千二十七 志七郎、相談を持ちかけ市長暴れたがる事
「市長閣下、御食事中に申し訳有りません、大至急お耳に入れたい事が御座いまして……少々お時間を頂戴頂け無いでしょうか?」
市長が昼食を取っている卓へと向かった俺は、深々と頭を下げた最敬礼で彼にそう言葉を掛けた。
「ぬ? 先程の五人前少年では無いか。君を訪ねて来た者が居た様だが何やら面倒事かな? だが私は市長だ、少々の事で便宜を図る様な真似をするとは思わないで欲しい。して……用件はなんだね?」
そう言った彼は大食らいのおっさんの顔から、政治家らしい清濁併せ呑む事の出来る老獪な表情へと一瞬で変わって居た。
「先ずはコレを見て下さい。その上で私の下に届いた情報をお話致します」
コレは誰彼構わず吹聴して良い案件では無いと判断した俺は、ソレだけを言って武光が持ってきた脅迫状を市長に見せる。
「これは……間違いなく本当の物なのかね? コレほどの話だと子供の悪戯で済ます事は出来なくなるぞ?」
更に表情を悪戯をした子供を叱る大人の顔へと変えた上で、此方を牽制する彼の様に殺気にも似た圧を放つ。
「はい、我が精霊魔法の師、フルール・シーバスの名に誓って、嘘偽りの類では無いと宣言します」
けれどもソレは俺がお花さんの名を出した瞬間に霧散した、ソレだけ彼女の名前はこの街では重いと言う事だろう。
「私には娘は居るが孫娘は未だ居らん。そして市長選挙に立候補して居るのは私以外に三人居るが、その内の誰に対しての書状なのか解るかね?」
他の客に聞かれると不味いと市長も判断した様で彼はよく通る声を落とし、俺にだけ聞こえる程度の小声でそう問うて来た。
「コレが有った場所は被害者と待ち合わせをしていた場所だったそうなので、恐らくは彼女が一人で居た所を……と言う事だと思われます。そしてその待ち合わせの相手はサリー・マクフライ、ドナルド・マクフライ氏の孫娘です」
椅子に座った市長の耳元で囁く様にそう言うと、彼は一旦天井を仰ぎ見てから顔を右手で覆い頭を横に振る。
「只でさえ、民主主義に対する冒涜としか言えない行為だと言うのに、寄りにも寄ってマクフライ氏を脅迫しようとした馬鹿が居るだと? 冗談じゃ無い、もしも本当に彼が立候補を取り下げでもしたら、私が当選した後に絶対表沙汰に成って叩かれる奴じゃないか」
今回の市長選挙は古くからこの街で支持されて来たシーフー党と、同じく古くから有るフドコー党、万年野党のインパク党、そして近年支持を伸ばしてきた新興政党のポテ党からそれぞれ候補者が出ていると言う。
昔はシーフー党とフドコー党が市長や与党を奪い合う二大政党と言う感じだったのだそうだが、ポテ党の支持が伸びるに連れてフドコー党の議席は減っていき、今ではインパク党と並ぶ程にフドコー党の勢力は落ちているらしい。
其の為、今回の市長選挙は実質的に現職のハガー市長とマクフライ氏の一騎打ちとして世間では見られているのだそうだ。
今回の一件がフドコー党やインパク党の者が仕掛けたのだとすれば、マクフライ氏が選挙を下りて市長が再選を果たした後に、此の件を持ち出してシーフー党が不正選挙を働いた……とでも喧伝すると言った手が考えられる。
「マクフライ氏が仕掛けた自作自演と言う線は無いのですか?」
狂言誘拐は前世でも偶に有った事例なので、その可能性を指摘してみると、
「いや、それは無い。マクフライ氏は良くも悪くも自信家だからね、今回の選挙だって絶対に勝つと言う心意気で活動して居るのは間違いない。加えて主義主張は違えど彼が此の街の事を考えて行動して居るのは、議会で論戦を交わした私が一番良く知っている」
移民と地元民に対する政策の違いは有れど、何方も『此の街を少しでも良くしたい』と言う思いは一致して居るのだと市長は言う。
……うん、そう言う点では前世の世界の日本の野党の様に『与党の足を引っ張るのが仕事』と勘違いして居る連中しか居ない国とは大違いと言えるだろうな。
