千七十七 お清、己の目が曇っていた事を認める事
次の勝負は再びプレイング・カードを用いた博打である、今度は先程の五枚の札で役を作る物では無く、火元国で行われているオイチョカブに近い取り決めの物だ。
表向きに配られた一枚目と裏向きに伏せられた二枚目の札、その組み合わせを見て三枚目を引く引かないの判断を行うと言うのは、当に外つ国版のオイチョカブと言って良い。
違いはオイチョカブは二枚の札を合わせた数字の一桁目だけを参照し、九を超えたら零から数え直しに成るのに対して、この博打では二十一まで数字を積み重ねていき、其れを超えて仕舞うと自動的に負けに成ると言う事だろう。
「ヒット」
今回の手札は表向きの一枚目が七で伏せられた二枚目は二、合計は九なので三枚目を引かない理由は無い。
此の博打では絵札を全て十として数えるので、二枚目の時点で十二以上の数字に成って居ると、三枚目を引いた時点でドボンと沈む可能性は割と高い。
けれども配り手は十六未満ならば、必ず札を追加しなければ成らないと言う取り決めが有る為、此方も余りに低すぎる数字のままで勝負を挑むのは厳しい物が有る。
取り敢えず今はどんな札を引いても沈没する可能性は全く無いので、安心して三枚目を要求する事が出来る状態だ。
故に三枚目を要求すると来た札は再び二で合計は十一、次に十か絵札が来れば二十一に成って粗勝ちが確定するが、此処で数札が来れば沈没する可能性を考えつつも次を引くかどうかの判断をしなければ成らない。
「ヒット」
三枚目を要求した結果、来た札は一この札は一と数える事も出来るし十一と数える事も出来る特別な札だが、今の手札が十一なので十一と数えた場合その時点で沈没するので強制的に一に成る為、今度の合計は十二……勝負をするには心許ない数字である。
四枚目は沈没の可能性が高い事を考慮しても引かざるを得ない。
「ヒット」
次に来たのは又も一!? どんな確率よ! とは言え此れで十三に成った訳だが此処から更に追加を引くしか無いだろう。
「ヒット……よっし!」
五枚目は……七! 此れで合計は二十で配り手が二十一に成らない限り負けは無い。
「……御客様、五枚目のカードですが、バーストしてらっしゃらない?」
バーストと言うのは沈没を示す言葉だと言うのは、取り決めの説明を受けた時点で聞いて居たので混乱する事無く素直に頷き伏せ札を裏返す。
「嘘だろ!」
「ファイブカード!?」
「チャーリーキタコレ!?」
と、突然観衆が騒ぎだした、説明を受けた時には先ず出来る事は無いので気にする必要は無いと言われていた役なのだが、実際に成立して仕舞ったのだから大騒ぎに成るのも当然だろう。
「お目出度う御座います、ファイブカードチャーリー成立ですので此方がブラックジャック成立以外ならば勝利確定です。では他の御客様のプレイが終わるまで暫しお待ち下さい」
他のプレイヤーと言っても同じ卓に座り勝負をして居るのはファルファッレ男爵のみ、先程までの武闘会で獲得した配当金は男爵の其れを大きく上回るが、彼はこの勝負に逆転を賭けて居るらしく私よりも多くの掛け金を投入して居るのだ。
此処で彼が配り手に勝ち続ければ、私の稼いだ配当金を上回る可能性は零では無い。
「いや、私はこのままスタンドだよ。君がブラックジャックじゃなければ問題無い」
そう言いながらファルファッレ男爵が手札を開くと其処には剣の一と金貨の騎士……ブラックジャックが成立して居る。
「御安心下さい、此方はブラックジャックでは有りません」
そう言いながら配り手が伏せ札を開くと、心臓の十と棍棒の九で合計十九なので、我々勝負師が一方的に勝った形だ。
そして配当はと言えば私に掛け金の二倍が、ファルファッレ男爵は二.五倍の支払いで、向こうの掛け金が大きかった事も有って、大分差を付けて居た儲けは一勝負で大分詰められた感じである。
