千五十四 志七郎、不死身を相手取り婚活を考える事
迷宮を進んでいくと激しく鋼と刃金が打つかり合う音が通路の奥から響いて来るのに気が付いた。
氣で聴覚や視力を強化して居る為に気が付く事が出来たが未だ少し距離が有る。
しかし今夜この塔に入っているのは後から誰かが入って来たならば解らないが、入り口が開いた時点で入ったのは俺とストリケッティ氏の二人だけの筈だ。
と言う事はこの先で戦っているのは恐らくストリケッティ氏なのだろう。
勝負の取り決め的には助太刀する必要は無く、寧ろ彼が魔物に敗北して塔から追い出される事に成った方が有利に成るのだが……
初対面の相手だしこの塔の中では死なないと言う話では有るが、ソレが絶対の事実だという根拠も無く見捨てるのは少々心が痛む。
そんな訳で俺は氣を足の裏から放つ事で一気に加速すると、通路の壁や天井を蹴って素早く先へと進む、途中で女怪を二、三体踏んだ気もするがまぁ問題無いだろう。
サクッと奥へと進んだ所ではストリケッティ氏が、首から下を板金鎧に身を包んだ首無し騎士と思しき魔物と戦って居た。
首から上が無いので美少女かどうかは不明だが、その胸部装甲の厚さを見る限り良い身体なのは間違い無い。
「ええい神聖なる糞! 短剣では刃が立たん! くっ! 流石に投擲で鎧の隙間を狙うのは難し過ぎる!」
先程から響い来て居たのはストリケッティ氏が放つ短剣が首無し騎士の鎧に弾かれて居た音らしい。
両手持ちの大剣を大きく振り回す首無しの騎士の間合いの外へと大きく距離を取りつつ、短剣を投げているがその分厚い胸部装甲を抜く事は出来て居ない様だ。
いや胸部に限らず腕や足に肩と言った部位に向かっても投げているが、其れ等は全て狙い誤る事無く当たっては居るがストリケッティ氏の持つ短剣は板金鎧相手には威力が足りていないらしい。
しかし首無しの騎士はどうやら首が無い事で、相手が何処に居るのかを視覚で把握出来ている訳では無い様で、大剣をやたらめったらに振り回しているだけの様で、その攻撃がストリケッティ氏に届く事は無さそうだ。
しかもある程度離れると元の位置へと戻る様子を見せており、恐らくは何かを守る為にその場に留まる様に成っているのだろう。
コレは完全に千日手に陥って居ると見て間違いなさそうだな……そう判断した俺は氣の配分を変更し間合いの外から一気にその懐へと飛び込むと、刀に込める事が出来る最大限の力を込めて胴を薙ぐ。
斬鉄と呼ばれる氣の運用は魔物の素材を加えて居ない玉鋼で打った刀でも、分厚い鉄の兜を断ち切る事が出来ると言うのがその名の由来である、故に斬鉄を込めた刀ならば同質の素材で作られた防具ならば切り裂く事が可能と成るのだ。
首無し騎士の鎧がどんな品質の品かは解らないが、今の俺の刀に斬鉄を込めて切れないのは、余程強力な魔物の素材を使った物か、もしくは真の銀の様な神秘の篭った金属で作られた物位だろう。
実際、俺の一撃は首無し騎士の鎧に包まれた胴体を丸で豆腐でも切る様な手応えであっさりと断ち切った。
「凄い! コレが氣功使いの力!?」
するとストリケッティ氏は自分が手を拱いて居た相手を横から出てきた俺があっさりと叩き切った事に驚きと嫉妬の混ざった様な声を上げる。
だがしかしである切り裂かれて激しい音を立てて達磨落としの様に落ちた上半身が、ふわりと音も無く浮き上がると丸で『逆行』の魔法でも発動した彼の様に元の状態へと戻っていく。
っ!? 完全に身体がくっつくよりも速く大剣を振ってきた!
