千二十四 志七郎、甜點に舌鼓を打ち政治信条を知る事
俺達は美味さの暴力と呼んでも過言では無い炒飯をあっという間に米粒一つ残らず平らげる。
と言うか完全に箸が……いや蓮華が止まらん状態になって、掻っ込む様にして食い尽くしてしまったのだ。
ただ……男の俺がソレをやる分には全く問題無いのだが、歳頃と言うには少々若すぎるにせよ大名家の御令嬢としての教育を受けて来たお連は、食い尽くしてから我に返ると自分の行為が端ない物だと感じた様で顔を真赤にして俯いてしまった。
「此処の炒飯は恐らくは食神の加護を持つ睦姉上でも作れないだろう神業の域に有る物だと思うし、多分礼子姉上辺りがコレ食っても同じ様な事に成るだろうから気にするな」
一度食った事が有る俺ですら夢中にさせる最高峰の炒飯なんだ、コレを落ち着いて食える火元人なんて居る訳が無い、そう言って慰めると未だ恥ずかしそうに顔を赤くしつつも俺の方を見てはにかんだ様な微笑み浮かべた。
一瞬心臓が不整脈を起こした様な妙な動悸がしたが、俺は向こうの世界の親友の様に、稚い幼女に対して劣情を抱く様な趣味は無いし、気の所為か……若しくは此の身体本来の持ち主である志七郎の魂が急かして心臓を蹴飛ばしでもしたのだろう。
「最後は〆の甜點ヨ、今日のは杏仁豆腐ネ。流石に此の大きさの物はワタシも見た事無いヨ」
そう言いながら運ばれて来たのは馬尻布丁ならぬ馬尻杏仁豆腐とでも言うべき物で大皿の上でも形が保たれている辺り一般的な布丁より少し固めに作られている様に見える。
んでもってその真っ白な杏仁豆腐の上に乗せられた一粒の桜桃が、女性の象徴の頂きを模している様に見えるのは気の所為だろう多分……。
と、そんな巨大な母性の象徴と思しき物を、割と大きなソレを持つパイ嬢が何方も揺らしながら運んでくれば、見世の中に居る者達の目を引かない訳が無い。
「……なぁ、確かあの席に居るのって子供が二人だったよな?」
「……あぁ、しかも十人前をその二人だけで食うとか寝言を言ってたと思うぞ?」
「でもこの見世でお残しなんてやらかせば次の料理が出てくる前に叩き出されるし……本当に此処まで完食してるのか?」
唐突に広がる市長来店の時と然程差の無い喧騒。
うん、前世の世界的に考えるなら、自分が食事をして居る店に唐突に大食い戦士が来店してトンデモナイ量を『吸引力の落ちない唯一の掃除機』ばりに食い尽くして行く姿を見れば驚かずに居られる自信は無い。
「なに!? この私ですら二人前で済ませて居ると言うのに十人前だと!? それは是が非でも挨拶をしておかねばならないな!」
そしてそんな状況に反応を示したのは、誰でも無い市長のマクシミリアン氏だった。
どうやら彼は食える事を一種自慢の一つにして居る様で、自分を超える大食いが同じ見世に居る事に驚きと喜びの両方を感じている様で、態々此方の卓までやって来た。
「なんと!? 本当にこんな小さな身体でそれぞれ五人前もの料理を食い尽くしたと言うのか!? いや……まてよ、そうか! 君達は草人の冒険者だな! 彼等は小さな体躯でよく食べると話に聞いた事が有る!」
草人と言うのは主に北方大陸で生活して居る妖精に分類される人に類する種族の一つで、山人同様に成人でも人間の子供と然程変わりない小さな体躯が当たり前の存在である。
彼等は個人の資産と言う概念を持たず『その場に有る物は皆の物』と言う感じの原始的な共産主義とでも言うべき価値観の中で生きていると言う。
其の為なのか、食べ物が有れば誰かに食われる前に取り敢えず腹一杯に食うのが当たり前と言う社会性でも有り、結果として彼等は体躯に見合わず大食らいの者が多いと言う事に成るらしい。
とは言え、草人しか居ない生活共同体の中ではソレで通用するとしても、外に出たならば他人の所有物を勝手に取る様な真似は許されず、好奇心やなんかで『外』へと出た者が盗み云々の騒動を起こすのは割とよく有る事だと言う。
