千七十五 志七郎、色に血迷い子供を考える事
長い金髪の髪に中性的では有るが、女性だと知って見れば間違い無く美少女と呼んで差し支えない顔立ち。
鎧の上からでは解らなかったが、薄着に成るとはっきり解る程度に円味を帯びた女性らしい身体付き、ソレは決して大きいとは言えないが女性で有る事をしっかりと主張して居る。
「こ、こうで良いのか? 変では無いだろうか?」
そんな彼女が俺の着物を着た姿は、漫画なんかでしかお目に掛かる事の出来ない『男装サムライミニ袴風キュロット装備』とでも言う感じで、男装と言うのが男装(笑)にしか見えないのがまた良い。
その上で顔を赤らめて恥じらう様は、ソレだけで丼飯が何倍でも行けて仕舞う程の破壊力を俺の心臓に齎して居た。
「え、ええ。変では無いですよ、寧ろ良く似合っています」
正直な所、互いの年齢が釣り合っている状態ならば即座に『結婚して下さい!』とか言いたくなる位に俺の性的嗜好ド真ん中な姿なのだが、未だ子供でしか無い上に正式な許嫁が居る身では、そんな馬鹿な事は口が裂けても言う訳には行かない。
前世に剣道をやっていたから……と言う訳では無いと思うのだが、俺は剣道着姿の女性に対しても可也魅力を感じるのだ。
そして今彼女に貸したのは藍色の着物に紺色の袴と向こうの世界でも比較的よく見る剣道着と同じ色合いで、其れをミニ袴状態で着込んでいるのだからぶっ刺さらない訳が無い。
とは言えそんな艶姿に何時までもはぁはぁして居ては、此の迷宮を攻略する事等出来やしない為、俺は一度自分の両頬を両手で挟む様にして張ると其処で意識を切り替えた。
「さて、此れからこの階を進む上で一番注意しなければ成らないのは、やはりあの悪食粘液女ですね。俺も貴女もこれ以上装備を失う訳には行かないですしね」
外つ国の冒険者は火元国の鬼切り者の様に、武具の素材は全て自分で集めなければ成らないと言う縛りは無いらしいので、街に帰る事さえ出来れば新たな防具を手に入れるのは、然程難しい事では無いだろう。
けれども俺の場合は火元国の慣習に従って装備を設えなければ、同じく火元国から来ている留学生達に後ろ指を指される様な事にも成り兼ねない。
故に万が一にも俺が悪食粘液の不意打ちを受ける様な事が有れば、衣類は兎も角銃以外の装備を誂え直すのは中々に厳しい物があるのだ。
火元国の蔵に備蓄していた素材を蔵毎持って来る訳にも行かなかったので、此方で手に入れた極少量の素材がお花さんの屋敷に保管してある分だけしか無いので、其れだけで作れるのは初陣直後の子供が身に着ける様な安物揃いと成ってしまうだろう。
まぁ火元国でも名だたる鬼切り者がうっかり悪食粘液に装備を喰われて仕舞って、仕方なく以前身に付けていた型落ちの品に身を包む様な事は無くは無いが、普通は相応に溜め込んだ素材を使って身の丈に合った物を設え直す物である。
町人階級の鬼切り者の中には『自分で素材を集めぬ横着者』と言う悪評を気にする事無く、自由市場辺りに流れる質流れ品や中古防具を買って使う者も居るが、武士が其れをやると先ず間違い無く武士の風上にも置けない恥晒し……と言う風評を受ける事に成るのだ。
個人的に言うのであれば体捌きや体軸の扱いを見れば凡その実力は見て取れるし、装備の良し悪しで相手を推し量る風潮は単純に面倒だし余り意味の無い物とも思える。
だが御家の名誉と見栄や体面が何よりも大事な武家の者として、相手の実力も読めない様な町人階級の者にも解り易い指標を用意して、舐められない様にするのも大事なのだろうと理解は出来なくも無い。
そうした面子を銭金で贖う様な真似をすれば、武人としての実力よりも財力の太さの方が大事……と言う様な武士と言う『武に依って立つ者』の根幹が揺らいで仕舞う事も想像に硬く無い、その為にそうした暗黙の了解が出来て行ったのだと思う。
対して外つ国では貴族=冒険者と言う訳では無いので、火元国ほど厳格な『装備=実力』と言う図式は発展しなかったのだとすれば、武士は必ず鬼切り者であると言う特殊な事情も説明が付くな。
