千五十三 志七郎、女怪を斬り考古学に思いを馳せる事
ストリケッティ氏と別れ暫し探索を進めると、短い間に何度か魔物と遭遇した。
今の所出会ったのは三種類の魔物で、ストリケッティ氏と共に出会った全裸と思しき少女が包帯で隠すべき所だけ隠したとい言う様な姿の仮称:木乃伊女が今の所で四体倒している。
次に出会ったのが甲殻類の殻らしき物で上半身と下半身のほんの一部分、具体的には胸と股座辺りだけを覆った扇情的な少女に蠍を思わせる巨大な尻尾を付けた様な姿の魔物でだった。
仮称:蠍女はどうやら同じ様な姿でも二種類が居る様で、その姿通りに尻尾を突き刺そうとしてくる近接型と、火の矢を放つ遠距離型だ。
そして最後に遭遇したのは両腕が蝙蝠の羽根の様な形で両足にも鋭い爪を持ち、壁や天井を利用して素早く動き回る事が出来る仮称:蝙蝠女である。
恐らくは未だ塔の一階だからだろうが、三種類……蠍女を二種と数えるならば四種類の魔物はどれも今の俺に取っては敵に成る程の相手では無く、遭遇するなり十秒以内で片付く相手だった。
一階の段階では魔物達は互いに連携を取る様な事は無く、常に一対一の戦いが出来るので見敵必殺の精神で行動する限り、俺自身が危険を感じる様な状況に至る事は無いだろう。
ただ一寸厄介だったのは魔法使い型の蠍女が引き撃ちを仕掛けて来た場合で、俺が氣功使いで瞬歩と意識加速を使え無ければ、迷宮の行き止まりを利用して追い詰める様な事をしなければ倒す事は難しかったかもしれない。
どの魔物にも共通する事として、どうやら此処の魔物は皆実体を持った『生き物としての魔物』では無く、この塔に掛けられた古代魔法とでも言うべき物で産み出された人形の様な物らしく、倒しても素材と成りそうな物が残る事は無かった。
それにしても……この塔を建てた者は一体どういう意図で出現する魔物を創造したのだろう?
今の所出会った魔物はどれも皆、人間の少女を模したとしか思えない者ばかりで、しかも一様に目のやり場に困る様な装いをして居るのだ。
此処が女怪と呼ばれる『美しい女性の姿を装って人に類する種族を食らう』魔物と戦うのに慣れる為の訓練施設だと言われたならば、ソレを丸っと信用したく成る位にはどの魔物も愛らしい容貌をして居るのが全く腹立たしい。
とは言え同種族の魔物だと全く同じ顔にしか見えない程度には差異に欠けるので、此処で訓練したからどんな女怪にも誘惑される事が無く成るとまでは言えないとは思うが……。
……そうして此処までの戦いを思い出しながら探索を進めている間にふと思ったのだが、この塔が作られたであろう古代精霊文明時代には未だ、人に類する種族は神々の手で産み出されて居なかったのではなかっただろうか?
