千五十九 志七郎、帝国の闇を感じ武腕見せつける事
「済まないね……どうも亜人絡みの事には過剰反応してしまう癖が、南方大陸の本国へと留学した時に身に付いてしまってね」
仮称:虎女に対して、俺が獣人族との差異を指摘するまで、攻撃する事が出来なかった事をストリケッティ氏が謝罪する。
聞けばストリケッティ氏は騎士魔法を深く学ぶ為に、南方大陸の神聖マカロニア王国に留学した事が有るのだが……その留学期間中に亜人奴隷に対する聞きしに勝る酷い扱いを目の当たりにし、強い衝撃を受け心的外傷に近いものを抱いたのだと言う。
ニューマカロニア公国も一応は南方大陸帝国の一部と言う事には成って居るが、海を隔てた西方大陸にまで皇帝の威光は届いて居らず、人間以外の人類即ち亜人と呼ばれる者達に対しては近隣諸国と然程変わらない扱いをして居るらしい。
男爵家の子としてニューマカロニア公国が、南方大陸や其処を支配する帝国に所属して居ると言う事自体は知識として知っては居ても、実際に留学するまではそうした実感は無かったのだそうだ。
事実としてニューマカロニア公国には、他の国より割合としては少ないとは言え人間だけで無く、獣人族や獣耳族に森人や山人と言った妖精族だけで無く、魔族に分類される住人もそれなりには居ると言う。
流石に南方大陸帝国の飛び地と言う扱いで有る以上は、そうした亜人に分類される種族の者が貴族の地位を得る事だけは有り得ないが、公国の臣民としての立場は保障されて居るらしい。
ストリケッティ氏の個人的な交友関係の中にも、そうした人間以外の種族の者はそれなりに居ると言う事なのだが……学習能力が高い多感な思春期の時期に神聖マカロニア王国へと留学した時に見た、亜人奴隷の扱いの酷さは筆舌に尽くし難い物だったと言う。
「産まれる場所が違ったならば、友人達も同じ様な扱いを受けていたかもしれない……そう思うだけで私には、帝国の在り方自体が受け入れ難い物と映ってしまってね。けれども糞兄貴の所為で家を捨てて旅立つ訳にも行かなく成ってしまった」
今回の賭けでストリケッティ氏が此の塔に挑んで居るのは、俺に勝つ事が出来たならば男爵家に縛られず自分の進路を自由にして良い…・・と言う男爵との賭けに乗ったからだと聞いて居る。
本来ならば末っ子のストリケッティ氏が家の跡継ぎ問題に駆り出される様な事は無かった筈で、学んだ騎士魔法を活かして冒険者か傭兵家業に身を窶したり、他の国に仕官すると言う選択肢も有った筈なのだ。
にも関わらず、次兄がやらかした事で自分が長男に何か有った時の予備として、部屋住みを強要される立場と成ってしまった訳で、その状況からの脱却の為の大博打だった訳である。
……うん、動機は凄く理解出来る、俺だって前世に家族関係を拗らせて居た頃は『公務員なんか絶対成らん』とか思ってたしな。
とは言え、俺が大学に行ってる頃は丁度就職氷河期と呼ばれる様な社会情勢直撃で、先輩方から見聞きした民間の黒い労働環境を知れば知る程に、公務員の方が良くね? と成り、一念発起して警察官を目指したんだけどね。
兎角、ストリケッティ氏が南方大陸帝国に対して隔意を持っていて、其処に連なる家系である男爵家に居続ける事に嫌気が差して居り、此の勝負が家を出る絶好の機会なのだ……と言う事は理解出来た。
「……先程と同じ虎女や他の獣人に類似した魔物が再び出てきた時に、躊躇する事無く倒せますか?」
勝負の行方だけを言うならば俺が此れを聞く必要は無い、寧ろ戸惑い躊躇し敗北してくれた方がお得まで有る。
けれども前世に培った武道家としての『打って反省打たれて感謝』の思想や、警察官としての倫理道徳感、そして今生で得た武士としての『面子や体面を重んじる』精神からすると、相手がいつの間にか勝手に敗退して居る……と言うのは受け入れ難いのだ。
「同じ虎人ならば次は同じ過ちを繰り返さないと言い切れますが……他の獣人族や獣耳族に類する姿で現れたならば正直な所自信は有りません」
