千五十五 志七郎、武具談義をし罠を警戒する事
「さて……氣功使いと言うのは聞きしに勝る能力の使い手らしいな。私の短剣も量産品の板金鎧ならば貫く事が出来る逸品だと言うのに、奴には凹み一つ付けられなかった。にも関わらずソレを両断するとは」
そう言いながらストリケッティ氏が抜いて見せた短剣は、アダマントと言う金剛石以上の硬度を持ち、ソレで作った刃物は鋼をも簡単に断ち切る事が出来ると言う金属を主原料にして更に魔物の素材を練り込んだ逸品なのだと言う。
短剣と言う武器種の性質上どうしても重量に依る打撃力には欠けるが、投擲武器として使えばその貫通力は馬鹿に出来る様な物では無い。
塔に入ったばかりの時に見た立ち回りから察するに、先ず投擲で先の先を取って相手に被害を与えつつ、一気に接敵してから急所をブスリ……と言うのがストリケッティ氏の戦い方なのだろう。
ソレは対人戦に限って言うのであれば可也強い戦術と言える、人間の身体なんてのは何処を斬っても血が出るし、浅い傷でも体力や集中力を奪うには十分な効果が有る。
そうして鈍った相手の首や脇の下に太腿の様な太い動脈が走って居る場所を斬れば、即死させる事は出来ずとも早急に適切な治療を受ける事が出来なければ出血性休克で命を落とす事に成るだろう。
更に言えばストリケッティ氏の身の熟しから察するに十分な鎧を纏っていない相手ならば、鎧や肋骨を貫通して心臓へと短剣を突き立てるのも不可能では無い様に思える。
……正直『騎士様』の戦い方では無い様にも思えるが、火元国の侍達だって必ずしも全員が弓槍刀と言った表道具を用いて鬼切りに出る者ばかりではない。
中には小太刀二刀流や鍬術なんかの使い手だって居るのだから、短剣=盗賊の得物と言うのは少々固定観念が過ぎると言う物だろう。
「俺の得物も鈍らと言う訳では無いですし、其処に十分な氣を込めれば止めれるのは真の銀を編んだ鎖帷子よりも上等な防具じゃなければ無理でしょう。斬った感じ奴の鎧は其処までの物では無かったですよ」
逆に言えば氣を乗せた俺の一撃は『魔法金属でも持って来なけりゃ止められない』と言っている様な物なのだが概ね事実なのだから仕方無い。
まぁ相手が火元国の武士ならば互いの得物や防具に氣を込める事で、相手が攻撃に使った氣を相殺するから必ずしも、言った通りの結果に成るとは限らないのだが……相手が氣も纏えぬ只人ならば余程の達人でも無ければ遅れを取る事は無いだろう。
「……つくづく火元国と言うのは噂に聞いていた以上の魔境な様だね、名のある冒険者が彼の地を目指し、そのまま返らぬ人と成るなんて話が良く出る訳だ」
西方大陸の冒険者達にとって火元国は世界の反対側に有る魔境で有り、冒険者として最後の一花を咲かせに行く大舞台と言う価値観が割と有るのだと言う。
火元国に出現する鬼や妖怪の様な魔物は外つ国よりも極端に強いと言う訳では無いが、出現頻度が尋常では無いのと素材の取引価格や討伐報酬の多さが外つ国の冒険者には魅力的に映るらしい。
「まぁ……火元国も場所によりけりピンキリ有りますけどね、俺の故郷は特に危険な場所らしいので、その分子供でも強く無けりゃ生きて行けないんですよ」
俺に取って国許に当たる猪山藩は故郷と言うのとは一寸違う様な気もするが、参勤交代やら何やらを説明するのが面倒なので敢えてそう表現する。
実際には西国の方へと行けば猪山山塊よりも危険な場所が幾らでも有るらしいし、そう言う所の戦場で一旗上げる事が出来れば、冒険者を引退して一生遊んで暮らすのは無理でも別の安全な仕事に鞍替えする資金は十分に手に入るだろう。
……まぁソレだけ危険度が高い戦場ならば、並程度の冒険者では命を散らすのがオチで、一旗上げる事が出来るのは本の一握りと言う訳である。
