千五十六 志七郎、隠し部屋へと踏み込み好みを斬る事
隠し通路に仕掛けられた罠の有る床は然程も長く無い所で終わり、奥には一枚の扉で隔てられた恐らくは部屋が有ると思しき場所へと続いていた。
「此の扉にも……うん、罠が有るね。不用意に扉を開くと足元の床がさっきの壁同様に開く仕組みらしい」
つまりは落とし穴……と、此れが二階以降ならば落ちた所で下の階に逆戻りするだけで済むが、此処が一階で有る以上は下に何が有るのか解った物では無い。
地下室の類が有って其処に落ちるならば御の字で、底一面に棘がびっしり……なんて殺し罠でも不思議は無いのだ。
まぁこの塔の中で死んだ場合には、塔に入る前の状態に巻き戻された上で砂嵐の外へと飛ばされるらしいので、実際に死ぬ事は無いにせよ『死ぬ程痛い』のは間違い無いだろうし、ソレを味わうのは御免被りたい。
「扉を開く前に此方の壁に有る此処をこうして……うん、コレで扉を開けても落とし穴は開かない様に成った筈だ。でも念の為少し離れていてくれ、最悪落ちるのは私だけにする方が良い。罠の解除に失敗した時は此方の責任だからね」
……勝負に徹するのであれば、態と俺を罠に嵌める事で一方的に有利な状況を作るのも不可能では無い筈なのに、敢えて態々此方を危険から遠ざけようとして居るのは、ストリケッティ氏の誠実な人柄の現れと見るべきだろうか?
いや必ずしもそうとは限らないな、ストリケッティ氏は単独ではあの首無し騎士を倒す事が出来る程の、強力な一手を持って居なかったのだ。
故に奴を突破し上への階段へと辿り着く為に一時休戦とした訳だが、此処から先の階層にアレを上回る防御力を誇る魔物が絶対に居ないとも限らない。
そうなった場合、此処で俺を排除した所で向こうとしては塔の完全攻略に対する決定打を失う事に成るだろう。
対して此方としても今此処に居る様に、ストリケッティ氏の持つ隠し扉や罠の知識に加えて古代文字に関する知見も借りる事が出来ると言うのは、やはり先を見据えれば切り捨てる訳には行かない大きな要素と言える。
最終的には決着を付ける必要は有るのだろうが少なくともソレは今では無いと、お互いに理解して居るからこそ信用する事が出来るのだと言えるだろう。
「……ふぅ。自分の手で罠を解除して大丈夫だと確信して居ても、実際に潰せたかどうかは試して見ないと判らない、コレだから遺跡の探索は楽しいんだ」
扉を開くなりキラキラと擬音が目に見えそうな笑顔を振り撒くストリケッティ氏、気の所為だとは思うがその背後には美しい薔薇が無数に咲き誇っている様にすら見える。
「もしかしてストリケッティ氏は家の柵が無ければ冒険者をやりたかったんですか?」
幾ら適正が有ったとは言っても貴族の子弟が盗賊やその系統の職業に就くと言うのは、少し所では無く外聞が悪いと言えるだろう。
にも関わらずそっち系の技能を習得して居ると言う事は、相応の覚悟を持ってその道を歩もうとして居たのでは無かろうか?
