千六十六 志七郎、空気中に戻り色に惑う事
そうして水棲魔物と戦いながら水中回廊を進む事暫し、幸い空気の飴玉が効果時間を終えるよりも前に、何とか再び三階へと上がる場所へと辿り着く事が出来た。
「ぷはぁ! 空気が美味しい、呼吸できるって素晴らしい!」
水から顔を出すなりそんな言葉を口にしたストリケッティ氏、どうやら飴玉から供給される空気ではしっかりと呼吸して居た気がしなかった様で存分に深呼吸を楽しんで居る。
出た場所はどうやら入った場所と同様に水場への入り口と扉だけが有る小部屋で、此方側に扉を開ける知恵を持つ魔物さえ居なければ、取り敢えずは安全と言えそうな状況だ。
「取り敢えずは先ず服を脱いで乾かしましょうか、濡れっぱなしでは幾ら塔の中が比較的快適な温度に保たれているとは言え、風邪を引くかも知れないですし、そうでなくても無駄に体力を消耗する事になりますからね」
ストリケッティ氏に続いて部屋へと上がった俺は、鎧と着物に仕込まれている錬風業を使う時に、一発で脱ぐ為の仕掛けを作動させるべく留め金を外して紐を引く。
すると一瞬で濡れた布と鎧が落ちる音を響かせて、俺が身に纏っていた物の殆が床へと落ち、褌一丁の姿をストリケッティ氏に晒す事に成った。
「うわぁ!?」
そんな俺を見て微かに顔を赤らめて、そんな声を上げながら此方を見ないように振り返るストリケッティ氏。
「壁の松明を幾つか使って焚き火代わりにして、服を乾かしましょう。濡れ鼠のままでは本当に風邪を引きますからね」
ストリケッティ氏の反応を訝しく思いながらも、幾ら『馬鹿は風邪引かない』を地で行く猪山人の身体でも、濡れっぱなしで暖を取る事も出来なければ流石に体調を崩すと判断し、取り敢えずは一度褌を脱いで絞った後、手拭いで身体に付いた水を拭き取っていく。
それから手早く壁を蹴って備え付けの『無限に燃える松明』を四つばかり集めて、ソレを一纏めにして焚き火を作る。
何時までも見苦しい物をぶらぶらと晒し続ける趣味の無い俺は、物が見えない様に足を揃えて座ると、先ずその焚き火に褌を翳し少しでも早く乾く様にした。
「そ、そうだな。確かにこのままでは風邪を引いて仕舞う。うん、相手は男とは言え未だ幼い子供だ、気にする必要は無い……うん気にするな私」
と、ストリケッティ氏が自分に言い聞かせる様な口調でそんな事を呟くと、革鎧の留め具を外し内に着た鎧下を晒す、ソレを見て……俺は大きな勘違いをして居た事に気が付いた。
決して大振りでは無いが間違い無く存在する嫋やかな円味を帯びた身体は紛う事無く女性の物だったのだ。
そうと知れば俺が脱いだ時に彼女が見せた反応も得心が行く、幾ら年端の行かない子供とは言え、目の前にいきなり褌一丁の姿を晒す様な真似をすれば、前世の日本ならば下手をするとお巡りさん案件である。
一応、法律上男性の場合はモノを隠す何か身に着けて居れば『公然わいせつの罪』には問われないし、俺の年齢で有れば公園なんかに有る水遊び場で全裸を晒して居ても逮捕される様な事は無い。
けれども俺の中に居る『前世の俺』の感覚で言えば、妙齢女性の前でいきなり脱ぎ出してパンイチ姿を晒すのは、完全にセクシャルハラスメントでアウト判定を貰い、そのまま懲戒処分コースまっしぐらの行為だ。
更に幾ら濡れっぱなしでは風邪を引くと言う実情的な事が有るとは言え、目の前で脱げ脱げと無遠慮な言葉投げかけたのもやっぱりセクシャルハラスメントでツーアウト。
そしてソレを受け入れ実際に脱ぎだしたストリケッティ氏から目を離す事をせずに見入って仕舞っている現状を鑑みれば、追加のセクシャルハラスメントでスリーアウト、懲戒免職からの立件裁判コース一直線と言う感じだろう。