当然、冒険者組合としてもそうした彼等の文化は理解しており、人里に草人が出て来たら先ずは組合に案内する様に……と、組合の支部が有る街では常識となっているそうな。
なお草人大多数の草人は共同体の中から出る事無く生活すると言う訳では無く、むしろ共同体を組むのは彼等にとっての繁殖期の間だけ形成される物で、ソレ以外の時期は基本的に彼等が住む北方大陸中心部の『大草原』を一人で放浪して暮らしているらしい。
「残念ながら俺達は草人では無く火元国から来た人間で見た目通りの年齢ですよ」
そんな外つ国渡りの為の特別授業で習った事を思い出しながら、俺は市長さんにそう返事を返した。
「なぬ!? なんと! 火元国の子供と言うのは私よりも大食らいなのか……いや、私も若い頃は二人前なんてケチ臭い事は言わず五人前位ぺろりと食べれた物だが、流石に君達の歳頃で其処まで健啖では無かったような?」
おっと!? コレは火元人と言う人種に対して誤解を産んだか? そう思って、どう弁解するかを一瞬考える……と、
「がっはっは! 冗談だ冗談! 私は仮にも此の街の市長だぞ? 火元国からの留学生についても少なからず知っているし、皆が君達の様な健啖家では無い事も理解しているぞ。ソレにコレでも移民推奨派閥で活動して居るのだから他国の者に付いても調べてるわい」
移民推奨派であるシーフー党に所属し、その支援を受けて市長を務めて居るのだから、当然他所から来る留学生や移民としてやって来る者に関して調べて居ない訳が無い。
そんな当たり前の事が頭からすっぽり抜け落ちていた事が少々恥ずかしかったが、向こうが冗談だと流してくれているならば、深く突っ込んで穿り返すべきでは無いだろう。
「ソレにホレ、私に同道してくれている者も火元国に縁の有る者が少なく無い。ニンジャの二人は何方も火元国から来た者達だからな」
男女一人ずつ居る忍び装束らしき服装の者達の内、女性の方は鮮やかな金髪なのだが……アレは染めるか色を抜くかして居るのだろうか?
「ワイズマンシティは人口に対して食料自給力に問題を抱えているのは周知の事実だからな。もしも火元人と言うが人種として君達の様な健啖家揃いだと言うので有れば、ソレはもう人間とは別枠の種族として考えねばならなく成るだろう?」
基本的にワイズマンシティへの移民と言うのは、精霊魔法学会への留学生やその家族と言うのが一般的で、ソレ以外の理由で来る者は極々稀と言って間違いない。
なんせ学会以外に人を呼び込む様な大規模な産業なんて無い街だし、市長が言った通り自国で生産出来る食料だけで国民の腹を満たす事が出来ない国である。
故に食料の大部分を輸入に頼って居る訳だが、主な外貨獲得手段は海産物を精霊魔法で氷漬けにして輸出すると言う物で有る以上、精霊魔法学会と市政は切っても切れない関係に有る訳だ。
更に言うならば飲み水や火を焚く時の燃料の節約にも精霊魔法に頼る事が多い此の街は、何らかの理由で精霊魔法学会が他所に移転する様な事が有れば、あっという間に瓦解する『砂上の楼閣』と表現しても間違いない。
学会が他所からの留学生を積極的に受け入れる方針であり、卒業生の少なく無い者が此の地に移住を希望すると言う循環を断ち切る事に成る可能性が有るポテ党の政策を危険視する者が居るのはある意味当然といえるだろう。
かと言って食料自給力に難の有る此の街が無尽蔵に移民を受け入れ続けるのは厳しく、既に地元に根付いて居る者達が自分達の食い扶持を後から来た者に奪われる心配をするのも当然の事と言える。
結局の所、何方かが『絶対的に正しい』なんて事は有り得ないと言う事なのだろう。
結局その後、市長の卓に次の料理が来るまで俺達は杏仁豆腐を食べながら彼の政策に付いての話を聞く羽目になったのだった。




