千五十七 お清、鉄火場の熱に観衆沸かせる事
互いの手元に裏向きのまま配られた二枚の手札を相手に見られない様、慎重に吟味し再び卓の上に伏せて置く。
三枚目は互いに見える様に表向きに配られるが、この札の強さが弱い方がその回の勝負の親と成る……今回は私が心臓の王様に対して向こうは剣の一なので此方が親だ。
親番は此処までの手札を鑑みて、最小賭け金の半額を賭けるブリングインと最小賭け金と同額を賭けるコンプリートが選択出来る。
「ブリングイン」
今の段階で手札に揃いは無く役の無い状態なので、私はそう選択し駒を賭け金置き場へと差し出す。
「レイズ」
すると相手は既に自信の有る手札なのか、それとも只のはったりなのか、賭け金の上乗せを宣言し私の出した額の五割増しを賭け金置き場へと送る。
「コール」
コレに対して私も更に上乗せを宣言する事も出来るのだが、ソレをしてはったりを見破られれば手痛い被害を受ける事にも成るので自重し、相手が出したのと同額を賭ける事にした。
私の選択が終わった事で四枚目の札がコレも表向きに配られる、来たのは心臓の女王……相手に見えている札だけならば最強の役であるロイヤルストレートフラッシュの可能性も有ると様にも見えるだろうが、ソレが来る可能性は限りなく低い。
今この場には居ない志ちゃんが異世界から御土産として持ち帰った西洋賭博の玩具の説明を聞いた時に知ったのだが、その役が出来る確率は麻雀で天和を上がる可能性よりも低いと言うのだから、向こうだってソレが出来て居るとは判断しないだろう。
実際、伏せた二枚と合わせても其処には未だ何の役も無い、これから来る三枚で出来る可能性は零では無いにせよ、まぁ無いと言って間違いない。
対して向こうの札は金貨の一……見えている札の時点でワンペアが出来ている状態だし、初手の賭け金上乗せを鑑みればスリーカードが出来て居ても不思議は無い筈である。
此処は引くべきか、それとも押すべきか……暫し判断を迷った末に
「フォールド」
私は勝負を降りる事を選択する、コレで賭け金置き場に有る駒は全て相手の物と成るが、此処は最小限の被害で済んだと判断するべきだろう。
降りた勝負手は必ずしも晒す必要な無いのだが、私は敢えて裏向きに伏せられた札二枚を表に返す。
其処に有ったのは棍棒の四と剣の六、残念ながら此処から残りの三枚で何が来るのかを確かめる術は無いが、恐らくは強い役に成る事は無いだろう。
「引き際の潔さは流石ですな、それとも此方の手札が読まれましたかね?」
言いながら向こうも伏せ札を返すと其処には心臓の一と棍棒の一だ……あっぶなぁこの時点でフォーカード出来てる上に、心臓の一が向こうに有る時点でロイヤルストレートフラッシュは有り得なかった。
ロイヤルストレートフラッシュの一つ下の役であるストレートフラッシュでもフォーカードを上回る役では有るが、残り三枚全部が心臓で尚且つ騎士に十と九が来なければ成立しない。
「貴方の無表情に綻びが有った訳じゃぁ無いですよ、此方の手札が悪いから降りただけです」
西方大陸語を学んで居ない私では、お花さんの翻訳が何処まで真っ直ぐに此方の言葉を伝えてくれているのかは判らないし、向こうの言葉を意訳して居るのかも不明だが大きく外れる様な事は言わないと信じて言葉を返す。
札を配り手に返し次の勝負へと進む、配り手は此処の見世の者では無く公爵家が経営する賭場から態々出張って来て居る者なので、恐らくは男爵に対して忖度して如何様を働く様な事は無いと信じて置く。
次の勝負の為に配られた二枚の手札は剣の四と棍棒の五か……うん、悪くは無い。
表向きに配られる三枚目は此方が金貨の六で向こうは心臓の三で親は向こうだ。
「コンプリート」
向こうはそれなりの手札なのかブリングインでは無くコンプリートを選択し駒を満額賭け金置き場へと送り出す。
「レイズ」
今の時点ではストレートが成立するか、それとも役無しで終わるかは判らないが上下何方にも繋がる手札は決して悪く無いと判断し、賭け金の上乗せを提案する。
