千四十六 志七郎、勝負を楽しみ奇跡を目にする事
乾いた音を立てて回転盤が廻り、その上を球が音を立てて跳ね回る。
そうして入った升は三十六の赤、俺が賭けて居たのは三十一から三十六の六升に纏めて賭けるラインと呼ばれる賭け方で、この場合の当たり配当は六倍だ。
なんとなーく此処までの数回、一から十六までの『ロー』と呼ばれる範囲に当たりが偏って居たので、そろそろ後ろの方が来ると踏んで其処に賭けたのが見事に大当たりした訳である。
まぁ此処まで勝ったり負けたりを繰り返して居るので、今の当たりでトントンから少し良い位に駒が増えたと言う感じだ。
この見世で行われているのはカジノと言えばで先ず最初に挙がるだろう『ルーレット』、トランプ賭博の代表格『ポーカー』と『ブラックジャック』に『バカラ』、それから巨大なビンゴマシーンを使って行われる『キノ』等が有る。
残念ながら向こうの世界でカジノゲームの代表格を張っている『スロットマシーン』は少なくともこの見世には影も形も無かった。
そんな中で俺がルーレットを遊んでいる理由は、他のゲームに比べて一番ルールをしっかりと把握して居るからである。
いやポーカーやブラックジャックだって知らない訳じゃぁ無い、向こうの世界の友人が冊子型個人用電算機に入れてくれた電子遊戯の中にはブラックジャックで幼女を脱がす……なんて物も入って居たし、基本的なルールは完璧だ。
ただルールを知っているのと勝てるのとでは話は別だし、ポーカーに至っては手札五枚で勝負する奴では無く、手札二枚と場に五枚と言う俺の知らない形のルールなので一寸敬遠したと言うのも有る。
ブラックジャックは必勝法の様な物が有るとは聞いた事は有るのだが、ソレを知らないので個人的に一番馴染みの有るゲームを選んだと言う訳だ。
ルーレットはディーラーとタイマン勝負するとか言う訳の解らない状況じゃぁ無ければ、ある程度勝ち負けの調整が付きやすいゲームだからなぁ(なお一点賭けを除く)。
と言うか他の連中がルール把握もそこそこに、各自色んなゲームの卓に着いて居るのは、勇敢だと褒めるべきなのかそれとも無謀無策の類と頭を痛めるべきなのか……。
まぁ今日は引率に幕府公認賭場の責任者である猪山藩猪河家の両親が着いて来ているんだし、その辺の事を考えて教えるのはお花さんを含めた三人に任せりゃ良いのだろう。
さて……コレで赤が四連続で来てるから、次辺りは黒の升に球が入りそうな気がするな。
と成ると賭けるのは赤黒二択の二倍勝負か、それとも八、十、十一、十三と二十六、二十八、二九、三十一の黒が偏る様な配置に成っている場所を利用したコーナーと呼ばれる四点掛けで九倍を狙うか……か?
ちなみに赤黒は確率的と倍率的に二分の一で当たると勘違いされ易いが、零と零々と言う直撃以外はディーラー総取りの升が有る為、実際の確率は四割七分五厘だったりする。
他にも奇数偶数や大小を当てる升なんかも有るが、この辺も二倍に対して四割七分五厘の勝率なので、基本的にルーレットと言うゲーム自体がディーラー有利に出来ていると言えるだろう。
と、少し悩んでいる間にも回転盤が回され球が投入される、この後もディーラーが締め切りを告げる鈴を鳴らすまで、ほんの少しだけ賭ける猶予は有る。
うん、決めた今回は見に回ろう、勘働きの悪い状況で分の悪い賭けに出るのは趣味じゃ無い。
そんな感じで次の勝負を見送った時だった、
「「「おおぉぉ!」」」
少し離れた卓から観客達の湧く声が聞こえて来た。
丁度勝負をしていない所だったので、俺は卓の端に積み上げていた自分の駒を一端回収して、その声がした方を見に行く事にする。
「俺ロイヤルストーレートフラッシュを現実に見るのなんて初めてだぞ」
「ああ、出来てたとしても大概は勝負に至る前に他の奴が降りるだろ」
「あんだけ強い役が出来てるのに強気に賭けてして行かないのは中々の策士だな」
「逆にさっきはノーハンドでガンガン賭けて下ろしてたし、どんだけ肝が座ってんだよあの小僧」
と、小声で囁きあう観客達の視線の先に居たのは、俺と義兄弟の契を交わした武光だった。
「引いて駄目なら押してみよ、この辺の駆け引きがこのゲームの肝なのだな。うん、中々に面白いでは無いか」
後からお花さんの屋敷に置いて来た冊子型個人用電算機に入っている巨大百科事典に依るとロイヤルストレートフラッシュが完成する確率は一忽五微と言う数字で、麻雀で親が配牌時点で上がっている天和の三忽よりも更に低い確率らしい。
麻雀は前世でも嗜む程度にやって来たが、三十五年の人生を通して役満を上がったのは大三元を一度と国士無双十三面待ちをそれぞれ一度ずつ上がった事が有るだけだ。
一節に依ると大三元の成立確率が三毛一糸《0.031%》で、国士無双は三毛程度だと言う話なので、武光の奴は一体どれ程の強運を持っていると言うのだろうか?
