千六十三 志七郎、迷宮を徘徊し罠に思い馳せる事
「だー! 面倒臭ぇ! 此処通るの何回目だ!? さっきからぐるぐると同じ場所回ってる気しかしないんだが!?」
三階へと上がり暫く探索を続けた俺達だったが、此の階は今までの階層とは比べ物に成らない程に複雑で、尚且つ同じ様な構造が連続すると言う極めて面倒臭い迷路に成っていた。
しかも更に厄介な事に少し進むと直ぐに扉が有る極めて狭い空間の連続で見通しが効かない上に、その扉には魔法の類でも掛かっているのか遮音性も抜群で、更には一寸目を離した隙に直ぐ閉まると言う厄介極まりない代物である。
「面倒臭いのは確かにその通りですが、その上で特に面倒な作業は一手に私が受け持って居るんですから少しは辛抱して下さい……まぁそう言う態度だと流石に年相応に見えますけどね」
怒鳴り散らした俺に対して、扉に罠が仕掛けられて居ないかを調べて居るストリケッティ氏から冷ややかな言葉が返って来た。
今の所此の階で見かけた魔物は二階にも居た仮称:虎女と仮称:狼女の二種類に加えて、切り株らしき物から女性の上半身を生やした様な仮称:木女と、蜥蜴系の獣人族を思わせる姿の仮称:蛇女の二種類で計四種類である。
其奴等に共通して居る事として、どうやら連中は扉を開けると言う知恵が無いらしく、此方が奴等の居る部屋の扉を開かない限り襲って来ないし、何なら一度開けて発見されても扉を閉めてしまえばそれ以上追いかけて来る事も無い。
更に言うならば単純に未だ遭遇して居ないだけの可能性も有るが、今の所は一つの部屋に一体以上の魔物が居た場所は無かった。
其の為、此の階は戦闘面に置いては比較的安全と言い切る事が出来るのだが、地図作りの道具を持ち込んで居なかった俺達にとっては、此の階の複雑な作りこそが最大の敵と言えるだろう。
ついでに言えば、今まで通った扉にはどれも罠は勿論鍵すら掛かって居なかったのだが、だからと言って調べずに開けて致命的な罠に引っ掛かる……そんな可能性を考えると無駄手間に思えても調べざるを得ないのだ。
「おっ? どうやら此処は初めて来た場所で間違いなさそうですよ。此の扉には罠が仕掛けられている。不用意にドアノブを回すと手に毒針が刺さる仕掛けの様ですね。でもまぁ……仕組みが割れてしまえば無効化するのは簡単な奴ですよ」
そう言いながらストリケッティ氏は壁に掛かって居る松明を、己の腰に下げた短剣で少し削り、その小さな破片をドアノブに開いている毒針が出ると言う穴の中へと詰め込んだ。
成る程な……罠が稼働しない様にするか、稼働しても効果が無い様にすれば良い訳だから、態々手間を掛けて動作部分を分解したりせずとも、針が出る穴を塞いでしまえばソレで済むと言う訳か。
「それにしても此の塔を建てたであろう古代の霊獣は随分とまぁ意地の悪い性格をして居たんだろうね。此処まで一切罠無しでどうせ此処も無いだろうと油断するとブスリと来る丁度そんなタイミングだよ此れは」
三階へと上がってから幾つの扉を開けたのかを正確に数えて居た訳では無いが、多分二桁に入って少しと言った所だろう。
その間罠も無けりゃ鍵も掛かって無いと成れば、確かにそろそろ油断が出てきても不思議は無い頃合いだ。
そうして丹念に調べてから扉を開くが、ストリケッティ氏は直ぐに踏み込む様な事はしない。
「おっと? もう一つ罠発見。不用意に踏み込むと下の階にさようなら~って感じに成る奴だね」
言いながら扉の前を足で軽く突くと、床の石材が二つに割れて二階へと繋がるだろう落とし穴が口を開いた。
「罠を仕掛ける時には一つだけで無く、二重三重と重ねる事で依り引っ掛かり易く成る……と家の軍学に通じる者から習った覚えが有りますが、成る程確かに此れは性格悪いと言われても仕方が無い奴だ」
猪山藩で平平流兵法を代々伝える平平家は猪河家の軍師とも言える立場で、その十六代目に当たる平平 平平からそんな話を聞いた覚えが有る。
彼奴は若者らしく助平な話の時には馬鹿を晒すが、事が軍事や鬼切りと言った武張った状況であれば猪山藩で上から数えた方が早い順位で知恵の回る男だ。