「コール」
対して男爵は更なる上乗せを選択する事無く、此方の出した額面と同じ額の賭けに乗って来た。
四枚目には金貨の八が来て相手の札は金貨の四……間が出来てしまったが残り三枚で七のどれかが来ればストレート成立だし、此処は勝負を挑むべき所だろう。
「チェック」
今の段階で向こうは強い手札では無いのか、それとも私に対する引掛けの積りなのか、賭け金の上乗せをする事無く此方の動きを待つ選択をした。
「コール」
私としても未だ役が出来て居ない段階なので向こうのが上乗せして来ないならば、そのままの額面で次の札を貰う事にする。
五枚目の札は……金貨の三が来て棍棒の六があっちに行った。
ストレートは未だ出来て居ないしペアも来ない、此れは役無しで終わるか? いや未だ後二枚有る。
「チェック」
役が出来て居ない時点では上乗せしたくないとも思うが、こうして上乗せ無しだと手札を見抜かれる可能性は大きい。
しかしだからと言ってはったりで大勝負を仕掛ける事が出来る程この賭博に精通して居ない。
「コール」
すると男爵も上乗せ無しで勝負を続ける事を選択した、もしかしたら向こうも役が出来て居ないのかもしれないな。
続けて配られた六枚目は……来た! 金貨の二! 此れで私の方はストレート成立だ、対して相手の札は金貨の王様……見えてる範囲で役が出来ている訳では無いが三枚目と四枚目は私と同じくストレートの可能性が有る札だ。
「チェック」
役が同じなら役が成立して居る札の数字が強い方が勝ちに成る、私の手役は今の時点で二三四五六のストレートなので、向こうも同じくストレートが出来ている場合には高い確率で負ける為、役が出来ているが敢えて上乗せ無しで勝負を続ける。
「コール」
……上乗せ無し? 相手は役が出来て無いのか、それともワンペアかツーペア辺りの低い役なのだろうか?
はったりが物を言うこの賭博では、表情を読まれない様にする為の無表情が何よりも大事に成る。
相手の男爵は流石は百戦錬磨の博徒と言う事か、張り付いた様な作り笑顔が全く動かず表情で手を読むのは不可能に思える程だ。
それでも勝負は続き七枚目の札が裏向きでそれぞれの手元へと配られる。
この札を見て最終的な役が確定し賭け金の上乗せを考えねば成らない……来た札は棍棒の七か、無駄にストレートが伸びたが手役構成は四五六七八に出来るな。
「レイズ」
最後の上乗せは六枚目の親が引き続き行う、ストレートは下から数えた方が早い役では有るが、そもそも此のポーカーと言う賭博では役無しで終わる可能性の方が大きいらしいので此処は押すべき手役だろう。
五枚目以降の上乗せは四枚目までの上乗せの倍額に成るが構わす上乗せして駒を差し出す。
「レイズ」
どうやら向こうもそれなりの手役なのか更に上乗せを提案して来た……此れははったりだろうか? それとも勝てると踏んでの事か?
上乗せは一回の札配り毎に最大四回までと決められているので、私は此処で更に上乗せをするかこのまま勝負を挑むか……それとも降りるかの選択を迫れる。
「レイズ」
……いや、ここは押すべき所だ! 可愛い末の息子が身体を張っているこの状況で、私が逃げると言う選択肢は無い。
「レイズ」
男爵が四回目の上乗せを口にし駒を賭け金置き場に置いた所で
「ショウダウン」
配り手の合図の言葉に合わせて伏せ札を開き
「ストレート!」
「スリーカード!」
互いの手役を宣言する、私は四五六七八ストレートで男爵の方は伏せ札三枚が騎士のスリーカードだった。
役の強さは此方が上! 配り手は勝者の元へと賭け金置き場に有った全ての駒を押しやって、ソレが私の物に成ったと確定させる。
「「「ぉぉおお雄々!」」」
最後のコール合戦からの一役違いの勝負は観衆の目にも熱い物として映った様で、地響きの様な歓声が開場に響き渡った。
さて……私達の勝負はまだまだこれからだ! 次の勝負の為に配られる伏せ札を確認しながら、今頃厳しい戦いの中に居るだろう末の息子の無事を祈るのだった。