しかもこの勝負の前には役無し……所謂ブタの状態で、賭け金を強気に引き上げるハッタリを駆使して、他の者達を全員下ろす事で其処までに賭けられた駒を総取りすると言う事にも成功して居るらしい。
……まぁ幕府の中で悪さをして居る悪党を成敗するなんて言う無理無茶無謀を繰り返して来た奴だ、生半可な肝の座り方じゃぁ無いのは当然だが、その上で天和を上がるよりも低確率なロイヤルストレートフラッシュをキメたのだから運の方も尋常じゃぁ無い。
ちなみに麻雀で上がると死ぬと言う伝説が有る九蓮宝燈の確率は四忽五微なので、天和に比べりゃ多少確率は高い物のやっぱりそう簡単に見る事が出来る様な物では無い訳だ。
なお前世の俺は死ぬ前に九蓮宝燈を上がった事は無いので、九蓮宝燈を上がらずとも人は死ぬ時は死ぬと言えるだろう。
問題は此処で武光の奴が無駄に運を使い切って危険な目に会う様な事が無いかと言う心配だが……
「しかしこのポーカーと言うゲームはどんな強い役で上がった所で儲けが増えると言う訳では無いのが辛い所だな。先程の役無しの時の方が余程儲かったぞ」
そんな事を言いながら呑気に次の勝負に使うカードが配られるのを待っている姿を見れば、まぁ大丈夫なんじゃないかなーとは思える。
なんせ今の勝負で掛かって居た駒の量はぼやき節が出るだけ有って、武光を含めた競技者達の前に積み上げられた駒の量からすれば微々たる物と言える範疇だったのだ。
九蓮宝燈を上がった者が死ぬと言う話の謂れの一つに『家が立つ程の祝儀を貰った帰りに強盗に遭った』なんて物が有るらしいが、少なくとも今の一戦で得た賭け金を奪う為に誰かに襲われると言う心配は無さそうである。
うん……此方は此方で良い感じに楽しめているらしいし、俺は一寸他の連中を見て回ってから、今度は別のゲームに挑戦してみるのも良いかもしれないな。
特に気になるのはこの見世の一番目立つ所に設置された、巨大なビンゴマシーンの様な物を使って行われるキノと言うゲームだ。
コレは一から八十までの数字の中から一個以上二十個以下の数字を選び、機械が吐き出した球に書かれた数字と幾つ一致するかを競うと言う完全に運任せのゲームである。
掛け率は選んだ数字の数に依って変動する様だが、賭け金に関しては何升選んでも一律で金貨一枚から百枚の範囲で好きに賭ける事が出来るらしい。
最大数の二十升に賭けてその内の十六升以上当てる事が出来たならば、十万倍と言う割と頭の悪い倍率で返って来ると言うのだから、コレはゲームと言うよりは富籤の類だろう。
ちなみに二十升に賭けて一枡も一致しなけりゃ逆に五倍が払い戻されるし、二から八升と中途半端に一致した場合が外れ扱いで掛け率零と言う事に成る様だ。
さっきの回転盤で浮いた分の駒だけを賭けるなら丁度良い遊びになりそうだな、と考えながら俺は他の者達が遊んでいる様子を見て回る為に、見世の中を彷徨く事にしたのだった。