「冒険者の中でも『遺跡荒し』と呼ばれる仕事をしたかったんですよね。まぁ私は何方かと言うと考古学者依りの嗜好なので宝泥棒をして一獲千金を狙いたかったと言う訳では無いですがね」
冒険者組合に所属する冒険者には大きく分けて三種類の仕事が有る、魔物の討伐する『狩り』護衛や事件の解決なんかの依頼を熟す『仕事』そして未踏破の遺跡に潜り宝を探す『遺跡荒し』だ。
時には『村に現れた魔物を討伐してくれ』と言う様な依頼や『とある遺跡から特定の宝を手に入れてくれ』と言う様な依頼で、仕事と狩りや遺跡荒しが重なる事も有り得るが基本的にその三つに分かれるのだと言う。
ちなみに未踏破地域の探索は区分としては、遺跡と言う訳では無いのに遺跡荒しと言う事に成るらしい。
この世界の全ての場所は古代精霊文明時代に精霊や霊獣達が住んで居た場所で有り、その後世界樹の神々が一度は訪れている場所で、飽く迄も未踏破地域と言うのは人に類する種族から見てと言う事なのだそうだ。
なお火元国には明確な未踏破地域と言う場所は無く、猪山山塊の様な山奥ですら人が住む為に開拓されて居るし、死国と呼ばれる危険地帯でも戦場を整える為に可也の奥地まで人の手が入って居たりする。
逆に言えば其処まで徹底的に開拓し戦いの場を整えなければ、人が住み続けるのが難しい程に鬼や妖怪と言った魔物が頻繁に出現する危険な土地に有るのが火元国なのだと言う事の証左でもある訳だ。
「さて部屋の中には何が有るのかな……って、うわ!? 本当に君の言う通りだったよ。コレ絶対彼奴の頭だよね?」
扉の中は四畳程の広さの小部屋で、そのほぼ真中に据え付けられた祭壇の様な物の上に、アーメットと呼ばれる頭部を完全に包み込む形の板金兜が置かれている。
「中身が入って居るなら間違い無く奴の頭でしょうね。引っ掛けで兜だけが置いて有ると言う可能性も捨てきれませんが……」
言いながら俺は周囲の動きを警戒しつつ、アーメットのバイザー部分を持ち上げて見ると……其処には目に光の無い女性の顔が入って居た。
「うわぁ……こうして見ると本当に不気味だね。でも中身が入って居るのは間違いないし、コレが奴の首なのも多分確定だね」
青い髪に蒼い瞳の整った顔はボーイッシュな雰囲気で、正直に言えば好みの容貌をして居るのだが、死んだ様な目が全てを台無しにして居る。
この世界ではどうかは知らないが、世界に依っては首無しの騎士は不死者に区分される事も有るし、作り物でも有る此奴は恐らく文字通り『死んでいる』のだろう。
兎角、此れを潰せば彼処に居た首無しの騎士は消える筈だ。
そう判断し俺は台座の上に鎮座する生首を兜諸共に斬鉄を込めた居合を叩き込む。
位置としては耳の横辺りから真一文字に切り裂いて、失敗した達磨落としの様に上半分が床に落ち、そのまま台座の上に残っていた下半分も崩れ落ち塵と成って消えて行った。
「おお! 固定もされて無い物を落とさずに綺麗に斬るのは凄いですね」
……固定されてなかったのか、でもまぁ斬れたからヨシっ!
「据物切り程度の事が出来ずに一人前の侍はなのれませんよ」
一寸だけ虚勢を貼りつつそう返事を返すと
「いやいや……此方の大陸に居るサムライが全員がアーメット諸共叩き斬るなんて事は出来やしませんよ。私はバイザーを上げて短剣を目ん玉に突き刺すと言う方法で倒そうと思ったんですがね」
割とエゲツない方法を口する。
まぁストリケッティ氏の得物で此れを潰すとなるとソレしか方法無いよな。
……個人的には割と好みの顔が見える状態では、モノを突き立てる様を見なくて済んだのは良い判断だったと言えるだろう。
「ん? 此れは……塔の攻略に関係する物か?」
生首を切り捨てた後の台座の上に、深い蒼が美しい宝石……恐らくは蒼玉らしき物が鎮座していた。
「単純に階層攻略報酬としてのお宝かもしれないよ? 他の稼働中の遺跡でも此処と同じ様な作り物の魔物が出る事が有るけれど、そうした場所では階層の首領を倒すとお宝を落とす事が有るんだよね」
成る程、実際に他にそう言う所が有るのか。
「パッと見る限り……多分持っていく所に持っていけば|金貨三百枚位には成るんじゃぁ無いかな?」
金貨三百枚は火元国の一両と大体同じ位の価値で有り、前世の世界の日本なら凡そ十万円位と言う事に成る。
「透明度は高いし大きさもそこそこ傷や混ざり物も無い感じだから、カットの拙さを含めてソレ位の価格に落ち着くんじゃないかな?」
古代遺跡から見つかる宝物は基本的に考古学的価値を含めて高値が付く事が多いのだが、今見つけた様な石だけの宝石はそうした付加価値が付かない為に買い叩かれる事が多いのだと言う。
そうした背景が有る上で金貨三百枚と言う評価額は割と高い物と言えるらしい。
「まぁ君の言う通り、上の方で何かの鍵として使う様な物と言う可能性も有るから……取り敢えず私が持って行くって事で良いかな?」
そう言うストリケッティ氏に俺は無言で首肯を返すと、台座に罠が無いかを丹念に調べてから、やっとその石を手に取ったのだった。




