千六十九 お清、武闘大会を見物し強者見抜く事
四方に張られた綱を撓ませその反動を利用し加速て胸と下しか覆わぬ肌も露わな少女が、高々と跳躍しその身を一本の矢の様に両足を揃えた蹴りを放つ。
私の目から見れば、そんな見え見えの大技は躱してくれと言っている様な物なのだが、相対する似たような装いの少女はソレに対して身体を開く様にして全身に力を込めて真正面から受け止めて見せる。
受けた少女は『効いて居ない』と言いたげに頬を持ち上げ笑顔を作り、撲震無刀流の道場に有るのと似たような白く四角い輪に倒れ伏した少女の肩を掴み無理やり立ち上がらせると、大きく振り被ってから腕で殴り付けた。
今回の博打は二十歳にも成らない少女達が、通訳兼世話役として私に付けられた兎の装いをした少女よりも、更に過激な衣装とも言えぬ様な衣装を身に纏い、実戦的とは言い難い闘いの勝者を予想すると言う物だ。
試合は全て時間無制限の一本勝負で、両肩を輪に押し付けられ三つ数えられるか、打撃で倒れ伏して十数えられるか、自ら敗北を認めるか、ソレ以外では幾つか有る反則を五つ数える間以上繰り返し続けるかの何れかで決着と成るらしい。
他にも相手の攻撃は基本的に避けては成らないとか、一方的に攻撃を続けては成らないとか、実戦を見越しているとは到底思えない幾つもの縛りが有る様だが、其れでも観客がしっかりと入り賭けが成立し興行として成り立って居るのであれば良いのだろう。
私が居るのは輪を上から見下ろす事が出来る特別観覧室で、他の一般入場の観客は輪の直ぐ近く、相撲で言う砂かぶりと同様に極めて近い位置も含めて多くの者が下には居る。
そうした者達の大半が殿方なのを見るに、恐らくは肌も露わな若い娘が組んず解れつして闘う姿を見に来た助平男共なのだろう。
世の中には女性が苦痛に顔を歪ませる姿に興奮すると言う変態が居るなんて話も聞いた事が有るし、そうした者を主な顧客とする艶本の類が家臣達が暮らす長屋を掃除した時に出てきた事も有るので知っている。
まぁこの興行の是非は兎も角として、私に取って重要なのは手元に有る勝猫投票券に書かれた少女が勝てるかどうかと言う事だ。
此の博打では一試合毎に何方が勝つかを予想し賭ける形式で、的中すれば負けた側に賭けられていた内の六割が、勝者に賭けた額面に応じた割合で分配される事に成る。
四割が運営の取り分と言うのは大分阿漕にも思えるが、実際に運営が懐に入れる取り分は一割で、残りの三割は積み立ててその総額を優勝者が得る賞金とするのだと言う。
単純に博打として見るならば、余程人気に差が出ない限りニ倍にも届く事の無い掛け率にしか成らない以上、余り旨味の有る賭博では無い。
けれども今闘って居る二人の様に、極めて小柄な……其れこそ今迷宮探査競技に向かっている志ちゃんと然程変わらぬ体格の草人と呼ばれる種族の少女と、其れに相対するは並の男よりも大柄で筋肉質な虎獣人の少女では、パッと見で人気が偏るのは当然である。
その上で私は大穴とも言える草人の少女に決して少なくない駒を賭けて居たりするのだ。
八人の少女に依る勝ち抜き試合、此方の言葉でトーナメントと呼ばれる形式で行われる此の大会が始まる前、競馬で言う所の下見所の様に各選手の体格や体捌きを見せる一場面が有り、其れを見た上で彼女には体格の不利をひっくり返す技量が有ると思ったのだ。
事実、草人の彼女は文字通り大人と子供の体格差故に攻撃を受けては派手に吹っ飛ばされては居るが、私の目から見れば有れは攻撃に耐えきれずに吹っ飛んでいる訳では無く、攻撃に拍子を合わせて自ら後ろへと飛ぶ事で被害を最小限に押さえている様に見える。
「……あの娘、中々やるわね。アレだけ派手に吹っ飛ぶ姿を晒せば興行としても美味しいし、その上で勝利を掴み取れば見事な逆転勝利に見える。逆に虎獣人の娘さんは手応えの無さに困惑して居るのがはっきりと解るわ」