「ぶもー!!」
っと、そんな事を考えつつも足元に注意を払い進んでいくと、横道の大分先の方で此方を発見したらしい仮称:牛女が雄叫びを上げて突っ込んで来る。
「その位置だと奴の突進をマトモに喰らいます! 左に三歩動いてください!」
今更彼女が此方を嵌める様な事は無いだろうと、俺はストリケッティ嬢の言葉に従い左へ三歩ズレる事で牛女の移動方向を調整した。
パコンッ! っと派手な音を立てて落とし穴が開くと、牛女はその中へとサクッと没収トされる。
にしても……ストリケッティ嬢は氣の力を使うことも無く、落とし穴の位置を把握して居るのか。
流石は盗賊の上位職である斥候だ。
「次、後ろからアラクネもどきが来てます!」
そんなストリケッティ嬢の警告を聴き振り向けば、仮称:蜘蛛女が音もなく此方へと向かって来る姿が有った。
外つ国ではあの蜘蛛女はアラクネと言う魔物に相当するモノと判断されるのか。
確かに前世に読んだネット小説でも、蜘蛛系統の上位に居る魔物の中にアラクネと言う奴は居た覚えが有る、確か蜘蛛を主題としたあの作品ではアラクネと言うのは蜘蛛系の魔物の中でも最上級の一つと言う扱いだった筈だ。
系統としては火元国に出現する女郎蜘蛛と言う妖怪と近い存在なのだとは思うが、此方に出現すると言う現物のアラクネを見た事が無いし、其れ等を対比した様な書物は呪文図書室でも見た覚えが無いので断言は出来ない。
ちなみに火元国で女郎蜘蛛はあの蜘蛛女同様に人間女性の上半身を持っては居るが、蜘蛛型の下半身は兎も角、上半身の方は人の其れと同じく柔らかな肉で出来て居り、中には彼女達の間に子を授かった者も居るし子供は乳で育てるので此処のモノとは違うと言える。
なお血のびっくり箱とも揶揄される事の有る我が猪山藩では、当然の様に女郎蜘蛛の血を引く者も居るし、下半身が蜘蛛で上半身が筋肉質な男性と言う女……野郎蜘蛛? とでも言うべき姿の先祖返りの者も居た。
普通は女郎蜘蛛の血を引いて居る者でも、そうした身体に産まれるのは女性だけの筈なのだそうだが、色んな鬼や妖怪の血をチャンポンし過ぎた結果、何処かで何かが混ざって作用しどんな者が産まれても不思議じゃないのが猪山藩と言う場所なのだと言う。
まぁ……猪山産まれの女性が他所に嫁ぐと獣貌の強い子が産まれて両親のどっちにも似ても似つかない、なんて事はザラに有るらしいので『猪山女を嫁に取るなら子供が似ないのは覚悟しろ』なんて言葉も有ったりするらしい。
逆に猪山に嫁いで来た女性がそうした人外に近い子を産む事は殆ど無く、稀に有った場合でも大概は母体に負担が掛かり過ぎない様に卵で産まれてくると言うのだから、本当に猪山藩と言う土地は魔境である。
……何時かはお連が俺の子供を産む事に成るんだろうが、その時には余り彼女に負担が掛かる様な状態じゃぁ無けりゃよいなー
なんて事を考えた筈なのに、脳内に映し出された心象映像は何故か前世の俺の横にお腹を大きくしたストリケッティ嬢が更に子供を抱いていると言う物だった。
一寸待て! 幾ら彼女が諸に俺の性的嗜好にぶっ刺さる女性だとしても、即座にこんな心象映像が思い浮かぶ程に、俺の理性はぶっ飛んじゃぁ居ない!
「……nん、少年! 何をぼーっと突っ立てるんだ! アラクネもどきが近づいて来てるぞ!」
と、ストリケッティ嬢が必死な声を上げているのを聞いて俺は正気を取り戻す。
不意に感じる甘い臭いは、どうやらあの蜘蛛女から漂っているらしい、恐らくは幻覚を見せたり誘惑したりして相手を無力化する様な能力の類なのだろう。
先程は不意を突いて来たりしたし、此奴は兎に角搦め手で攻めて来る魔物の様だ。
迫りくる硬く重い鉄槌での一撃を割とギリギリの拍子だったが、なんとか刀で受け流す様に捌き、そのまま懐へと入り込むと十分に氣を乗せた一撃で人の胴体と蜘蛛の胴体を泣き別れにするのだった。