……このままじゃぁ不味いわね。
最悪志ちゃんが負けた場合でも、総合では私達が勝てる様に打ち勝って置く心算だったのだけれども、彼は口からのデマカセとハッタリだけで勝負する様な博徒もどきでは無く、判断力と決断力そして何よりも天運を持ち合わせた本物の博打打ちだった。
猪山藩の下屋敷に来る者達は上は大藩の藩主から下は町人階級の豪商まで、割と幅広い客層では有るが皆が比較的裕福と言える者達で、何方かと言えば金持ちの社交場とでも言う様な商売をして居る為、本物の博打打ちが顔を出す事は殆ど無い。
けれども極々稀な事では有るが武人としての強さがそのまま博打の強さに転じた様な、化け物としか言い様の無い者が見世に訪れる事も有る。
彼は……ファルファッレ男爵は、そうした百戦錬磨の勝負師達と同等かソレ以上の人物だったらしい。
「此れでも人を見る目には自信が有った積りだけれども……世界って広いわね」
思わず火元国の言葉でそんな事を呟いた。
豚の様な……とは言い過ぎだがファルファッレ男爵は、鍛えてない相撲取りと言う感じのでっぷりとした脂肪を蓄えた太鼓腹の男で武人の類には全く見え無い。
火元国は何処の藩でも鬼や魔物の害は多く、武士は為政者であると同時に武人として民を守る為に先頭に立ち闘うのが当然で有り、生涯現役を貫き通して戦場で命を散らす事こそが尊いと言う考え方が一般的だ。
しかし聞いた話では此方の大陸は火元国に比べると魔物の被害は可也少ないらしく、高貴な者が武人で居なければ成らない期間は若い頃に限定されるのだろう。
恐らくファルファッレ男爵も若い頃には立場相応の武勲を立てていた筈だ、ソレを引退した今だからこそ緩みきった身体をして居るが、精神的な部分まで完全に緩んで居たと言う訳では無いと言う訳だ。
張り付いた様な柔和な笑みと丸っこい身体つきに騙されてしまったが、その笑みの向こう側には肉食獣の様な本性を隠していたと言う事である。
「ほっほっほ……大分負けが込んでいましたが、此れで大分取り戻せましたな。戦いの場で感じる様な血が沸く思い、此れが有るからこそ私は博打を止める事が出来ないのです」
成程……彼の本質は武人だったのだろう、しかし男爵家を継ぐ立場の者として何らかの理由が有ってソレを貫く事が出来ぬ様になり、闘いに飢えた気持ちを少しでも潤す為に博打を打つのだろう。
「全く持ってあの娘には可哀想な事をしてしまった、私があの馬鹿息子をもう少し厳しく躾けていれば、あの娘には自由な人生を与えて上げる事が出来たのに……。真逆私が男爵家を継いだ経緯を知って謀反を企てるとはね」
その言葉は私に向けて語って居る様子では有るが、何方かと言えば自分自身に向かって言っている様にも聞こえる。
後からあの兎の装いをした娘に聞いた話では有るが、彼は本来男爵家を継ぐ立場では無い三男だったのだが、上の二人が共謀して悪事を働いて居た事を知り、ソレが表沙汰に成らない内に公爵家に注進した結果、二人が排除され跡継ぎの立場を手にしたのだと言う。
彼がした事は国の為を思っての事で有り、政に携わる者としては当然の判断だったと言えるが、他所から見れば確かに簒奪の類に見えても不思議は無い。
ソレを知った次男が父がソレを為したのだから自分も……と考えたのは当然の帰結だったのだろう。
だが国を思うが故の義挙と、我欲の為の謀反は同列に語る事等出来やしない。
義を重んずる武人であるが故に男爵は愚かな次男を斬り捨て、本来ならば自由な立場だった筈の末娘を跡取りの予備として、家に繋ぎ止める必要が出てきた訳だ。
「さて……下らない話はこの辺にして勝負を続けましょう。ディーラー君、ゲームを中断して申し訳無いね」
男爵はそう言ってから次の勝負に賭ける駒を卓の上に押し出す、すると配り手は一つ頷いてから私にも駒を賭ける様に促すのだった。