「さて……互いの得物の話は此の位にして、あの首無し騎士の頭が何処に有るのか探さないと行けないね。取り敢えず私が見て回った範囲ではソレらしい物は見かけなかったが、そっちは何か気になる物を見つけたりはしてないかい?」
俺も隅々まで細かく探索して来た訳では無いが、此方もソレらしい物を見た覚えは無い。
けれども気になる物と言えば一つ、謎の象形文字が壁に書かれて居た場所が有った筈だ。
「……ソレは多分、異世界文字って奴じゃないかな? 博物館でソレらしい物を見た事が有るよ。案内してくれるかい? 物に依っては読めるかもしれないし、もしかしたらソレは重要な情報を記した物かもしれない」
あの文字に関して話した所、ストリケッティ氏が少し興奮したような感じで食い付いて来た。
言われた通り文字を見かけた場所へとストリケッティ氏を案内すると、
「間違い無い、此れは博物館に所蔵されている石板と同じ文字だ、此れなら読めるぞ!」
そう言って低い位置に僅かに光る文字を四つん這いに成って解読に掛かる。
……気の所為だろうか? ストリケッティ氏の臀部が妙に艶めかしく見えるのは。
うん、男の尻を見て興奮する趣味は無いし気の所為だよな。
「えーと、此れは確か……『上を見ろ』かな?」
言われた通り上を見上げて見ると、同じ様な文字が薄っすらと光を放っている。
此れはもしかして……『馬鹿が見る豚の尻』とか言う古典的な悪戯だろうか?
「次は『下を見ろ』だね」
下を見ると此処にも文字、やはり此れは攻略に必要な情報とかそう言うのではなく、只の悪戯書き……
「うん此方は『後ろの壁を調べろ』か」
言われるがままに振り返ると、其処に文字らしき物は無い。
あの悪戯なら普通は此処に罵詈雑言を記して居る物だが……ん? 石を煉瓦の様に組み上げた壁の中で一つだけ微妙に色が違う奴が有るな。
「ああ、成る程コレだね。多分此れを押し込むと……」
ストリケッティ氏は特に警戒する様な素振りも無く、その色違いの石をぐっと奥へと押し込む。
すると塔全体を揺るがす様な地響きを立てて、最初の文字が有った壁が割れて新たな通路が顔を出す。
……どうやら悪戯の類では無く本気で此の塔を攻略する為に必要な情報が書かれて居たらしい。
とは言え最初の時点で『後ろの壁を調べろ』と書けば済む話では有るので、此れを書いた者は悪戯好きか余程の臍曲りかのどっちかだろう。
この隠し通路の奥に首無し騎士の頭が有るかどうかは解らないが、ソレでも此の塔の中にこうした隠し通路が存在すると言う事実が解っただけでも大きな成果と言える。
「俺が前に立ちますので、この先を調べて見ましょうか」
投げ短剣が主武器のストリケッティ氏と共闘するならば、接敵前提の刀を主武器とする俺が前に立ち、援護に努めて貰うのが効率的だろう、そう判断しての提案だったのだが……。
「いや、私が先に行こう。此れでも私は斥候としての訓練を積んで居るからな。こうした迷宮に罠は付き物だ。ソレを見抜く技能が有る私が前に立つのが正解の筈だ」
成る程ストリケッティ氏は冒険者としての職業で言うならば、騎士では無く斥候なのか……。
ちなみに斥候は盗賊の上位職業で隠密行動や罠に関する技能に加えて、ある程度の戦闘能力を得た者だけが認定される職業である。
「罠と言うのは一つを回避して安心した所に追加で仕掛ける事で、引っ掛け易く成る物なんだ。此処の様な隠し通路なんかも見つけて喜び勇んで踏み込んだ所に……って可能性は割と大きいと思うよ。うん、やっぱり有るね。足元気を付けて私が踏んだ所を通るんだ」
そう言われて氣を目に集中して足元を見ると、微妙に色が違う石が飛び石状に続いて居るのが分かる。
恐らくは其処だけが踏んで良い場所と言う事なのだろう。
その想像は間違って居なかった様で、ストリケッティ氏は僅かにすり減って色が変わっている石だけを踏んで進んでいく。
俺はその後に続いて隠し通路の奥へと向かうのだった。