まぁあの国は与党は与党で『資本家と官僚の為の政治』しかやって居なかった様にも思えるし、そうした姿が俺の『民主主義に対する懐疑的な思い』を抱く原因に成ったんだがね。
とは言え此の国は市民、二級市民合わせて十万人少々と言う、一億三千万近い人口を抱えた日本とは比べる事自体が間違っているのだとは思うが……。
「今の段階で大々的に軍を動員するのは不味いな、犯人が破れかぶれに成って人質を害する可能性が有る。となると、やはり少数精鋭で蹴りを付けるのが妥当か……マキムラ君、ダイゴウジ君、済まんが仕事を頼まれてくれ」
市長は今までと同じ様に俺にだけ聞こえる様に小さな声でそう言い放ち、最後の二人に対する呼びかけだけを普通の声で口にする。
「どうせ二人の事だ、私達の会話もきっちり聴いて居たのだろう? 少年、彼等は火元国から来た本物のニンジャでな。元オニワバンシュウの出だと言えば、火元人の君ならばその腕前の程は解るだろう?」
火元国では基本的に武士では無い術者は皆、陰陽寮の傘下に入る事に成っている上に、術者育成令が出される以前は大名家の子弟が神の加護を得た等の特例を除いて、江戸州内に居る事は許されなかった。
そんな中で例外的に御庭番衆だけは上様直属の忍術使い達として、江戸州内に拠点を持つ事が許されていた特別な忍者達である。
頭目を張る生田目一族以下、多古八忍衆と呼ばれる者達がその役目に着いて居たわけだが、其処を離れた者と成ると抜け忍か若しくは海外の情報を上様に送る為の間者の何れかと言う事に成る筈だ。
「言って置くが我々は抜け忍の類でも無ければ間者の類でも無い。我等は武者修行の為に外つ国へと出る事を許された者なのだ。まぁ折々に外つ国で見聞きした事を纏めた手紙位は国許へと送っては居るがな」
ダイゴウジと呼ばれた男性の忍術使いは、落ち着いた様子で自分達の素性を明かす。
火元国から来た、明らかに武士だと解る子供が相手なのだから、下手に取り繕うよりも本当の事を言った方が面倒が無いと判断したと言った所だろうか?
「で、現場の方は誰かが調べてる訳? もしかして最初から調べなきゃ成らないとかだと面倒臭いんだけど?」
金髪頭に真っ赤な忍び装束と言う全く忍んで居ない忍びの女性の問いに対しては、
「ウチの手の者が足跡の追跡なんかを行っている筈です、相手が余程の手練で無ければ塒を見つけている可能性は十分に有るでしょう」
そう答える。
「ふむ……ならば二人は彼等に同行して犯人の特定に当たってくれ。私は他の者達と共に一旦マクフライ氏の所に此の脅迫状を届けに行くとしよう」
被害者とその家族を完全に蚊帳の外に置いて事件を解決した場合、ソレはソレで選挙後に影響を与える可能性が有る為、事前にどうやって解決するのか……とか、解決した者に対する恩賞をどうするのか、と言った話し合いをして置く必要が有るらしい。
「コレが我が娘が拐われたとかならば、私が自ら乗り込んで行って救出するのだが……流石にソレをやるとマクフライ氏に貸しが大きく成り過ぎてしまう上に、選挙対策のマッチポンプだと叩かれる可能性も有るからなぁ、久々に暴れたくは有るが仕方ない」
……流石は元軍人で現役の市長だけ有って、職業摔角者としても食って行けそうな身体を持ち暴れたいと言う欲求は有れど、ソレに身を任せて政治的な判断を誤る事は無い様である。
「マクフライ氏が何処に居るのかは解るんですか? 俺達が此処に来る前はブラウン通り三丁目辺りで演説してましたけれども……」
「街頭演説は誰が何処で何時行うのか、全て庁舎に届け出をして置く必要が有る。ソレに彼との付き合いはそこそこ長いからね、彼が昼食を取るだろう見世も予想は付くよ。パイ嬢、済まないが私達の残りの料理は折り詰めにして後から事務所に届けてくれたまえ」
俺の疑問にあっさりと答えをだした市長は、食事を切り上げると直ぐに行動へと移って行くのだった。




