千三十一 志七郎、雑魚を蹴散らし最後の戦いへと挑む事
並み居る雑魚を千切っては投げ千切っては投げ……うん、正直面倒臭く成って一人二人本気で凹ろうかと思ったが、万が一にも『傷害致死』に至ってしまうと不味いので、俺は丁寧に相手を掴んでは川へと放り込んでいった。
勿論、川に投げ込んだ拍子に頭を打ってそのまま溺れ死ぬなんて事が無い様に、背中や腹からきっちり水面に落ちる様に調整してで有る。
腹打ち背打ちで水に飛び込めば無駄に派手な水飛沫が上がるのと、打った場所に平手打ちを喰らった様な被害は入るので、他の者に対する威嚇には成るだろう。
……海沿いの漁村が発展した此の街で生活して居て、泳げないとか抜かす間抜けは流石に居ないと信じては居るが、念の為意識の一分程度は川の方に向けて置いたが、取り敢えず今の所溺れたまま浮かんで来ない者は居ない。
と言うか俺が割と丁寧に相手を必要以上に痛めつけない様に氣を使ってまで気を使っているのに対して、武光の奴は足払いで転倒した相手の顔面に膝を叩き込んだり、うつ伏せに倒れた相手を蹴り上げたりしてるんだが……本当に殺して無いよな?
お連は此方を見習ってか相手のジーパンのベルトを掴んでは川へと向けてぶん投げて居るが、俺が相手の勢いを利用して投げているのに対し彼女は大の大人を片腕で強引に引っ張り投げるなんて真似をして居たりする。
幾ら彼女が戉を主武装にする様な筋力型の体質をして居るとは言え、体格差を無視してそんなマネが出来るのは、流石に相撲の技術が十分に身に付いて来ているからだろう。
お連に人殺しは未だ……いや、武光やお忠も人殺しに慣れる様な事は無いに越した事ぁ無いんだが、命の値段が圧倒的に安い此の世界で武士として生きるならば何時かは通らにゃならん道では有る、がやはり慣れては欲しくは無いな。
ちなみにお忠はその身軽さを活かし敵の間を駆け回る事で、攻撃の位置を調整したり直前で回避する事で上手く同士討ちを誘導していたりする。
そしてこの場に残った唯一の大人であるダイゴウジ氏は、忍術使いらしい戦い方を敢えてして居るのか、簡単に躱せる攻撃を敢えて喰らい『空蝉の術』で木の板をその場に残して相手の後ろを取り首筋に手刀の一撃を入れてあっさりと意識を刈り取って居た。
当身に依る気絶は漫画なんかでは良く見る表現だが、アレは可也の高等技術で角度や叩く強さを多少間違えただけでも命に関わる可能性が有り、単純に意識を奪うだけならば絞めた方が確実である。
なお絞め技で失神させるのは上手い者が無抵抗な者に仕掛けた場合で最速八秒程度で落ちると言う。
一対一勝負で有れば、多少時間が掛かっても確実に相手を無力化出来る絞めの方が便利だが、乱戦の中で少しでも速く相手の戦力を削る事を考えるならば当身の方が良いといえるかもしれない。
同じく漫画なんかでよく見る表現として水月への打撃で相手を失神させる技も当身と表現されるが、技術としては此方の方が難易度が高くソレであっさり失神を取れるのはソレこそ達人級の腕前が必要である。
少なくとも今の俺が同じ事をやろうとした場合、首筋への打撃でも水月への打撃でも氣を全開にして技術を高めて何とか成功するかしないか五分五分と言った所だろう……それ位に気絶目的の当身と言うのは難しい技術なのだ。
にも拘らずソレをあっさりと繰り返して居るダイゴウジ氏は、少なくとも無手の技術で言うならば俺達とは隔絶した領域に有ると言って間違いない。
つか水月への打撃に依る失神がそんな簡単に出来るのであれば、拳闘の試合でももっと狙う者が居ても不思議は無い筈だが、拳闘の世界で水月打ちは飽く迄も『即効性の強い腹打ちの一種』でしか無いと言う話である。
と、そんな事を考えながらも機械的に敵を川へと放り込んで居たら、流石に立っている者の人数が減って来た。
