百二 志七郎、新たなる得物を手にする? 事
天気が良い日は狩りへと行き、雲行きが怪しければ書を読み、四煌戌の体調を見ては魔法の練習をする。
そんな日々のローテーションが安定してきた頃、江戸に今年初めての雪が降った。
あの火災に見舞われた地域も概ね再建され、焼け出された人々も概ね元の生活を取戻していたらしく、初雪の中で凍死する様な者は出なかったそうだ。
何故俺がそんな話を知っているのかと言えば、今俺の目の前にあの火災で焼け出された関係者が居り、その話をしてくれたからだ。
「という訳で、やっと見世も元通り商売が出来る様になりました、これも偏に猪山の皆様方のお引き立て有っての事で御座います」
平伏しそう言うのは我が藩の御用商人である『悟能屋』の主悟能屋文右衛門だ。
悟能屋の本店は猪山の国元に有るのだが、江戸の支店は南西部と北西部の境目『白青大路』沿いに有り、件の火災ではものの見事に焼け落ちたらしい。
幸い商品が収められている倉は耐火性の高い素材をふんだんに使っていた為、全ての財産を失った訳では無く立ち直るのに然程苦労は無かったそうだ。
倉に使われている耐火素材の出処が猪山藩の狩りの成果だと言うのだから、家のおかげと言うのも全くの社交辞令では無いのだろう。
「儂等武士の生活は民の営みが有ってこそ成り立つ物、特に儂等大名は領民の生活が第一じゃ。お主ら御用商人が居らねば税を銭に替える事すら出来ぬ、また困り事が有れば何時でも頼るが良い」
他所ではどうかは解らないが、少なくとも我が藩では庶民を搾取する悪徳商人やそれと癒着する因業武士などというのは縁の無い話の様だ。
「して、今日はそのような挨拶の為だけで来たのでは有るまい? わざわざ皆が集まる時間に広間での挨拶を望んだのじゃからな」
「はい、仰せの通りに御座います。この度は幾つか御武家様にお買い上げ頂きたい物が御座いまして、先ずはお付き合いの深い猪山藩の皆様にお目にかけようと思い、猪河様にお縋りした次第で御座います」
その話に拠ると、この度の火災で焼け出された商家は悟能屋だけでは無く、むしろ悟能屋は耐火倉のお陰で被害がかなり小さかった部類なのだそうだ。
そんな中で付き合いの有る商家等から、持ち出すことが出来た財貨の現金化を依頼されたのだと言う。
つまりは質流れ品の処分の様な物らしい。
「ふむ、そういう事ならば多少は力になれるかも知れぬな。よし、皆の者人助けじゃ欲しい物が有れば買ってやるが良い、特に年明け早々に儂と共に国元へ戻る物は女房子供にゃ良い土産になろうて」
「有難うございます、では早速運ばせていただきます」
「此方の鏡は西大陸の物なの、いい仕事してるのー」
「あら、良い盆栽ね。枝ぶりも剪定も見事としか言いようが無いわ」
簪、鏡、盆栽に本、刀やら鎧やらその他様々な物が持ち込まれ並べられていく。
父上が言った通り国元では手に入りづらい物が多いらしく、家臣達が挙って買い求めていた。
家臣達だけでは無く兄姉も自身の財布を握りしめて、商品を見定めている。
「この簪はそれがしの娘に買わせて頂く」
「何を言うか! 儂の嫁にこそよく似合う物だ」
「こちらにも同じ職人の作で、よく似た趣の品が御座います。お代は同じに致しますので、如何でしょうか?」
偶に同じ物を複数人が所望する事も有るのだが、そういう時には似たような物を勧めてその場を上手く収めている。
「ふむ、この書は我が家の書庫には無かったでおじゃるな、この値ならば買うても良さそうでおじゃ」
そんな中で俺も何か目を引く物が無いかと探して見るのだが、武具は俺の身体には明らかに大き過ぎる物ばかりだし、装飾品の類には興味が湧かない、書画の類を見てみるも書庫に無い物は信三郎兄上が総浚いする勢いで買っているようだ。
