千十一 志七郎、策略を解明し覚悟決める事
土属性の基本魔法の一つである『掘る』は、文字通り土を穿り穴を掘る魔法である。
掘ると言う言葉の幅広さからか、この魔法は必ずしも土に対してだけしか効果が無いと言う訳では無く、砂や砂利に小石程度ならば問題無く穴を開ける事が出来るが、ある程度以上大きな岩と呼べる程の物や木材なんかには効果が無い。
もう一つこの魔法を使うに当たって大事なのは、穴を開ける際に出た残土は何処かに消える訳では無く、開けた穴の周りにそのまま残ると言う事と、穴の壁面を固める様な効果は無いと言う事だろう。
この魔法が編み出された頃から隧道工事や井戸掘りに使われて居たが、前者では舗装の魔法と組み合わせ無ければ、上の土や岩なんかの重みであっと言う間に崩落し、後者は深く成りすぎると残土が外まで出て来ず再び埋まる……と中々に使い方が難しい魔法である。
けれども使い熟すと言う程の熟練した魔法使いの使う掘るは、一発で程よい深さで複雑な塹壕を生み出す事も出来ると言うのだから、基本の魔法だからと侮って良い物では無い。
そして今其の魔法を使ったブライアン氏は、どうやらこの魔法を割と使い慣れている様で、彼が放ったソレはたった一度の行使で兎鬼が埋めたと思しきモノを露出させる。
「コレは……ピアサの骨か? だがしかし何故こんな事を? 竜種の骨は武器にするにせよ防具に使うにせよ有用な素材だと言うのに」
其処には白く輝く巨大な魔物の骨が埋まっており、その中に有った頭骨から奴等が身に付けていた装備の材料に成った竜種の物だろう事が容易に想像が付いた。
だが奴等は何の為にソレをしたのかが解らない。
ブライアン氏の言う通り竜種の中では最弱の存在とは言えピアサの骨は、簡単に捨てて良い様な素材では無いし、単純に処分すると言うだけならば態々こんな所まで運んできて埋めずとも、倒したその場に放置すれば済むだけの話だ。
俺の位置からは一番上に乗せられた頭骨しか見えないが、それだけでも兎鬼の様な小型の魔物ならば四~五体で協力しなければ運ぶ事すら難しいだろう。
ソレだけの労力を掛けてまで運び埋めた事には絶対何かの理由が有る筈だ。
「……竜種の骨だと!? 不味い! 下がれ魔法使い達! コレは竜骨鬼の邪術で御座る!」
その答えを持っていたのは地元の誰かでは無く、火元国からの留学生の一人で有り歴戦の鬼切り侍である中林殿だった。
「リュウコツキ? なんだそりゃ?」
しかしブライアン氏を含めたワイズマンシティの魔法使い達は、その言に疑問符を返す。
とは言え火元国で育ち猪山屋敷に数多く有った書物を概ね読み漁った俺でも『竜骨鬼』と言う単語に心当たりは無い。
「東方大陸に伝わる伝承の魔物、濃密な邪気を孕んだ竜種の骨に邪神の加護を受けし者が儀式魔法を執り行う事で生み出す事が出来ると言う屍鬼の一種で御座る!」
屍鬼とは鬼と名が付く物の火元国で言う『鬼』の区分には入らない魔物で、適切な処理が為されていない人や魔物の死体が何らかの理由で動き出したモノの総称である。
大分前に猪山藩の皆と共に戦った『生き屍』も屍鬼の一種で有り、アレは屍繰りと言う妖怪が死体を操る事で生み出す物だった筈だ。
生き屍以外にも屍鬼は様々居り、例えば死体に怨霊が取り付き生者を無作為に襲う様に成った溝出と言う妖怪や、妖術の類を掛けられた死体が動く様に成った活性死体に、恨みを咽んで死んだ者が死者のまま復讐を目論む僵尸なんてモノも居る。
他にも埋葬されていない死体の存在を知らせる様に鳴く妖鳥『以津真天』も、腐った屍肉が変化して生まれると言う話なので、屍鬼に区分しても良いのかもしれない。
外つ国では屍鬼は不死者と呼ばれる魔物区分の一部に当たるモノ達だ。
屍鬼に限らず不死者と言うのは総じて物理攻撃に強く、魔法に関しても効きの良い属性と悪い属性が可也極端に偏る傾向が有ると、留学前の特別授業で習った覚えが有る。
