千六十五 志七郎、水中へと潜り水棲魔物と相対する事
水中の通路には流石に松明は無かったが、普通の通路と同様に壁には等間隔に光を放つ珊瑚の様な物が設置されており、氣を用いて目を強化せずとも『空気の飴玉』さえ有れば十分に探索出来そうな様子だった。
ストリケッティ氏に問われた霊薬の対価だが、其処は三階に上がってから何度か有った罠の解除と迂回の指示で、此方が助けられた状況だった為、一つ目は無料で提供すると言う事で合意する事が出来た。
手持ちに有る空気の飴玉は全部で四つなので、最悪もう一時間水場を潜り抜けなければ成らない状況に成っても二人で突破出来るのだが、その時に大きな借りが又出来て居なければ申し訳無いけれども俺の勝利の為にコレは独り占めさせて貰おうと思う。
空気の飴玉は口に含んでいる間徐々に空気が生成され、ソレを吸い込む事で呼吸を補助すると言う品なので、鼻から息を吐き口から吸うと言う事が出来ないと効果中でも溺れる心配が有ったりする。
取り敢えず俺の方は前世に学校の体育で水泳の授業が有れば割とガチンコで泳いで居た口なので、鼻から吐いて口から吸うと言う感覚は何となく掴めているので問題無い。
ただストリケッティ氏は俺が先に水の中に入って大丈夫だと言う事を示しても、暫く躊躇した様子を見せ更には入って来てからも鼻から水を吸い込んでしまい混乱を起こして飴玉を口から零して慌てて俺が拾って救助し無ければ成らなかったりもした。
けれども元々ストリケッティ氏も金鎚では無いと言って居た通り、泳ぎ自体はそれなりに経験して居た様で飴玉を無駄にする事も無く、少し時間を掛けると何とか水中での行動にも慣れてくれた様だ。
口の中で空気が少しずつ溶け出して来る様な感じの効果である空気の飴玉を含んでの行動中は、当然の事ながら会話をする事は出来ないが其処で役に立つのが所謂手信号である。
『右奥から魔物が来ている』
コレは冒険者組合が配布して居る冒険の手引と言う小冊子にも纏められており、大規模な魔物討伐依頼なんかの際に、奇襲を狙う様な声を出せない状況でも複数の徒党が連携出来る様にと広められて居る物らしい。
『了解』
当然、冒険者組合で仕事をする様に成った俺達にもその冊子は配られていたし、俺もソレをしっかりと読み込んで居たので、この場で話し合う事も無くお互いに水中でもある程度の遣り取りが出来ると言う訳だ。
ちなみに俺の持つ銃は二丁とも油紙でしっかりと梱包した上で振り分け荷物の小行李の中に入れて有る、一応行李の方も内側に油紙で目張りしてあるので、恐らくは中に水が染み込んで完全に駄目に成ると言う事は無いだろう。
まぁ最悪濡れてしまったとしても銃弾が駄目に成るだけで、銃本体の方はきっちり分解整備して乾かせば問題ない筈だが、その場合にはこの塔を完全に攻略するか死に戻るまでは銃が使えないと言う事に成る。
とは言え俺に取っては銃は何方かと言えば牽制用の補助武器と言う位置付けで、刀さえ無事ならば何とか成る筈なので大きな問題では無い。
寧ろ問題なのはこの水の中を泳ぎながらでは刀を振るう事が出来ないと言う方だ。
流石に水中での戦闘を想定した剣術なんて物は経験してないからなぁ……。
そんな俺に対してストリケッティ氏は、魔物を発見した時点で既に四本吊るして有る短剣の内一つを握り締め近接戦闘に入る構えを取って居る。
どうやらストリケッティ氏は水中での戦闘経験が有るらしい。
俺も刀を抜いて手にしては居る物の……うん、突きのみで運用するしか無いか。
と、そんな事を考えている内に姿を現したのは、白い三角の頭巾から白い触手の様な髪を何本も生やした白いスクール水着を着た幼女……と言う誰の趣味だよとツッコミたく成る魔物だった。
恐らくは烏賊をモチーフとした魔物なので白基調の装いなのだろうと思うのだが……何故此処でスクール水着なんて物が古代精霊文明期の遺跡に出てくるのだろう?