慌てて氣を込めた刀を立ててその一撃を受け止めつつ、身体を浮かせる事で威力を受け流し後方へと吹っ飛ぶ。
「馬鹿な! 彼処まで綺麗に斬られたのに無被害だと!?」
……うん、俺が言いたい事をストリケッティ氏が代弁してくれた。
けれども此方としては然程驚くべき事でも無い、前世に読んだ事の有る幻想世界を題材としたネット小説の中で、首無し騎士は不死の魔物の類として設定されていたりする事も有ったからである。
この世界にも不死の魔物に分類される魔物は存在するし、その多くは氣を込めた一撃を叩き込む事で単純な物理攻撃で倒せない物でも、奴等が持つ偽りの命を断ち切る事が出来る筈だ。
しかし斬鉄を込めた一撃でも倒せないと言う事は氣に依る攻撃だけでは倒せない、何か特別な倒し方が有る類の魔物だと想像出来る。
「ストリケッティ氏! 此奴は此処では倒せない、恐らくは頭を見つけて潰さなければ駄目な奴だ!」
前世に見た物語で描かれていた首無し騎士と言う奴は、脇に自分の首を抱えた姿で描写される事が多かったし、首が無いが故に視界の位置が違うと言うのが特徴だった筈だ。
対して此処に居る者は見える範囲の何処にも首が無く、相手も俺達の姿を目視で確認出来ている様子が無く、盲滅法に大剣を振るって居る様な感じである。
と言うことは恐らく何らかの手段で、奴は近づく者の存在を感知する事だけが出来る状態で、首が何処か違う場所に安置されて居るとかそう言う奴では無いだろうか?
魔物の中には特定の核と成る部分を潰さねば倒せない物も居ると、お花さんの授業で習った覚えが有る。
推測でしか無いが多分この首無し騎士の核と成る部分は頭でソレを潰さねば倒せないとかそう言う奴なのでは無かろうか?
そんな先に進む為の思考とは別に、此の塔に関するもう一つの考察が脳裏を過る。
古代精霊文明時代、世界樹が未だ稼働するよりも前、ソレは世界樹の神々が出揃う前の時代と言う事だが、その頃から既に異世界からこの世界に対する侵略は始まっていたのでは無かろうか?
世界樹の神々が人に類する種族を産み出すより以前のこの世界には、精霊や霊獣達が起こした文明が有ったと言うのは、彼等が未だ幼い神々や世界樹をそうした侵略者達から護る存在で、此処は彼等が異世界の『鬼』と戦う為の訓練施設だった様に思える。
この世界に出現する魔物と言うのは火元国で使われる『鬼と妖怪』と言う分類法の他に『異世界からやって来る尖兵』と『この世界に土着化した魔物』と言う区分でも分類される事が有るのだ。
この区分は余り使われる事が無い物らしいが、人類が女鬼と交わり子を成す事が出来る様に、異世界の魔物が人類の女性を苗床にして繁殖すると言う例は太古の時代から決して少ない物では無かったと言う。
前世に読んだネット小説なんかでも小鬼や豚鬼が、人類の女性を攫って十八禁指定じゃなければ書けない様な酷い事をする……と言うネタは割と有り触れていたが、実際にそうしてこの世界で子孫を産み土着化した魔物と言うのも一定数は居るらしい。
恐らくは古代精霊文明時代には、そうした土着化した魔物と言う物は未だ居らず、精霊や霊獣達が戦う相手の殆が他所の世界からの尖兵だったのではないだろうか?
とは言えソレだけでは此処に出現する魔物が全て『人間と見紛う様な少女型』の作り物で有る事に説明は付かない。
異世界の尖兵は豚鬼の下位存在である豚足の様に、必ずしも人形をして居るとは限らないのだ。
それに婚活の為に世界を渡る女鬼や女怪は、部下を率いてこの世界へと攻め寄せる大鬼や大妖と呼ばれる存在よりも稀有で、信三郎兄上が複数の妾を抱え込む事に成ったのはその年が『当たり年』だったからだと言われている。
普通に考えて異世界を制圧する為に自分の世界で子供を増やす事が出来る女性を、積極的に戦地へと送るだろうか?
古来より戦場が男達の場所とされるのは、何も女性が弱いから……と言うだけの事では無い。
男性が多くて女性が少ない状態では子孫繁栄を目指すのは難しいが、極端な話男性が一人でも女性が沢山居るならば近親婚に目を瞑れば数を増やす事は可能なのだ。
故に男は多少減っても良い前提で戦争が有れば駆り出されると言うのが、古今東西世の常である。
そう考えると女鬼や女怪が此方の世界に婚活しに来る案件が稀な理由も良く分かる……基本的に他所の世界の神様だって世界樹は欲しいにせよ、自分の世界の戦力を無駄に削りたいと言う訳では無い筈だ。
それでも尚、婚活魔物がこの世界に来るのは『強すぎる』等の理由で元の世界に釣り合う相手が居ないからこそ『自分を打ち倒せる相手に嫁ぐ』と言う縛りに則って界を渡るのだろう。
「……アレで倒せないならば仕方ない、此処は一旦休戦して先ずは奴の首を探しに行くとしよう」
……と、そんな考え事をして居る間にも、俺は首無し騎士の行動圏内から脱出し、この階層の何処かに有るだろう奴の首を探しに、ストリケッティ氏と連れ立ってその場を離れるのだった。