けれどもその中で竜骨鬼と言う魔物の話は無かった……ソレは恐らく竜骨鬼が留学先に組み込まれて居ない東方大陸の魔物だからだろう。
「竜骨鬼を生み出すには瘴気の強い土壌に竜種の骨と生贄を埋め、邪神の祝詞を唱える事三日三晩で完成する物だと言う。あの兎鬼の頭目が邪神に仕える神職だったと言う事は先ず間違い無くソレが目覚めるのは時間の問題で御座ろう!」
屍鬼や竜骨鬼なんかが名前に『鬼』と付いているのに、区分としては鬼では無いと言うのは、火元国と東方大陸で鬼と言う文字の意味が違うから……だと聞いた覚えが有る。
火元国の鬼は基本的に『武器や道具を扱う知恵を持つ魔物』を指すのに対して、東方大陸での鬼と言うのは『正体不明のモノ』や『実体を持たない霊魂系の魔物』なんかを指す言葉なのだそうだ。
今こうしてソレらしき痕跡を発見した以上は、竜骨鬼が作られるのは東方大陸に限った事では無いのだろうが、過去に討伐事例が存在しており最初に目撃された時には『竜の骨の姿をした何か』だったからこそ竜骨『鬼』なのだろう。
「魔法使い達よ! 作戦変更で御座る! 竜骨鬼は其の土地の瘴気を吸い上げる事で一種の結界を張る類の存在で、遭遇したならば倒すか倒されるかの二択で逃げる事は出来ぬと聞く! そしてソレを討ち滅ぼすには神器か霊刀、若しくは莫大な氣を用いるしか無い!」
竜骨鬼について多少なりとも知っている中林殿の言を信用するしか無いこの状況で、彼が言った言葉から俺は後ろで傍観者を気取るのでは無く、前に出ろと言っている事は容易に理解出来た。
恐らく……いや、先ず間違い無く錬風業と錬水業を身に着けた俺は、この場に居る誰よりも膨大な氣を扱う事が出来る人材だ。
その辺の話は船で此方へと来る最中にある程度の情報交換はして居るので、中林殿としては俺に前に出て欲しいと考えるのは当然の事だろう。
「とは言え、今なら未だ子供達を逃がす事は出来るんじゃぁ無いか? 俺が残るのは当然だとしても足手纏いに成る者達はせめて谷の方に出て貰っていた方が……」
不安そうに俺の着物を握るお連の指を出来るだけ優しく一本ずつ開かせながら、四煌戌の背から降りて未だ最前線に居る魔法使い達にそう声を掛ける……が、どうやらソレは少しだけ遅すぎた様だ。
地面が壁が空が空気が……丸で心臓が鼓動するかの様な音を立てて震え始めると、俺達が来た谷側へと続く道に広場に吹いていた無数の竜巻が集まり大きな風の壁を形成したのである。
「GrrrRRR!!」
そして響き渡る猛獣の物と思しき明確な殺意と敵意を孕んだ咆哮。
「翡翠! 静寂を子供達に!」
風属性の中で基本魔法の一つで有る静寂の魔法は、其の名の通り効果範囲の音を打ち消し静けさを生み出す魔法だ。
未だ初陣も済ませて居ない様な子供達に、こんな咆哮が浴びせかられければ心的外傷を植え付けられても不思議は無い、そう判断し微風結界から此方へと掛ける魔法を切り替えさせる。
「お連! 俺は前に出る! 此処まで奴を通しはしないが他の何かが出て来ないとは絶対に言い切れない。戦う能力を持たない民草を護るは武士の務めだ、俺が戻るまでお前がこの子達を護ってくれ」
正直な所、幾ら氣に目覚め純粋な身体能力という点でも俺より強い腕力を持つお連とは言え、彼女に他人の命を預ける様な形で戦いの場に出すのは未だ未だ早いとは思う。
けれども彼女も武家の娘で有り、行く行くは彼女を旗印にして藩を乗っ取る策謀を御祖父様が立てている以上は、お連自身に武家の女主人としての振る舞いが求められる時が来るのも間違いない事実である。
「……お前様、御武運を」
其の事は彼女自身も良く知っていると言う事か、お連は一呼吸の無言の後、四煌戌から飛び降りるとワイズマンシティの子供達の前に立ち、俺の背に向かってそう言ってくれたのだった。




