千三十 志七郎、貧富の差を目の当たりに咆哮上げる事
ダウンタウン地区から海沿いに南へっていくと、石畳で綺麗に整えられた道路から土を舗装の魔法で固めただけの道へと変わっていく。
そう成ると当然の様に周りに建ち並ぶ建造物も段々と簡素な作りの物が増えて来た。
そしてワイズマンシティを流れる唯一にして最大の川を挟んで、南側へと渡る橋を超えると其処はもう別の街と言っても良い位に様子が違って居る。
川の北側は簡素とは言え石造りや土壁作りの建物が殆で、その建設には恐らく精霊魔法の力が役立てられていた事は想像に難くないのだが、此方側に建ち並ぶのは布やトタンらしき物を使って人力で建てられたバラックらしき粗末な建物が雑多に並んで居た。
うん、コレは江戸の腐れ町なんかとは比べ物に成らない完全なスラムだな
只でさえ治安は江戸とは比べ物に成らないワイズマンシティで、そんな所に踏み込むとも成ると、周辺に対する警戒度を二、三段は引き上げる必要が有るだろう。
そう判断して氣の巡りを少々強めると……
「おうおう、そんな綺麗な服着た子供を連れてこんな所に来ちゃいけねぇなぁ。しかも女連れだぁ? んなもん襲ってくれって言ってる様な物じゃねぇか!」
そんな台詞を吐きながら短剣を手にした如何にも『珍比良で御座い』と言った風情の男達が姿を表した。
……気の所為か、それとも所謂『違う人種の人の顔が区別が付き辛い』と言う奴なのか、出てきた珍比良達は似たようなジーンズのパンツにタンクトップと言う服装も相まって、丸で電子遊戯の雑魚キャラの様に同じ様な者が何人も居る様に見える。
「そっちの兄ちゃんは痛い目に遭いたく無けりゃ、子供と女置いて回れ右するんだな。それとも此の人数を相手に一人で勝てるとか馬鹿な事は考えて無いよな?」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた珍比良達はパッと見える範囲に居る限り二十人程と言った所だろう。
正直、彼我の実力差も見抜けない程度の輩が相手ならば、ダイゴウジ氏一人でも十分に片は付くだろうが、だからと言って丸投げで見ているだけと言う訳にも行かない。
「失せろ三下、余が貴様等如き珍比良相手にどうこう出来る様な玉に見えるならば、其の目は節穴以外の何物でも無い。余は雑魚を虐めて悦に浸る趣味は無い故に、さっさと道を開けるならば追いはせん。だが、其れでも道を塞ぐならば骨の一本二本は覚悟せよ」
取り敢えず全員叩きのめすのも面倒臭いと思ったので、間引く為に氣に殺気を混ぜて威圧しようと思ったのだが、俺がソレをするよりも早く武光の奴が押し殺した声に殺意を含ませてそんな物騒な事を言い放つ。
普通ならば俺達の様な子供がそんな台詞を吐けば、珍比良連中は余計に熱り立つ物だが、氣と言う超常の能力が混ざったソレは只人に取っては熊に睨まれたに等しい恐怖を与える物である。
とは言えソレは連中がマトモな冒険者として魔物を相手に日々命のやり取りをして居る様ならば、此の程度の物はサラリと流す事も出来る程度の物でしか無い。
戦場では例え小鬼や犬鬼の様な雑魚だって、殺意や敵意と言う点だけ見れば此の程度では済まない物を纏って居るのだ。
対して今の武光が行ったのは飽く迄も口頭の脅しに過ぎず、場数を踏んだ者であればソレこそ猪山藩の下屋敷に屯して居る中間者達にすら効果の無い程度の物だ。
「な……なんだ此の子供……只者じゃねぇ?」
「お、おい! 誰かサラウの兄貴を呼んで来い!」
「ばっか! 今日は誰か来ても通すなって言われてんじゃん! 俺達の方が兄貴に殺されんぞ!?」
しかし命を掛けて冒険者として成り上がろうと言う気概も、魔物と命を掛けて戦うと言う度胸も無いらしい珍比良達は、武光の放った威圧であっという間に腰砕けに成っている。