まぁ既に脱落した連中は体格はそれなりに良いが、武を嗜んでいる様子も無い雑魚達でしか無く、川に放り込まれたならば這い出るので精一杯と言った感じの者達だった。
しかし後に残っているのは体格だけならば義二郎兄上にも引けを取らない様な、暴力に恵まれたと言える者達だ。
「ったく、使えない連中だ、そんなだからサラウの兄貴に躾されんだよ。まぁ俺様達カイセン兄弟が此処に居るからには、これ以上好きにさせる様な事は無いがな」
そう言って似たような巨体の者達から一人先頭に進みでた男は、生まれ持った暴に加えて多少なりとも武を嗜んでいるらしく体の軸が安定して居る様に見える。
「カイセン兄弟か……ドン一家の中でも武闘派で尚且つ実の兄弟として多少なりとも名の知られた者達だ。逆に言えば此奴等を何とかすれば此処に居る者達で俺達に敵う者は居ないと言う事でも有る、長男のテッカは俺が相手をしよう」
テッカ カイセンと言うらしいその男と相対する為にダイゴウジ氏が言いながら一歩前へと進み出た。
「このネギトロ様の相手はどの子供だ? 子供っても女なら穴は付いてるだろうし、楽しめる相手なら良いんだがなぁ」
下卑た笑いを浮かべながら俺達を見回すネギトロと名乗った輩は俺が潰そう……こう言う性犯罪者は間違ってもお連やお忠に相手をさせる訳には行かない。
「お前は俺が潰してやる、ついでにお前の薄汚い息子も二度と使い物に成らない様に潰してやるよ」
児童に対する性犯罪者の多くは所謂『小児性愛者』や『少女愛好家』では無く、単純に『自分よりも弱く性欲をぶつけられる者』を選んだだけで、本当に子供にしか興味の無い者は三割程度だと言う報告書を前世に読んだ覚えが有る。
眼の前に居るネギトロと言う大男は、先ず間違い無く大人の女性が相手でも状況が許すならば強姦を犯す手合だろう。
性犯罪者に人権は無いとまで言うつもりは無いが、再犯率の高さを考えると物理的に去勢するのは仕方ないのでは無いかと、自身が庇護すべき者達に向けられた汚らわしい視線にそんな思いが脳裏を過ぎる。
「ったく……お前が下半身でしか物を考えてねぇから、俺達兄弟全員がそう言う奴等だと上から思われて、大事な仕事を任せて貰えねぇんだよ。まぁ良い、俺はサーモンだ、男だろうが女だろうが子供だろうが来るなら潰すぜ?」
ネギトロよりは多少理性が有りそうな事を言いながら奴の後頭部を軽く叩き、サーモンと名乗った男が一歩前へと出た。
「他所の殿方と身体を触れ合わせるのには抵抗がありますが、どうやら片手で突き放して勝てる相手ではなさそうです。御前様、端ない真似をする連をお許しくださいまし」
どうやら先程までのお連は、相手に身体が触れない様にする為に敢えて片腕でぶん投げいたらしい。
「んじゃそっちの雌子供は俺様が相手してやんよ。まぁ子供が相手じゃぁ手柄にゃなりゃしねぇが……まぁ此のシメサバ様は優しいからな、殺しも犯しもしねぇ……一寸痛い目にあって貰うだけだ」
兄弟の中で唯一銀色に光る髪が特徴的な大男が、お忠を指名しそんな事を抜かす。
「全く……弱い者虐めしか出来ぬ様な性根だから、犯罪組織の使いっ走りなんぞに甘んじておるので御座ろう? だが拙者が簡単に潰せる程度と見縊った事は後悔させてやろう」
この場に居る面子の中ではお忠はお連よりも細身で小柄な少女なので、一番弱く見えても不思議は無いが忍術使いとしての技量を踏まえれば決して侮って良い相手では無い、奴は其の事を身を持って知る事に成るだろう。
「残って居る貴様は余の相手と言う事だな。余はとくg……徳田 武光だ、余の手柄と成る貴様の名を聞かせて貰おうか」
最後に残った男に対しそう言う武光を、相手は鼻で笑いながら
「子供が一丁前に武人気取りか、面白くねぇ……俺様はチラシ様だ。『人食い鬼殺し』のチラシ様の名を覚えて置け!」
と自身の二つ名を名乗り、最後の決闘へと盤面が移行していったのだった。