……イケメンは少し落ち込んだ様な顔をして居ても見栄えがする分得だよな、なんて下衆い思いが脳裏を過るが、ソレを面に出さない程度の分別は当然持ち合わせて居る。
「ならば取り敢えずこの階層の魔物と一通り相対するまでは一緒に行動しますか。得物の関係上戦闘では俺が前に出ますが、通路を行く間は罠なんかの探知をお任せする都合上、前をお願いしますね」
故に俺としては共闘関係を続ける事に否は無く、迷宮踏破だけを目的にするならば寧ろその方が都合が良いとすら考えていた。
勿論、勝負事である以上は何処かで出し抜く必要は有るのだろうが、その辺はお互い様と言う事で『機を見るに敏』だった方が勝つと言うだけの話である。
と、そんな話をして居る間にも魔物は俺達状況等お構い無しに動き回っている様で、奥の通路から今度は狼らしき頭部を持つ、やはり女性の象徴と丸みを帯びた体付きを持つ魔物が姿を現した。
ただ此奴は四足歩行が基本の様で、何方かと言えば大きな犬に人間女性の胸をくっつけた……と言った印象の見た目をして居るので、獣人族の様な人類と見紛う事は無いだろう。
「アレは……スフィンクスの系譜でしょうか?」
精霊魔法学会の呪文図書室 にも居た知識の守護者スフィンクスは、古代精霊文明時代には既にこの世界に存在して居た知恵有る獣の一種で、ニューマカロニア公国でも図書館や博物館にも其処を護る個体が居ると言う。
此の塔が古代精霊文明時代の遺跡であると言う事と、此処に出現する魔物が何らかの方法で人工的に産み出された幻影の様な物であると言う仮説から考えるに、当時は今目の前に居る様な人と獣の間の子とでも言うべき魔物が実際に居たのかもしれないな。
「何でも良いけれど向こうは戦る気みたいだから、打ち合わせ通り俺が前に出ます。横合いや後ろから他の魔物が不意打ちして来ないかの注意をお願いします!」
ちなみにスフィンクスは人類が運営して居る知識や文化と言った物を所蔵する施設で守護者として生活する友好的な個体も居れば、古代遺跡のその様な施設から盗掘を試みる冒険者の前に立ちはだかる個体と様々だったりする。
火元人の感覚で言うならば猪山屋敷で女中をして居る猫又と、野良で人と敵対して居る猫又は、種族こそ同じでも所属が違う為に戦う事も有る……と言う様な感じだろう。
兎にも角にも目の前に迫る仮称:狼女に対して、俺は足の裏から氣を放ち真正面から一足飛びに前へと出て、相手の後方へと擦れ違う様に抜ける瞬間一太刀でその首を撥ねる。
特殊能力として『即死攻撃』を持っている訳では無いが、氣を纏い意識加速の中で瞬歩と呼ばれる高速歩法と得物に氣を込める斬鉄を併用すれば並大抵の魔物であればこんな物だ。
「……氣功使いは我が国の冒険者組合にも何人か居ますが、貴方の様な圧倒的な使い手は初めて見ましたよ。純粋な剣術だけならば貴方より優れた人は何人も居ると思いますが殺し合いで彼等が勝てる様には思えません」
刀から手を離さず残心したままで狼女が塵に成るのを待ってから、ストリケッティ氏の下へと戻ると、俺の太刀筋から大体の技量を読み取ったらしくそんな言葉を頂いた。
「剣の腕だけでも一流を名乗れる自信は有りますが、超一流を名乗る程に自惚れる事が出来ない程度の腕前なのは自覚が有りますよ。ソレに氣だけで無く精霊魔法を含めてこそ俺の真の実力と言えると思いますね、貴方の本質が騎士魔法を使った指揮官なのと同様に」
ストリケッティ氏の本質は騎士魔法を使って部下を強化し部隊を率いる指揮官で、斥候としての技能はオマケと言ってしまうと語弊が有るだろうが本当の意味での強みでは無い。
「確かに……今回の勝負は互いの得手を封じた上での物でしたね。とは言え正直な所、貴方を一目見た時には迷宮探索競技ならば此方が遅れを取る事は無いと侮って居たのも事実。にも拘らず実際は私の方が助けられている始末、年長者として反省しなければ」
俺の言葉にストリケッティ氏は微かな微笑みを見せ、そう返事をすると今度は自分の出番だと言いたげな足取りで前へと出ると、二階の探索を始めたのだった。