……所詮、此奴等は犯罪組織の看板の威を借りて格下虐めしか出来ない程度の雑魚だと言う事なのだろう。
それでも即座に逃げを打たず、未だに俺達の前に立ち塞がる様にして居る所を見る限り、彼等の上に居るらしいサラウと言う男が相当に怖い様だ。
「まぁ待て武光、此奴等は兄貴分に良い様に使われるだけの使いっ走りらしい。で、其の兄貴分に誰が来ても自分の所に通すなと指示を受けているんだろう。俺達が用事の有る相手はドン一家のウーと言う男で、サラウとやらじゃぁ無い解ったら道を開けてくれ」
前世に習った尋問術の中に『良い警官と悪い警官』と言う捜査手法が有った、ソレは二人一組で質問を行う際に片方が高圧的で何時暴れても可怪しくない言動を取り、もう一人はソレを宥める事で相手に安心感を与え、供述を得易くすると言う物だった。
今回のコレは供述を促すと言う訳では無いが、今にも暴発しそうな武光を俺が宥めつつ彼等が目的では無いと言う事で、無駄な暴力を振るわなくても良い様に誘導する、と言う積りだった……しかし、
「ウーの親分はサラウの兄貴よりも上だ! つまり今日俺達が此処に集められてたのは、お前等を通すなって言う事だろ! お前等! ブルってんじゃねぇ! 男は一人しか居ねぇんだ! 後は女と子供だ! 此の人数で押し潰せば何とでも成るじゃねぇか!」
数の暴力に頼らなければ勝てないと自覚して居る時点で、俺達を只の子供だとは思って居ないのだろうが、ソレを完全に認めて道を開ける事が出来る程に彼等の自尊心を圧し折る事は出来て居なかったらしい。
若しくは武光が掛けた圧力以上に彼等の上役らしいサラウと言う男が怖いと言う事かもしれないが。
「何方にせよ大人しく道を開ける気は無いって訳ね。でもなー下手に此処で暴れて押し通るのも悪手なのよねぇ。被害者の無事な救出が最優先……ってな訳で此処は任せるわよカチドキ」
そんな状況で是迄ずっと黙って状況を見守って居たマキムラ嬢が、唐突にそんな言葉を発するなり掌を上から下へと振り下ろす。
軽い爆発音と共に溢れ出す煙が周囲を満たし、短い間では有るが辺りの視界が限りなく零に近い状態と成った、コレは『忍法煙隠れの術』と言う奴だ。
前世の世界では火を用いた煙玉なんかを使った術だったと思うが、此方の世界では熟練の忍術使いならば道具等を使う必要も無く此れだけの煙を起こす事が出来ると言う。
ちなみにお忠が此の術を使った場合には、彼女自身をすっぽりと覆う程度の煙が出るだけで、此処まで周囲に影響を及ぼす程の効果は無い。
とは言え相手の視線を切って他の行動へと移すには十分な効果が有る為、煙隠れで身を隠した直後に相手の死角へと回り込むなんて使い方は可能だ。
「ぐあ!?」
「うお!?」
「げふ!?」
更に煙が晴れ無い内に聞こえて着た打撃音と悲鳴を聞けば、恐らくは此の煙に紛れて同門の忍術使いで有るお忠とダイゴウジ殿に武光が珍比良連中に先制攻撃を仕掛けた事も理解出来た。
そしてマキムラ嬢は連中の伝令よりも速く奴等の塒へと走り、サリー嬢の身の安全を確保する……と言った感じだろう。
なら、今俺がやるべき事は……
「お連、死なない程度に痛めつけるんだ。一人も取り逃がしては駄目だぞ」
直ぐ後ろに居る許嫁にそう言って戦闘許可を出し、自身も腕の一本二本は圧し折るつもりで掴み掛かって行く。
当然、今日も腰のベルトには刀を佩いては居るが、此処に居る雑魚を相手に此れを抜くのは流石に殺意が高すぎるだろう。
「おらどうした! こんな子供相手にビビってんのか!? 来いよ! 死にてぇ奴だけ掛かって来い!」
氣を喉に回し可能な限りドスの聞いた声を張り上げながら、俺はとっ捕まえた手近な一人を背負投げの要領で川へと放り込むのだった。




