千四十 志七郎、雑魚を捕縛し問題を先送りする事
あー、はい……うん、激戦でしたねぇ。
にしても幾ら氣を纏えるのが当然の火元武士とはいえ、騎乗槍を携えた騎兵の騎乗突撃を真正面から受け止めて、がっぷり四つに組んでからの下手投げなんて荒業を拝めるとは思わなかった。
迷い無く騎乗突撃を仕掛けて来た度胸や、陣形を乱す事無く突っ込んで来た練度から察するに、ワイズマンシティの冒険者組合に居る一般的な水準の冒険者ならば、一当てされた時点で何人かは命を落とし、その後はジリジリと削られ負け確定と言った所だろう。
つまり賊としてはそこそこ優秀と言えるだけの実力を持った者達では有った訳だ。
けれども残念ながら仕掛けた相手が俺達だったと言うのが不運と言うしか無いだろう。
「おら! キリキリ歩け! お前等が襲いかかって来て時間を取られた分、巻いて行かねえと日暮れまでに宿場に着けねぇだろうが!」
全員多少の擦り傷程度は有れど大きな怪我をする者は居らず、賊達も霊薬を使わなければ移動も困難だと言う程の怪我を負った者が居ないこの状況は完勝と言って間違い無い。
「にしても調教済みの手羽先がこんな纏めて手に入るなんて……西方大陸の賊と言うのは羽振りが良いんですねぇ」
賊達が乗っていた騎獣は全員が揃って手羽先と呼ばれる魔物で、火元国でも割とよく見かける食用『鬼』の一種だ。
駄鳥に良く似たソレは豚鬼の下位種である『豚足』同様に歳を経る事で進化する出世鬼等と呼ばれる類の魔物である。
二本足で大地を駆け回る事しか出来ない手羽先から、火を喰らい火を吐く様に成った『火喰鳥』に成り、其処から翼が大きく発達して空を飛べる様に成った『極楽鳥』、更に進化して『迦楼羅鬼』に成ると言う。
信三郎兄上の所に居る柏殿が迦楼羅鬼の女鬼なのだが、猪山藩周辺の土地には何故か手羽先は沢山出現するのにその上位種族は出現しない……恐らくは手羽先から進化する前に猪山の欠食男児達に狩られて食われてしまうからだろう。
柏殿が何故猪山に居たのかは聞いて無いので解らないが、少なくとも迦楼羅鬼達が生きる世界は下位種族の手羽先達を他所の世界へガンガン追い出さなければ成らない程に過密状態と言えるのかもしれない。
若しくは俺が界渡りの際に見た様な末期世界で、世界樹を奪わなければ世界を維持出来ない為に、その尖兵として手羽先達を送り続けている……と言う可能性も有るが、指揮官と成る上位種が殆ど来て居ない事から察するに此方の可能性は著しく低いと思われる。
兎にも角にも手羽先は火元国の区分では鬼に分類される魔物で有る以上、彼等の言語で会話する事の出来る程度の知能を持って居り、相応の矜持も有る為ソレを圧し折って騎獣にする為の調教は中々に困難だと聞いた覚えが有った。
「お前等! この泣く子も笑う『漂流旅団』にこんな事して只で済むと思うなよ! 首取りの兄貴や撃ち抜きの親父が必ず俺達を助けに来るぞ! クルーリッチはくれてやるから俺達は置いて行け!」
脅しの積りなのかそれともハッタリに依る命乞いの類か、縛り上げた賊の一人が自分達が大きな傭兵兼業の盗賊団の一員で有り、ソレを捕らえて縛り首にする様な真似をさせれば必ず上役が報復に来ると言い出した。
ちなみに奴の言ったクルーリッチと言うのは外つ国での手羽先の呼び名で、残酷な駝鳥と言う様な意味合いらしい。
「なんだ……気合の入った賊かと思えば、頭が居なけりゃマトモな判断も出来ねぇ馬鹿だったか。お前等の上に誰が居ようが知らねぇよ、俺達を襲った事を後悔してくたばるんだな」
そんな言葉を鼻で笑って足を止めたその男の尻を手綱を巡らせて手羽先に突かせる。
騎乗技術と言うのは騎獣に依って違いは有る物なのだが、火元武士は合戦の際に敵から騎獣を奪う事を想定し、武士の嗜みとして一般的な騎獣に関してはある程度稽古を積んで置く物だと言う。
手羽先もそうした一般的な騎獣の一つで有り、江戸州内に有る幕府御用の牧場には何頭か手羽先も飼育されているらしい。