そんな彼が『罠を仕掛けるならば一つでは意味が無い』とまで断言するのだから、こうした複数の罠を組み合わせて仕掛けると言うのは常道と言えるのだろう。
実際、今の毒針から落とし穴の組み合わせも、俺一人で有れば何方も見事に引っ掛かって居た筈だ。
まぁ毒針の方は即死毒でも無けりゃ自動印籠の中に入って居る解毒丸が一個無くなるだけで済むが、落とし穴で下の階へと没収ートされてしまえば、階段前に居る熊女を再び眠らせると言う手間が掛かって仕舞うので割と面倒と言えば面倒である。
「成る程、君の家の軍師殿は優れた知略をお持ちの様だ。言う通り三つ目の罠も仕掛けられて居る様だね。此の落とし穴を飛び越えた辺りに幾つかスイッチと思しき踏み石が有るよ。うん、此処は安全策を取って違う道を選んだ方が良さそうだ」
落とし穴の此方端から向こう端までの距離はパッと見る限り一間よりも短いので、飛び越そうと思えば飛べない大きさでは無い。
けれどもその先の床には更に罠が仕掛けられて居ると言うのであれば、ストリケッティ氏の言う通り別の道を通った方が賢明だろう。
「こんな事ならば十フィートの棒を持って来るべきだった。アレが有れば此処からスイッチを押して見てどんな罠なのか確認する事も出来たんだけどね。まぁ棒を使ったら此の場所の天井から何かが出てくるなんて可能性もあるんだけど……」
外つ国の冒険者が地下迷宮の類に挑む時、良く手にして居るのが十フィートの棒だと言う。
冒険者が徒党を組む際に必ずしも腕の良い盗賊や斥候が居るとは限らない、そんな場合に取り敢えずその棒を持って壁や天井を突付いて安全を確認するのに使う物なのだそうだ。
そして今ストリケッティ氏が言った様に、本職の斥候が使っても便利な代物らしい。
そんな外つ国では可也一般的なその道具は、古代精霊文明期には既に使われていた痕跡があるそうで、ソレを使って起動させる事を前提とした様な罠も有ると言う。
「遺跡荒らしを生業にする盗賊は常に古代の賢者達との知恵比べなんだ。まぁ何故遺跡にはこんなに罠が沢山有るのかと言う最大の謎は誰も解明出来て無いんだけれどもね」
……確かにな、宝物を守る為に罠を仕掛けると言うのは一寸腑に落ちない物が有るな。
いや金庫や宝箱の様な物に鍵を掛けるのは理解出来るし、ピッキングの様な鍵開けの技術を当たり前に習得して居る盗賊の様な者が、冒険者として相応の数生きている今の時代ならば、悪戯で鍵を開けられる様な事が無い様に罠を仕掛けると言うのも理解は出来る。
けれども古代精霊文明期には未だ人類達は存在して居らず、そうそう簡単に鍵が開けられたり盗人が宝物を奪いに来る様な事が有ったのだろうか?
いや、そうか!
「もしかしたら……古代精霊文明の時代にも火元国で鬼に区分される様な知恵ある魔物がこの世界に攻め寄せて居て、そうした者から宝物を守る為に罠を仕掛けた宝物殿なんかが作られたんじゃぁ無いですかね?」
盗人は必ずしもこの世界の住人とは限らない、魔物の中には道具を使う程度の知恵が有る者達も居るのだ。
外つ国では基本的に使われていない区分では有るが、火元国では魔物を道具を使う知恵が有るモノを『鬼』と呼び、ソレが無いモノを妖怪と呼んで区別して居る。
此れは小鬼や犬鬼の様な雑魚と呼べるモノでも、時には手にした得物や地形を利用した罠なんかを使って鬼切り者を嵌め殺す様な危険性を秘めているからだという。
そう考えると古代精霊文明期の霊獣達が自分達の作った宝物や、倒した鬼を倒して手に入れた戦利品なんかを、奪われない様に相応の場所に仕舞うと言うのは強ち間違いでは無い様に思える。
「成る程、そう言う場所も確かに有りそうですね。ですが古代精霊文明の遺跡には明らかに日常生活が行われてたと思しき建物の遺跡にも普通に罠が有ったりするんですよねぇ。以前行った事の有る場所は陰湿な罠だらけの邸宅でしたよ?」
……其処まで行くと本当に何の為に作られたのかすら疑問を覚えざるを得ない、自宅で常に罠を意識して生活するとか面倒臭いだけだろうに。
古代の霊獣達の考える事は解らん……と、恐らくは多くの盗賊や斥候達が思い抱いたであろう事を考えながら、俺達はこの部屋に有る別の扉の方へと歩み寄るのだった。




