千十九 志七郎、許嫁を連れ出し街頭演説耳にする事
精霊溜まりでの初契約会から二週間程が経った頃、武光やお忠に蕾そしてお連との契約で産まれた新精霊達が初めての魔法発動に成功した。
産まれたばかりの下位精霊と言うのは意志無き精霊力の塊に過ぎず、其れに幾ら正しい呪文を唱えたとしても、言葉を理解する事が出来なければ魔法は発動してくれない。
精霊魔法と言うのは精霊や霊獣にお願いし、その身に宿る精霊力を行使して貰う事で初めて発動すると言う代物である。
故に産まれたばかりの精霊の赤ん坊とでも言うべき存在には、先ず契約者の魂の一部――とは言え普段から垂れ流しに成っている程度の極々微量な余った魂力程度だが――を食餌代わりに与える事である程度成長させてから色々と教えこんで行く必要があるのだ。
産まれてから半月で最初の魔法が使えると言うのは早くも無く遅くも無い程度の期間らしく、氣を常態的に纏っている事でお忠や蕾よりも魂力が鍛えられている筈の二人も同程度だと言うのが本当に余った魂力を喰っている事を示している様に思えた。
残念ながら下位の精霊は実体を持たず、中位の精霊の様に精霊力を束ねた仮初の姿すら持たない不可視の存在だ。
其の為、俺が四煌戌を育てて居た時の様に、目に見えて大きく成長していく姿を見る事は出来ないが、魂で繋がっている彼等には日々少しずつ精霊が成長して居る事は実感として理解出来るらしい。
と、そんな訳でお連も無事に風属性の基本魔法の一つである微風の魔法を発動させる事が出来たので、学会とお花さんの屋敷以外の場所へと出かける事が許されたと言う事でも有る。
「お前様……連はお高いお料理よりもお腹いっぱいに成るお料理の方が好きですから、あんまり無理はしなくても大丈夫ですよ?」
故に今日は彼女を連れ出して帝王餐庁でお祝いをしようとしたのだが、その事を提案した時に返って来た言葉が先ずソレだった。
どうやら彼女は母親から『贅沢は敵だ』とでも言う様な教育を受けている様で、自分の為に俺が高級餐庁に誘うと言う行動自体に『申し訳無い』と言う感情を抱いてしまっている様子である。
「お連、こういう時は男の見栄を立てて素直に奢られて置くのが良い女に成る為に必要な事だぞ。自分から強請ったんじゃぁ無く俺の方から言い出した事なんだから、我が儘とかそう言う風に捉える必要は無いよ」
むしろ前世の感覚で言うならば彼女の歳頃……どころか、俺の肉体年齢でも我が儘の一つや二つ言うのは当たり前の話で、自分の欲よりも他人を気遣う様な事が出来る子は稀だろう。
もっと言ってしまえば向こうの世界の部下や同僚の彼女や嫁さんに対する愚痴の類を聞き、その上で自分自身を顧みれば男女問わず人間って奴は幾つに成っても我が儘なのが普通なのでは無かろうか?
