千六十 志七郎、無敵の魔物を知り鳥獣人を考える事
その後、暫しの間一緒に探索を進めると、二階は行動出来る範囲が異様に狭い事に俺達は気が付いた。
正確に地図を作って居る訳では無いので、体感でしか無いが二階は一階の半分程度しか行ける様に成っていない様なのだ。
当然、行けない方の半分に繋がる隠し扉の様な物が無いかも探しては居るのだが、残念ながら其れらしい物を俺もストリケッティ氏も見つける事は出来て居なかった。
その代わりと言う訳では無いが、上階へと続く階段は疾っくの疾うに見つける事は出来て居る。
但し此の階でもやはり階段の前には守護者となる魔物がしっかりとその場を死守する為に立ち塞がって居た。
パッと見は粗末な貫頭衣だけを身に纏った人間の少女でしか無いのだが、俺達がその視界に入ると丸で獣の様に歯を剥き出しにして威嚇して来るのだ。
「アレ……普通の人間って事は無いですよね?」
今更人間だからと言う理由で斬る事に躊躇いは無いが、相手が罪も無い女子供と成ると話は別だ。
未だに前世の警察官としての倫理道徳感を引き摺っている部分が有るのは間違い無いが、其れを別にしても『敵対した悪党を斬る』のと『無抵抗な女子供を斬る』のは流石に同列で語るのは間違っていると思う。
「あの年頃の普通の人間女性が、武器らしき物も持たずに此処に居る訳が無いですし、何よりも我々に対して明らかな敵意を見せている以上は、此の塔の魔物と判断するのが適切なのでは?」
向こうは威嚇こそして来る物の一階に居た首無し騎士同様に、階段を護るのが最優先事項として設定されて居るのか、その場を離れて俺達の方へと襲いかかって来る様子は無い。
「ですよねぇ……はぁ、少々心苦しいですが、サクッと打った斬って次の階へと進むとしましょうか」
ストリケッティ氏の返事を聴き諦めの溜め息を一つ吐くと、俺は意識を戦闘様に切り替えて、仮称:女の子を敵と見定め一足飛びに斬り掛かる、その一太刀は確かに首を取った……その筈だった。
しかし十分な氣を練り込んだ筈の一撃は、向こうの皮膚に食い込む事すら無くあっさりと弾き返され、更に意識加速の中ですらその変化が見えない程の早さで変化した毛むくじゃらの太い腕で反撃の一撃を繰り出して来た。
幸い力任せにぶん殴る様なその反撃は、意識加速中の俺から見れば只の大振りな雑な拳打でしか無く、其れを避ける事は造作も無い。
其れを掻い潜り羆並の体格へと変貌した敵に対してもう一発斬撃を走らせるが、先程同様に今度は皮膚では無く毛皮の表面で弾かれ毛の一本を斬る事も出来ず、止む無く間合いを取る事にした。
「……アレ首無し騎士を斬ったのと同等以上の一撃を入れたのに、全く斬れる様子が無かったですよ」
奴の行動範囲外へと退避しストリケッティ氏の居る所まで戻った俺は、率直にそんな感想を口にする。
「アレは恐らくライカンスロープを模した魔物の幻影なのでは無いだろうか? だとすれば君の剣が弾かれたのも説明が付く」
するとストリケッティ氏は冷静な表情で、先程までの稚い少女の面影等全く無い羆の姿
を見つめながらそんな言葉を返して来た。
ライカンスロープと言うのは所謂『狼男』の様な存在の事で、この世界に置いては一種の病気として扱われて居る症状だ。
原因は今の所完全に解明されては居ないが、推測としては妖刀や魔具に呑まれた者の様に、異世界の神々に依る干渉で人類から獣の姿に変化する能力を獲得した者と考えられている。
しかもライカンスロープ症は可也厄介事に、患者の爪や牙で傷付けられた者は高確率で熱病を発症する上に、運良く熱病で死ななかった場合には被害者も獣の姿へと変貌して周りの者を見境無く傷つける様に成ると言う。
「ライカンスロープは神々の手で作られた武器か、銀または真の銀の武器でしか傷付ける事は出来ないとされて居る。其の為ライカンスロープ症の患者が出た街や村は丸ごと神々の権能で消し飛ばされる物だ……と図書館で読んだ覚えが有る」
……狼男や吸血鬼を倒すのに銀の弾丸が必要だと言う話は、前世にも何かの小説で読んだ覚えが有るが、その辺は此方の世界でも同様の様で有る。
「ちなみにストリケッティ氏の短剣が一本位銀製だったりしませんか? 残念ながら俺の方は銀の弾丸とか銀の刀なんて物は持ち合わせて居ないのですが」
悪霊の様な実体を持たない魔物を撃つ為に『陰陽術の掛かった銃弾』ならば持ち合わせて居るが、残念ながらその素材は銀では無いので通用するかは撃って見なけりゃ解らない。
「下の階でも言ったが私の短剣はどれもアダマンタイト製で、ライカンスロープを倒す事が出来る様な神聖な武器では無いよ。まぁ銀製品を何も持っていないと言う訳では無いが流石に服の釦じゃぁ武器には足りないだろうね」
……あれ? コレ割と詰んで無いか?