幕臣の子弟は自分の騎獣を持っている者は少ないが、何時伝令なんかの御役目を貰っても良い様に、暇を見つけては御用牧場で騎乗術の稽古に励むのだそうだ。
なお四煌戌と言う自前の騎獣を持つ俺は、御用牧場で稽古した事が無いので彼等以外の騎獣に乗れと言われても無理だったりする。
俺は四煌戌に乗せて貰って居るだけで、自分自身の手で騎獣を御する技術なんぞ持ち合わせては居ないのだ。
仁一朗兄上には乗馬位は覚えろと言われてたりもするんだが、四煌戌が居るから問題無い……と後回しにしてたんだよな。
うん、こう言う状況で戦利品として騎獣を手に入れる事も有るならば、火元国に帰ったら騎乗術の特訓を仁一朗兄上に付けて貰う事にしよう。
「まぁ私の馬車に仕掛けた時点で死ぬのは確定なんだけどねぇ。漂流旅団とか言う傭兵団にも聞き覚えは無いし、相応の戦力が有ったとしても私一人でどうとでも成るし気にする必要は無いわよ」
武光も手羽先を一頭受け持って乗り代わったので、馬車の御者台には再びお花さんが座っている。
「雌子供がイキってるんじゃねぇぞ! 俺達の敵は必ず首取りの兄貴が取ってくれるんだからな! そん時には泣きながら小便漏らして後悔しやがれ!」
そんな彼女を見ても喚くのを止めない辺り、奴等の言う兄貴とやらは兎も角、此処に居る雑魚達は情報収集の一つも出来ない馬鹿しか居ないと言う事だろう。
少なくとも俺が此方の大陸に来てから冒険者組合辺りで集めた情報だけでも『赤の魔女』と言う二つ名の価値は国を動かすに足る物で、彼女が市井の者として暮らす事が出来る火元国は外つ国とは隔絶された世界の端に有るド田舎故だと理解出来た。
ましてや彼女の本拠地の直ぐ近くの此処等で活動して居る者が、ソレを知らないと言うのは一寸頭の出来がアレだと言わざるを得ない。
「此奴等みたいな馬鹿が手羽先みたいな調教の難しい騎獣を纏まって運用して居ると言うのは少々腑に落ちない物がありますね。阿呆の言葉を丸っと信用する訳じゃぁ無いですが、上役に出来る者が居ると言うのは事実なのでは?」
戦闘にも使える様に調教された騎獣は一頭だけでも一財産だ、ソレを騎兵隊と呼んで差し支えない数運用出来ると成れば、相応の財産を持っているか調教技術その物を持つ調教師と呼べる者が一団に居る可能性は有る。
だが少なくとも今回取っ捕まえた者達の中に、そんな知恵を持ってそうな者は居ない。
と言う事は此奴等が大きな集団の一分だと言う言葉に真実味が出てくる訳だ。
「そうね……公都に着いたら漂流旅団に首取りの兄貴や撃ち抜きの親父とか言う者達の情報を集めて置いた方が良いかもしれないわね。私だって不意打ちで頭を撃ち抜かれれば流石に生きて居る自信は無いしねぇ」
世界でも上から数えた方が早い位置に居るお花さんでも、不意打ちで即死攻撃を受けたならば流石にどうしようも無い。
武光の父親が即死攻撃を持つ兎鬼に遅れを取ったのは、恐らく不意打ちでの事じゃぁ無く数の暴力に依る物だろうが、何方にせよ即死する様な攻撃に対してはどれだけ用心してもし過ぎと言う事は無いだろう。
人間が行う頭への銃撃は、魔物の持つ『即死攻撃』の様な特殊能力では無いが、食らったら高確率で命を落とすと言う意味では然程の違いは無い。
「何方にせよ、もう一寸急がねば日暮れまでに次の宿場に着く事が出来ぬで御座る。取り敢えず後の事は後から考えるとして……御主等いい加減ちゃっちゃか歩かねば一人二人見せしめに叩き斬るで御座るよ?」
『棚上げ』や『先送り』は後々より大きな面倒を引き起こす事が往々にして有る物だが、危急の状況では其れをしなければ成らない時も有る。
殺気混じりの氣を込めたその言葉に賊達は諦め混じりの溜め息を吐いて、少しだけだが歩く速度を早めたのだった。
明日から週末に掛けて少々用事で家を空ける為、次回更新は18日月曜日深夜以降の予定となります
先月大きなお休みを取ったにも拘らず、また更新が滞る事まことに申し訳ございませんが、ご理解と御容赦の程宜しくお願い致します




