不意打ちは一度まで』と定められている。
まぁその一度で首を取って仕舞えば問題ないし、射撃ならば眉間を穿けば問題ない。
その一撃を躱されたり受け止められたりした場合には、一旦仕切り直しをして互いに名乗りを上げてから戦うのが、本来の正しい戦場での作法なのだと言う。
但し此の塔の中に居る魔物もどき達は、そうした世界樹の神々の定めた法から切り離された存在であるが故に『不意打ち失敗からの名乗り上げ』と言う作法を守らないと言う訳だ。
ならば此方も同じ事をして良いのかと言えば、恐らくは微妙な所と言った所だろう。
天網を破ったからと言って即座に天罰が下る訳では無いのが普通なのだが、偶々偶然神様がソレを見ていた場合には一発で処罰が下る事もあるし、逆に中々神の目に留まらないのか何度も悪事を働いてもソレが発覚しない者も居る。
まぁそうした場合でも手形や冒険者組合証を専用機材で調べれば、罪の記録はしっかりと残る為犯罪者がそのまま野放しに成ると言う事は、前世の日本よりは少ないと言えるだろうけどな。
そんな訳で俺はストリケッティ嬢が扉を引き開けると同時に向こうへと飛び込み、先手必勝で敵の首を取ろうと判断した訳だ。
「プロテクション」
しかし……扉の向こうに居た獅子の身体に女性の胸と頭を持つ魔物が、ボソリとそんな言葉を呟くと、十分に氣を練り込み大概の者は叩き斬る事が出来るだろう一撃は、丸で見えない手で掴まれた彼の様に止められた。
「今回の挑戦者は随分と血の気が多い者の様だね。私の経験上、四階の仕掛けで散々な目に会った者は慎重に成る物なのだがね」
恐らくは魔法図書室の守護者と同族と思しきスフィンクスが、手にした書物から顔を上げ溜め息混じりにそんな事を言う。
「吾は此の塔の図書室の番人で名をミケと言う。初手から斬り掛かられたのは、時を数えるのも面倒に成る程に生きて居て初めてだ」
彼女は野生……と言うか野良のスフィンクスの様で、女性の象徴たる膨らみを包む様な物は何も身に着けて居らず自身も隠す様な素振りは無い、にも拘らず窓から差し込む月明かりにしては異様に眩しい光がその先端を白く隠していた。
「……此の塔にも図書室が有るんですか!? 古代精霊文明期には此の世界に文字は無かったと言うのが通説なんですが、此の塔が建てられた頃には既に本と呼べる物が有ったと!?」
ミケと名乗ったスフィンクスの言葉に凄い勢いで食い付いたのは、異世界文字を読む事が出来る程に考古学博物館に入り浸って居たと言うストリケッティ嬢だった。
「ほう? 金に成りそうな金品以外の者に興味を持つ者が此の塔に来たのは初めてだな……ん? お主等どうやって此処まで上がって来たのだ? 二階の水場を越える為に用意された水中呼吸の首飾りは一つしか無かった筈だぞ?」
……だよね、当然此の塔の中にあの水場を抜ける為の道具も用意されてるよな。
「……私達はどの階も割と強引に突破して来たから、全ての階層を隈無く回った訳じゃぁ無いからなぁ。多分取り逃している物は沢山有るんだろうね」
そーいや此の塔は遺跡荒らしの中でも比較的若手と言える者が、単独でも挑戦する事が出来る遺跡として、冒険者組合には登録されて居り、踏破出来ずに途中で脱出したとしてもそれなりの稼ぎが見込めると言う話だった。
と言う事は此処までの階層にも売れば相応の値段で引き取られるであろう古代の遺物が幾つも眠って居ても全く不思議は無い。
「取り逃し所の話じゃぁ無いですよ。俺達なんの宝物も手に入れないで此処まで一気に登って来てしまったんですから」
水中呼吸の首飾りと言うのは、恐らくは水属性の精霊魔法と同様の効果を持つ術具なのだろう。
錬玉術とは又違う古代の技術で産み出された術具がどれ位の価値が有るのかは解らないが、二束三文と言う事は無い筈だ。
「なんと!? お主等自力だけで此の塔を此処まで登ってきたのか!? 魔法の類が使えぬ此処では塔内に配置された道具を上手く使わねば突破出来ぬ試練ばかりだったであろうに!?」
成程な……一階のアレは兎も角、二階の狼女も三階から降りた水中回廊も、四階の面倒な作りも、容易に突破出来る『何か』が有ったのに、俺達は其れ等をガン無視して此処まで来て仕舞ったと言う事か。
ソレに思い至った俺達は、二人で顔を見合わせ力なく笑ったのだった。