個人の信仰心とは別にして神話の類を丸っと頭から信用するのは馬鹿のやる事だとは思うが、この世界は神と呼ばれる存在が実在しており実際に彼等が世界樹の能力を使って世界を運営しているのは事実である。
そして最古の神々で有る八大神は今でも世界樹の神々の頂点に君臨しており、その子や孫に当たる生粋の神族とでも言うべき者達は、古代精霊文明時代には既に存在して居たと書神メティエナの図書館に記録が残っていると言う。
つまり人に類する種族……即ち人間、妖精族、獣人族、魔族の四大種族は、八大神に依って創造された者であると言うのはこの世界に置いては紛れもない事実だと記録として残って居る訳だ。
ただ書神メティエナは純粋な神族では無く、人間と神の間に産まれた半神とでも言うべき存在な為、彼女が産まれるよりも前の事に関しては記録が残って居らず、ソレを知る為の学問がこの世界の考古学と言う事に成る。
そうした考古学的調査でも古代精霊文明時代初期には人類は未だ居らず、霊獣の様な知恵有る獣が文明を起こして居たのだと言うのが通説に成っているらしい。
と其処まで思い至ると此処の魔物は何故、人類に近い姿をした少女型で創造されたのか? と言う疑問が首を擡げて来る。
もしかしたら古代精霊文明時代に後の魔神ガーゼットが『古の盟約』を結ぶ前には、人類と霊獣達の間で何らかの争いが有ったのかもしれない。
そう考えると此処は若い霊獣達が人間と戦う訓練をする為に施設だったとか、逆に人類側が少女を模した姿に化ける事を覚えた魔物を躊躇無く殺せる様にする為の施設だったとか、色々と想像する事が出来る。
うん、多分こう言う考察をしていくのが考古学と言う学問の面白さなのだろう。
「お? 文字……かコレ? いや、何処かで見た覚えが……」
そんな事を考えつつも四方に視線を飛ばし、罠や奇襲を受ける可能性はしっかり警戒しつつ足を進めて居ると、視界の端に薄っすらと光を放つ奇妙な文様の様な物が引っ掛かった。
近付いて良く見てみると其処には象形文字か何かの様な奇妙な模様が通路の壁に書かれている。
しかもソレは何処かで……今生の記憶では無い、先ず間違い無く前世に見た事が有る物の筈だ。
今生の記憶ならば脳に氣を回す事で無理やり思い出す事も不可能では無いのだが、前世の記憶と言う物は魂に刻まれている物らしく、氣の源泉である魂を氣で強化する事は出来ない以上、ソレを早急に思い出す手段は残念ながら無い。
故に少しだけ其処で足を止め前世の生活に思いを馳せる……
「そうだ! コレは未確認生命体の合同捜査本部に出向した時に見た奴だ!」
俺が捜査四課に配属されて少しした頃に都内で発生した未確認生命体……恐らくは向こうの世界に出現した魔物の類に依る物と思われる連続殺人事件が有り、その事件を捜査する為に全国から選りすぐりの捜査官が一同に介した事が有った。
その事件の最中、未確認生命体達が現場に残していた遺留物に書かれていた謎の文字らしき物を、城南大学考古学研究室に依頼し解読しようと試みた事が有ったのだが、恐らくはソレと同じ文字なのだと思う。
解読自体は概ね完了しており、ソレが事件解決の糸口の一つと成ったとは聞いて居るが、残念ながらソレを丸っと覚えていたりはしない為、此処に何と書かれているかを理解する事は出来ない。
しかしあの事件と古代精霊文明に何らかの繋がりが有る可能性が出てきたか?
いやでもこの文字は壁に掘られた様な物では無く、何方かと言えば後から何かで書いた様にも見えるし、もしかしたら俺達の様に塔へと挑んだ者が書いた物なのかもしれない。
ソレが何かを思い出す事が出来たとは言え、読めないならば探索の手助けと成る物では無いので、見なかった事にする……と言うのとは一寸違うが無視する以外に手立ては無いな。
さて……手掛かりに成らないならばコレに何時までも気を取られている訳には行かない、幾らこの中で長く時間を使っても外の時間は然程進まないとは言え、今回の勝負は何方が先に塔を攻略するかと言う物なのだ。
俺が時間を無駄にしている間にストリケッティ氏が、上の階へと上がる階段を見つけているかもしれないし、ぼうっと突っ立ってる間に近付いて来た魔物が襲いかかってくると言う可能性も有る。
俺個人では四煌戌程優れた索敵能力を発揮する事は出来ないが、氣で強化する配分を変えれば少なくとも、この階で今まで遭遇した程度の魔物相手に不意を突かれる事は無い……油断さえしなければ。
……なんて事を考えている内にも天井にぶら下がった蝙蝠女を見つけ、腕に付いた飛膜を使って滑空し襲いかかって来たのを、居合の要領で抜きざまに切り捨てる。
急所を狙った一撃と言う訳でも無いのに、あっさりとその姿が崩れ去る辺り、やはりこの階の魔物は俺に取って雑魚としか言い様の無い程度の存在だ。
人類に近い少女の姿をした存在を斬る事に葛藤を全く感じない訳では無いが、敵対する者であれば人間だって斬った事は有るのだから、魔物だと割り切ればどうと言う事も無い。
そうして俺は上の階へと繋がる階段を探して、迷宮を彷徨い続けるのだった。