「……なかなか良い銀時計だな、手入れも丁寧にされている……。これならば千代殿に贈るのも悪く無いか?」
「あら駄目よ仁ちゃん、蓋に刻まれてるのは水仙じゃないの。自分で持つ分には悪く無いけれど、許嫁に贈る物では無いわ」
「……むぅ」
俺と同じく物欲が薄そうだと思っていた仁一郎兄上は、許嫁に贈る物を探している様だが、母上に駄目出しをされている。
「ほう……コレは中々の名刀の様じゃな。箱書には……おおぅ上様の署名が有るでは無いか、コレ出処何処じゃ? 洒落にならんぞ」
「父上、此方の鎧と共に作られた物の様でござる。出処はどうやら富田藩の御用商人の様でござるな」
「……富田縁の物は出来るだけ儂が買おう」
義二郎兄上と父上は武具を優先的に見ている様である、富田藩と言う場所に父上は思い入れが有るらしく、何時もならば絶対に言わない散財を宣言していた。
「この包丁凄く良く切れそうだニャー。でも見たこと無い形ですんごく重そうだニャ。んー、欲しいけどどうしようかニャー」
「龍凰大陸の包丁みたいですニャー。確か前に拉麺屋で鶏ガラを叩き切ってるのを見たことありますニャ」
睦姉上が物欲しそうに見ているのは、彼女の両手でも持ち上げるのが難しそうな中華包丁で、彼女に付いているおミケはそれを街中で見たことが有るらしい。
家族も家臣達も装身具以外の飾り物に興味を示す事は少なく、皆が多かれ少なかれ実用品を購入する者が多い様だ。
「此方の箱を開けてみても良いですか?」
並べられている品々の中、家族も家臣も殆ど興味を向けていない小さな木箱が集まっている一角が有った。
たぶん箱の大きさから察するに茶器の類が入っているのだと思う。
皆が興味を示さないのは、基本的に自分の格に見合った茶碗は代々家に伝わっており、それを壊したりしないかぎりは買う必要が無いからだろう。
「はい、ご自由に見てください」
恐らくは奉公人だろう子供がそう応えたのを聞いて、俺は何も書かれていない一つの木箱を手にした。
「え?」
それは、茶碗が入っているにしてはずしりと重かった、いや重過ぎた。
中に何が入っているのか予想が付かず、ドキドキと胸が高鳴るのを感じながら紐を解く。
「これは!?」
そっと蓋を開けると真っ白な布に包まれた物が入っている、布を開き中身を見た時俺は思わず息を飲んだ。
黒光りする拳銃が入っていたのである。
六連装のリボルバーに分類されるであろうそれは、前世の世界では何度も見たことが有る物と然程変わる事が無いように見えた。
細かな装飾等には流石に違いも有るのだろうが、撃鉄や引き金などの形を見る限り、俺が知る物とほぼ同じ構造だと思う。
「こ、コレはここに有って良い物なのですか? 銃器は幕府の許可が無いと江戸に持ち込めない筈では!?」
銃器と言う俺の言葉に皆が手を止め、一斉に此方を振り返った。
当然だろう、もしもここに有る物が幕府に対して筋目を外した抜荷――密輸品であればそれを買う訳には行かなく成る。
たった一つであってもそう疑われる品が有るならば、それ以外の物も疑わしい物に成ってしまうのだ。
特に江戸市中で銃器を無許可所持、等ということが公になれば、お家取り潰しの可能性すらも有る重罪である。
「そちらの拳銃は特に咎めを受ける様な品では御座いません、箱の中に許可状が入っている筈です!」
慌ててそう叫ぶ文右衛門の言葉を聞き、箱から拳銃とそれを包む布を取り出し、その下に言われた通り一枚の紙が、丁寧に折りたたまれて入っていたのでそれを取り出し広げる。
「この書を持つ者に拳銃一丁の所持を認める、禿河家安……ってコレ何時の物ですか?! 」
色々と突込みどころしか無い端的過ぎる書状を見て俺はそう叫び声をあげた。




