千十七 志七郎、仔精霊の誕生を見届け、両親を考える事
新たに生まれてくる下位の精霊との契約は、年少の者達から順に行われ恙無く進んで行く。
世界に遍く存在する大いなる全の精霊から、風の中位精霊の導きを頼りに小さな小さな力の欠片を取り出し、ソレに名前を与え契約を結ぶ事で確たる存在としてこの世界に産み落とされるのだ。
風の子とでも言うべき幼い精霊は、生まれ出たその瞬間には大した力は持たず、今の段階では大した魔法を使う事は未だ出来ない。
今でこそ牛より大きく育ちその身に宿す精霊の力も大きく成り、霊獣としても一端と言って良い程に成長した四煌戌だが、この子が俺と出会った当初は火属性の基礎である点火すら禄に使えぬ程に弱い存在だった。
霊獣と言うのは自然の中で生きている獣が、何らかの要因で精霊をその身の中へと取り込み力を宿した存在で、一度霊力を手に入れたならばソレを成長させる為に魔物を喰らう様に成ったモノを言う。
対して精霊は霊獣と違い飯を食わず、成長する為に必要と成る栄養素とでも言うべき霊力は、契約を結んだ者の魂の力を少しずつ喰らい成長して行くのだ。
本来であれば契約を結ぶ際にも中位精霊への仲介料として、決して少なく無い魂力を捧げる必要が有るのだが、今回は此処の霊地を取り返した事を理由に無料にしてもらったと言う事らしい。
ちなみに仲介料分の魂力は幼い子供達ならば、百米を全力疾走した位の負担に成ると言う。
野良の中位精霊はこうした下位精霊の斡旋で得られる仲介料とでも言える魂力を貯めて上位精霊を目指すのが普通なのだそうだ。
故に今回の様な無料奉仕とでも言うべき仕事は、普通の中位精霊はやりたがらないのだが……アイシャは既に全の中へと還ると決めて居るが故に此処へとやって来たらしい。
「ちなみに野良の上位精霊と言う者と接触したと言う案件は精霊魔法学会史上たった一件だけで、ソレを為したのが学会の創始者である初代ワイズマン師だ。ソレ以外の上位精霊は人との契約の上で進化したモノ以外に確認されていない」
下位から中位成長する為に必要と成る魂力は決して少ない物では無く、中位から上位とも成るとそれに輪を掛けて膨大な魂力を貯めなければ成らない。
人と契約した状態で上位精霊に至った存在は、一代だけでソレを為した訳では無く、三代四代と契約を引き継ぎ、長い長い時間を掛けてやっと辿り着く事が出来る境地なのだ。
対して野良でそう成る可能性はどれ程の物かと言えば、こうした斡旋の機会を数え切れない程多くの中位精霊同士で奪い合い、運良くその席を手に入れた者が契約している時とは比べ物に成らない程に少ない魂力を僅かに手に入れる……と言う感じらしい。
精霊の世界と言うのも案外世知辛いんだなぁ……と、ブライアン氏の話を聞きながら契約を続ける者達の列を見ていると、子供達のソレは既に終わり西方大陸の者が続き、南方大陸の騎士、それから火元人の侍と続いていく。
「流石は氣を纏う人の子達だ、魂の力が並の者とは比べ物に成らないな。全く持って惜しいコレだけの者が術者に成るならば、斡旋の手数料だけでも莫大な霊力を得られると言うのに……まぁ全に還る我にとっては意味無き事だがな」
新たな精霊の子とでも言うべき存在を生み出すのは、中位の精霊にとっても決して軽い負担では無く、その対価として支払う魂力は契約者が持つソレに比例し、強い霊力を持つ者で有ればソレだけ多くの霊力を斡旋者は得るのだと言う。
其の為、恒常的に氣を纏い魂力を鍛え続けていると言える俺達火元国の侍との契約は、中位精霊にとってはとても美味しい仕事らしい。
「さて……一通り契約は終わった様だし、次は俺も精霊との契約はしておきたいので一寸行ってきますね」
新人組の最後の一人が精霊との契約を終えたのを見届けてから、俺はブライアン氏にそう声を掛けてアイシャの元へと足を向ける。
「む? 其方も契約を望むのか? 強き霊獣を連れた人の子よ。ふむ……確かに其方はこの場に居る誰よりも強き魂を持つ者の様だ。しかし其方が契約せし霊獣は未だ成長の途中らしい。残念だが其方は我等と契約を結ぶべきでは無い、魂への負担が大き過ぎる」