いや、でも……塔の最上階に宝玉が有ると言う情報が有る以上は、少なくとも過去に其処まで辿り着いた者が居たと言う事だ。
そしてファルファッレ男爵がその情報を持って居るので有れば勝負に勝つ為に、事前にストリケッティ氏に銀の武器を用意する様に指示を出す程度の事はするのが当然だろう。
にも拘らずソレが為されて居ないと言う事は、銀の武器を事前に用意しなくても此処を突破する手段が塔の中に隠されていると言う事なのでは無いだろうか?
「一階で見かけたあの古代文字の様に此処を突破する何らかの情報が何処かに書かれているかもしれない。一旦此処を離れて周辺を探索し直して見るしか無いんじゃ無いでしょうか?」
俺の言葉に対して無言で首肯を返したストリケッティ氏を見る限り、どうやら同じ判断をした様で有る。
巨大な羆に成り破けた筈の服も再生させながら、再び幼い少女の姿へと戻った仮称:人熊を警戒しつつ、俺達はその場を一旦後にしたのだった。
あの場を離れて暫し探索と戦闘を繰り返す、どうやら此の階層に出現する魔物は、階段の守護者である人熊の他には、仮称:虎女に仮称:狼女に加えて仮称;鳥女の三種類の様で有る。
虎女と狼女は何方の単純な近接型の魔物でしか無く、俺もストリケッティ氏も危なげ無く倒せる程度の敵でしか無い。
けれども厄介なのは鳥女で顔と胸が人間の女性で腕と下半身は鳥と言う所謂『ハーピー』や『セイレーン』と呼ばれる魔物を模して作られた物だと思われるが、此奴は下の階に居た蝙蝠女同様に素早く壁や天井を飛び回る為攻撃を当てるのが中々に難しいのだ。
更に此奴は時折『歌う』のだが、その歌声を聞いてしまうとその時点で唐突に意識が途切れてしまうと言う、とんでも無く厄介な能力を持っているのである。
不幸中の幸いと言えるのは鳥女の攻撃力が然程高く無い為、棒立ちに成ってしまっても一撃で命を刈り取られる様な事は無く、その攻撃を受けた時点で意識を取り戻す事が出来る為、ソレが致命的と言える程の事では無いと言う事だろうか?
とは言え、虎女や狼女が近くに居る状況でその能力を食らってしまえば、命を奪われる可能性が全く無いとまでは言い切れないので注意は必要である。
「そー言えば、あの鳥女に対しては最初から躊躇無く戦えて居る様でしたが、鳥系の獣人族とは一目で違いが分かる物なんですか? 寡聞ながら鳥系の獣人族の方や獣耳族の方とは会った事が無いもので……」
獣人族と一口で言ってもその見た目は様々で熊の容貌を持つ者も居れば、猫や犬に虎は勿論の事、大熊猫に小熊猫、蜥蜴や鰐の様な爬虫類系の者も居たりする。
そして当然鳥系統の獣人族や獣耳族と言う者も存在するのだが、彼等は少々体質に問題が有る為に自分達の集落から外へと出る事は少ないのだとお花さんの授業で聞いた覚えがある。
「ああ、私の友人にも何人か居るが鳥系の獣人は腕は確かにあの魔物同様の翼だが、その先端にはしっかりと五本の指が有るし、何よりも下半身があんな風に鳥その物の鱗と爪が有ったりはせず、人と何ら変わらない形をして居るんだよ、」
どうやらストリケッティ氏の交友関係は亜人に対しても可也広い様で、鳥系の獣人族も友人の中に居るらしい。
……人族史上主義の南方大陸帝国では、火元国で一部の妖怪が見世物小屋で銭を取って見世物にされて居る様に、獣人族がそうした扱いを受けて居ても何ら不思議は無いし、下手をするともっと残酷な扱いを受けている可能性も有る。
そう考えるとストリケッティ氏が帝国に連なる公国から他所へ移りたいと考えるのも理解出来るな。
「さて、兎にも角にもあの熊をどうにかする方法を見つけないとな。どうにか成らないだろうか?」
そんな事を言いながら俺は、更に近づいて来る次の魔物と相対する為、刀を握り直すのだった。