獣の容貌が濃い獣人族は基本的に表情を読み辛い物だが、私は姑が虎の変化である都合上虎系統の表情に関してはある程度読める自信が有った。
とは言え草人の少女が繰り出す打撃は体重が無い分どうしても軽く、虎獣人の娘が毛皮の上からでも筋肉が発達して居るのが解る位に鍛えられている事も有って、此方も殆ど効いて居ないだろう事も見て取れる。
コレは初戦から千日手で時間を食いそうだな……と思ったその時だった、後ろに飛ぶ事で被害を減らして居る事を悟った虎獣人の少女は、飛び下がる事が出来ない様に下からの蹴り上げを態と外し其処から踵を草人の少女の脳天目掛けて落としたのだ。
流石に床に潜る様な真似は出来ないと言う判断なのだろうが、其れは考えが浅いとしか言いようが無い。
草人の少女は頭に踵が触れるのと同じ早さで自ら頭を下へと落とし、そのまま前転する要領で踵を食らった様に見せかけつつ躱し、虎獣人の少女の軸足へと組み付いたのだ。
そして其れを手掛かりにクルクルと猿が木の枝を飛び回るかの様な姿で周りながら、虎獣人の身体を登って首に両足を引っ掛けて肩の上に正座する様な形で後頭部を包み込む、更に其処から前へと勢い良く自ら突っ込む様にして投げを打った。
上手い……素直にそう思った、有れは無理に堪えると首に被害が出る可能性が有るので、投げられなければ逆に危険な技だ。
その上で虎獣人が鍛え上げられた身体で有るが故に、その体重が逆に草人の武器に成って仕舞っている。
とは言え受け身の一つも取れなければ、こんな興行に出るのは危険が過ぎると言う物で、虎獣人の彼女もしっかりと受け身を取って居るのは間違いなく、その一撃で勝負が決まると言う程の物では無い。
だが其れは当然草人の娘も理解して居たらしく、虎獣人が立ち上がるよりも早く転がる様にして立ち上がると、倒れ伏したその身体に組み付いた。
「打撃戦では不利と見て、組技……それも寝技で勝負を付ける積りの様だの」
隣で一緒に観戦して居た夫がそんな言葉を漏らすが、試合の推移を見れば其れは誰にでも解る事だ。
ただ火元国では寝技と言う物は余り多くの流派で取り入れられている物では無く、その存在を知らない者も割と多いだろう事を考えれば、夫の言葉は馬鹿に出来る様な物でも無い。
そもそもとして火元国では無手で鬼や妖怪と相対する為の武術と言うのは余り多くは無い、此処の輪と同様の物として上記した撲震無刀流に相撲そして義ちゃん奥さんが修めている手辺りが有名所だろう。
他にも骨と呼ばれる流派や、得物を失った時の護身として教えられている柔や拳法なんかも有るには有るが、其れを主に鍛えている者と言うのは極めて稀である。
鬼や妖怪を相手にするのに無手に拘るのは危険が増えるだけで、何らかの理由でどうしても得物が手に入らないとか、その手の流派に特段の才能を持っているとか、そうした理由が無ければ態々選ぶべきでは無い。
けれども外つ国では冒険者と呼ばれる者達の中には『格闘家』やその上位職で有る『打撃家』に『組技士』と呼ばれる者達が一定数居ると言う。
今回の大会に参加して居る者達も、そうした無手で闘う職業に付いて居る少女達が、高額な賞金を目当てに参戦して来ていると言う事の様だ。
手元に有る参戦者の表に目を落として見れば、草人の少女は組技士で虎獣人の娘は格闘家らしい。
虎獣人に組み付いた草人は関節を取る様に見せかけうつ伏せに成る様に誘導すると、その小さな腕を相手の首へと回し、火元国でも知られている技の一つである裸締めの体勢へと入り締め上げる。
そうして数秒の後、虎獣人の娘は床を叩き降参の意を示したのだった。
週末に泊まりがけで遠征する用事がある為次回更新は月曜日深夜以降となります
告知が遅れる申し訳ありませんが、ご理解とご容赦の程よろしくお願いいたします