だが彼女は俺に向かってそんな言葉で迎えてくれた。
俺が契約している霊獣と言えば四煌戌と焔羽姫の二体だが、その何方もが未だ成長途中であり、しかも並の存在とは比べ物に成らない程に高い潜在能力を持って居り、今後の成長如何では俺に少なくない負担が掛かる可能性が有るのだと言う。
成長の為に契約者から魂力を貰う精霊とは違い、食餌で霊力を得る霊獣ならば然程の負担には成らない物だとばかり思っていたが、どうやらそう言う訳でも無いらしい。
聞けばどんな精霊や霊獣でも空間を越えて召喚に応じる事が出来るのは、術者と魂で繋がりソレを辿る事が出来るからで、その際に対価として必要と成る霊力は術者の魂力から賄われ、召喚中はずっと魂に負荷が掛かり続けるのだと言う。
そして術者に掛かる負担は霊獣が強ければ強い程に大きく成る為、幾ら氣功使いだからと言って……いや逆に氣功使いだからこそ、心身共に成長しきって居ない内に余り大きな負荷を掛けすぎるのは成長の妨げにも成り兼ねないのだそうだ。
要するに成長期の中高生位の時点で肉体美家ばりに筋肉を付け過ぎると背が伸び辛く成るとかそんな感じなのだろう。
その辺の事はお花さんから注意を受けたりしては居ないが、恐らくは精霊だからこそ四煌戌や焔羽姫の秘められた潜在能力を彼女以上に見抜く事が出来たと考えるべきでは無かろうか?
ちなみにお花さんが契約している霊獣や精霊は俺と比べ物に成らない程に多岐に渡るが、ソレが彼女にとって余り大きな負担に成っている様子が無いのは、十代前半にしか見えない見た目でも実年齢は三桁軽く超える成熟した大人だから……と言う事なのだと思う。
「となると俺が精霊と契約するのは、俺自身と既に契約している霊獣達が十分に成長してからにするべきだと言う事でしょうか?」
多少の推測は交じるが、恐らくはそう言う事だろうと辺りを付けて俺はアイシャに問い返す。
「うむ、其方は我が今まで見た人の子の中でも最も強い魂を持っている。それこそ彼の赤の魔女と遜色無い程にな。だがそれ以上に其方が契約を結んでいる霊獣が強すぎるのだ。三つの魂を持つその霊獣は長じれば偉大なる古龍すら超えるだろう」
古龍と言うのはこの世界に四体しか居ないと言われている最上級の霊獣で、お花さんが契約している『嶄龍帝焔烙』はその内の一体だ。
最高位の魔法使いとは言え人に類する種族の一つである森人のお花さんよりも、精霊であるアイシャの方が霊獣の内に秘められた精霊の力を敏感に感じ取る事が出来ると言う可能性は高いと思う。
と成ると、四煌戌はこの世界で最高峰の霊獣すらも超えるだろう潜在能力を持っていると言う事か?
……うん、四煌戌の来歴を考えれば不思議では無いかもしれない。
彼等を俺に授けてくれたのは死神さんで、四煌戌はそのご近所さんの家で生まれた子犬だと言う事だった筈だ。
ソレと合わせて彼等の持つ三つ首を鑑みれば、四煌戌の片親は先ず間違い無く地獄の門番を務めると言うケルベロスだろう。
彼等は大型の牛ともタメを張れる巨体と三つの首を持つ事を除けば、前世の世界で言う所の秋田犬に近い見た目をして居る。
神話には余り詳しくは無いが古代希臘の魔獣であるケルベロスが、日本の犬種で有る秋田犬の特徴を色濃く持っている訳が無いので、恐らくはもう一頭の親から引き継いだ個性なのだろう。
ケルベロスと番う事が出来る秋田犬と言うのが一体どんな起源を持つのかは解らないが、獰猛な番犬として知られる地獄の猛獣が自身と釣り合わない存在と子を為す事は一寸考え辛い。
そう考えると四煌戌は十分に神話級の存在で有り、下手な竜種では足元にも及ばず、古龍と同等かそれ以上の潜在能力を持っていると言われても説得力は十分に有る。
「……再び貴方と会う事は叶わないだろうが、何時か既に契約している霊獣達を支え、その上で新たな精霊を育てる事が出来る余裕を持つ事が出来る様に魂を磨いていく事を此処に誓う」
成る程な……俺にもそんな神話級の存在に依存する事無く、助け合えるだけの成長が必要なんだろう、そう考えた俺は今この場での契約を諦めつつも何時か必ずソレが出来る様に成ると誓いの言葉を口にしたのだった。