しかも気の所為かそれとも俺の中に微かに眠っているエロ心故か、色々と見えては行けない物が透けて居る様にも見える。
とは言え異世界の友人の様な女児性愛者ならば、色々とヤバい事に成るかも知れないが、残念ながら俺には烏賊腹体型の女児に下劣な欲望を抱く性的嗜好は無い。
そう言う点ではストリケッティ氏も、あの見た目に惑わされる様な事は無さそうで、油断なく短剣を構え触手を迎え撃つ姿勢整えている。
「ゲソ!」
実際にそんな声が聞こえた訳では無いが、何となくそんな感じの掛け声を上げている様な勢いで触手が勢いよく突き出されるが、予備動作から攻撃までの動きが丸見えで水の抵抗で鈍くなった状態でも十分に躱す事が出来た。
その上、仮称;烏賊むs……なんか嫌な予感がするので仮称:烏賊女は一突きに全力を込めて居た様で、完全に身体が泳いでしまって隙だらけに成っている。
当然そんな見え見えの隙を見逃す程、俺もストリケッティ氏も甘くは無い。
ストリケッティ氏は幼女体の心臓を目掛けて、俺は烏賊頭巾の正中線上、釣り上げた烏賊を絞める時に刺す辺りを目掛けて、それぞれの得物を突き刺した。
場所が水中で空気を含んで居る関係から身体が浮きがちに成る為、天井を足場にしての攻撃となるが故に、身長が高いストリケッティ氏の方が低い位置を攻撃しやすかったのだ。
「ゲソぉ……」
烏賊女の口からそんな声が実際に聞こえた訳では無いが、そんな感じの断末魔の声を漏らしたと思わしき顔を見せつつ、奴は他の魔物同様に塵の様な物と成り水の中に溶けて行った。
うん……どうやらこの塔に居る水中の魔物は、現実に出現する水性の魔物と比べれば可也弱く調整されて居る様な気がする。
話に聞いただけでは有るが水中を縄張りとする魔物は、此方が水の抵抗で動きが鈍く成っているのに対して、向こうはその場所にきっちり適応して居る為に地上に出現する魔物と変わらずなんの抵抗も無い彼の様に素早く動き回るのだそうだ。
聞いた中でも特にヤバいと思ったのは蝦蛄の変化である石花蝦と言う妖怪は、水中でも音速を超える様な突きを放ち、その威力で真空と衝撃波を繰り出す事で防具の素材に使われる様な蟹や貝の妖怪を砕いて捕食すると言う。
そんな奴でも火元国周辺に出現する水棲妖怪としては最強格とは言えないと言うのだから、水の中に潜む魔物と言うのは本気でヤバい奴等なのだ。
ソレに比べると今倒した烏賊女は、水中で自由自在に動き回ると言う点では水棲の魔物らしい動きだったが、攻撃その物は稚拙と言い切る事が出来る程度の物でしか無かった。
『次、右の通路』
水中に入ってからも幾つかの別れ道は有ったが、今の所通った場所はどれも行き止まりだった。
其れでも本道と言える道から脇道を一本一本丁寧に確認するのは、其処に魔物が湧いて居た場合に後ろから不意打ちを受ける可能性が地上に居る時よりもずっと高く成るからだ。
水の中で尚且つこう狭い通路が連なる構造の此処では、氣で聴覚を強化して居ても音が反響し易く何処から何が近付いて来ているかも解り辛いのである。
俺は少し先を泳いで進むストリケッティ氏の手信号をしっかりと確認し、逸れない様にしつつしっかりと後方にも気を配りながら進んで行く。
右へと曲がる通路へと頭を向けると、その奥から胸に帆立の貝殻を付けた下半身が魚の典型的な『人魚』らしき魔物が三叉の鉾を手に突撃を仕掛けて来る姿が見えた。
「魚ぉぉおお雄々!」
厄介な事にそんな声が聞こえそうな突撃を仕掛けて来ているにも拘らず、奴は水を掻き混ぜる様な音を立てる事も無く静かに突っ込んで来る。
恐らく俺達がしっかりとこの通路を確認していなければ、奴に後方からあの勢いで強襲されていただろう。
けれども気が付いたからにはしっかりと対応すれば良いだけだ、ストリケッティ氏も同意見の様で此方を一瞬振り返り互いに頷くのを確認して、俺達は奴の切っ先から逃れる様に通路の端へと退避するのだった。