ただソレを表に出すかどうかは、其奴の理性次第……と言う事なのだと思う。
俺の居た捜査四課が相手にしていた暴力団員連中は、上に上がって行った者達は相応に理性と言う物を持っていたが、下っ端の陳平連中は我慢すると言う能力が低い連中が多かった。
まぁ俺が生活していた千薔薇木県一体を縄張りとしていたのは『自称暴力団』と言う様な、任侠映画被れやヤクザ漫画に憧れた『古き良き極道』を標榜していた組織だったので、そうしたヤバい連中と相対したのは他所に応援に行った時だけだが……。
対してこっちの世界の住人は、向こうの世界の人々と比べて極端に我慢強いのかと言えば、決してそんな事は無い。
街を歩いていれば菓子屋の前で駄々を捏ねる子供を見かける様な事は普通に有るし、練武志学両館でも些細な事で決闘一歩手前の喧嘩に至る事だって幾らでも有る。
両世界の人間その物には多分そんなに差は無く、有るのは結局の所家庭毎の躾けの差と言う奴なのだろう。
「……殿方に恥をかかせる様では良い嫁には成れないと、お母様にもお栗小母様にも言われてました。有難うございますお前様」
猪山藩で初めて会った時の自分と言う物を全く持っておらず、全てを此方に委ねる様な状態よりは少しはマシに成ったかな? とも思うが、彼女はもっと自由に伸び伸びと成長して欲しい物だ。
と、そんな事を思いながら、火元国の何処の街とも違うだろう街並みを、迷子防止の為にしっかりと手を繋いで目的地を目指しゆっくり歩いて行く。
すると進んでいく先に大きな人集りが出来ているのが目に入った。
とは言っても別段荒れている様子は無く、男女問わず何かに聞き入っている様な感じだ。
「魔法は無限の資源を生み出してくれる訳では有りません、精霊魔法にも限界は有る! このワイズマンシティは魔法に依って生み出される水や火が無ければマトモに生活出来る環境では無い事は誰しもが知っているでしょう!」
もう少し近付いた所でその集団がなんなのか理解出来た、恐らくは市議会議員か市長候補が街頭演説をして居るらしい。
「だからこそ私達は学会で魔法を学び、その力で此の街を築き上げて来た! 資源も資産も乏しい此の街は学会が有ったからこそ発展して来たのは事実だ! しかし延々と移民を受け入れ続ける事は出来ない! 人は魔法無しで荒野で生きていく事は出来ないです!」
聞こえてくる演説の内容から察するに、恐らく此処に集まっているのは積極的に移民を受け入れ街を拡大すると言う『シーフー党』では無く、現状と既得権益の維持を訴える『ポテ党』の支持者なのだろう。
実際、彼の言っている事は間違っては居ない、精霊魔法と言うのは無から何かを生み出す程に万能の異能と言う訳では無い。
解りやすいのは彼が訴えている通り『水』だろう、『水生成』と言う魔法は一見何も無い所から水を出している様に見えるが、実際には空気中の水分を集め凝縮する事で水を生み出す魔法である。
其の為、同じ場所で連続して使い続ければ空気が乾燥してしまい段々と効率が悪く成るし、湿気が完全に無くなってしまえば発動すらしなく成るのだ。
幸い此の街は海辺に有る上に温暖な気候なので、完全に空気中の水が枯れてしまうと言う事は無いだろうが、安易に水生成を繰り返し続けるよりは海水を汲み上げて『水精製』で塩分を抜く方が圧倒的に効率は良い。
けれどもソレが出来る場所は浜辺や井戸の有る場所だけで、そうした水場が無い場所ではやはり水生成に頼らざるを得ないのだ。
そして限界が有るのは魔法だけでは無い、このワイズマンシティは領内で農業が殆ど出来ないと言う立地であるが故に、食料の殆どは輸入に頼らざるを得ず特に野菜類や穀物は常に不足気味である。
更に言うならば雇用だって無限に有る訳では無い、移民して来て此の街の住人に成った者の中で何割が自力で起業し雇用を生み出す側に回る事が出来るだろうか?
多くの移民は学会に留学して来た者がそのまま定住者と成った者なのだろうから、魔法使いなのは間違いないだろうが、その家族も皆優れた魔法使いだと言う保証は無い。
荒事に強い者ならば冒険者や軍人として身を立てる事も出来るだろうが、ソレが出来る者ならば母国に帰っても魔法と言う新しい武器を手に活躍する事が出来る筈だ。
と成ると、此の街に移住したいと考えるのは、学会内で見れば決して優れているとは言い難い魔法使いなのでは無かろうか?
と……そんな事を考えながら、聴衆の群れを横目に演説会場を通り抜けていく。
そして同時にもう一つの事に気がつく、ポテ党支持者と思わしき聴衆達の多くは身形が余り宜しく無い様に見えたのだ。
……成る程な、彼等は学会で学ぶ事が出来なかったか、若しくは優れた魔法使いには成れなかった者達なのだろう。
つまり移住希望者達と雇用を奪い合う立場の者達と言う事だ。
前にポテ党支持者は選挙権を持たない二級市民が多いと聞いた覚えが有るが、見る限り聴衆の大半はその層の様に思える。
「故に私、ドナルド・マクフライが市長と成った暁には、市民に成るには最低でも二代は此の土地で暮らし、此の土地で産まれた者だけに限る代わりに、必要と成る納税額の引き下げを実現する事をお約束致します!」
此の街に定住する気は全く無く、帰るべき場所の有る俺はその言葉を聞き流しながら、お連の手を引いてその場を後にするのだった。