何故目を逸らす事が出来ないかって? ソレは女性だと理解して見たストリケッティ氏が、前世の俺に取ってド真ん中ストライクの超絶好みの女性だったからだ。
必要以上に主張し過ぎて居ないが、かと言って『まな板』や『洗濯板』等と揶揄される程に無い訳では無く、括れる所はしっかりと括れ薄っすらとでは有るが腹筋の割れ目が見える程に引き締まっている。
それでいて下半身は女性である事を主張する円やかな丸みを帯びて居る上に、顔立ちは中性的で美しい……創作で良く有る『男装の麗人』と言う奴が、俺は大好きだったのだ。
正直な所、前世に俺へと接触を試みて居た所謂『ハニトラさん』達の多くは『女性的な魅力』が大きな者が大半を占めて居た為、そうした誘惑に負ける事無く過ごす事が出来て居たと言っても過言では無いだろう。
余りにもハニトラさん達に対して反応が薄い物だから、衆道家と勘違いされ、そう言う方向でハニトラさん(野郎)が送り込まれた事も有るが、残念ながら俺にそっちの気は無い。
だがもっと細身で男性的な、言ってしまえば男装が似合う女性が……例えば目の前の彼女の様な者が送り込まれて居たならば、俺は今頃魔法使いを卒業して、捜査情報を流す窓口にされていた可能性は十分に有る。
「さ……流石にそんなにジロジロと見られると私も恥ずかしいのだが……」
鎧を全て脱ぎ、鎧下を脱ぐ段に入ってストリケッティ氏は顔を赤らめたままで、視線を逸らさない俺に抗議の声を上げた。
「あ……すみません。貴女が綺麗だったのでつい……」
御世辞の積りは一欠片も無い本音がついポロリと口を突いて出る。
「き!? そ、そう言う事はもっと大きく成ってから言うべき事だ! 君の歳頃からそう言う事を女性に平気で言って回る様では、碌な大人に成らないぞ!」
最早顔を赤らめるなんて可愛いらしい状態では無く、顔を真赤に上気させた状態で彼女はそんな事を言いつつ、此方に背を向けて上着を脱いだ。
どうやら胸当ての様な物は付けて居ないらしく、白く美しい背中が完全に露わに成り、一瞬遅れて濡れて輝く金色の長髪がソレを隠す。
……乳より尻派だった前世の俺としては、洋袴越しでも円やかな膨らみが解る今の体勢の方が眼福と言えるのだが流石にこれ以上無遠慮に見続けるのは、お巡りさんとしての倫理感も武士としての矜持も許さない。
そう判断し全身に纏った氣を自制心に割り振って目を伏せる。
女性と言う者は男が思っている以上に視線に敏感な生き物だと言うのは聞いた事が有ったし、実際に女性の捜査官と行動を共にすると男以上に『誰かに見られている』と言う状況を看破する事が多かった様に思う。
ソレはストリケッティ氏も同じだった様で、俺が視線を逸らした事を敏感に感じ取ってか、洋袴を脱ぐと此方へと向き直り火の前に座り込んだ様だ。
……全裸の男性的な細身の美人が目の前に座っている、目を上げれば色々と見る事が出来るだろうがソレをするのは矜持に反する、そう思うだけでも今生に生まれ変わってから初めて感じる程に心臓の鼓動が煩い。
全裸の美人な妙齢女性が目の前に居ると言う状況だけを言うならば、裸の里で修行をして居た時の大半はそうだったが、坂東家の美々殿も屋良家の椎菜殿も残念ながら俺の好みとは外れていた。
けれども今目の前に居る彼女は前世と今生通しても初めて出会った好みド真ん中のどストライクな女性だったのだ。
コレで胸が高鳴らない訳が無い……のだが、そんな女性が全裸で目の前に居るにも拘らず、ピクリとも反応しない息子さんに虚しさ覚えるのもまた事実である。
「今乾かしているソレは話には聞いた火竜列島特有のパンツ、フンドシって奴かい? パッと見は白い手拭いと変わらないね」
状況的に話題に困ったのか、ストリケッティ氏は俺が手にした褌を見てそんな言葉を口にしたのだった。




