千五 志七郎、会敵し危険度に慄く事
更新遅れて申し訳有りません
活動報告にも書いたのですが、キーボードを駄目にしてしまった為、買い替えるのに時間が掛かりました
……クレジットカードの使用が癖に成らない様に気を付けないとなぁ
最前列と最後尾に熟練の魔法使いを配置し、真ん中に行く程に経験の浅い魔法使いが居ると言う隊列で、俺達は西風の谷へと足を踏み入れた。
参戦者全体の中で上から二番目に格が高いにも拘らず、魔法使いとしての経験は浅いと見做された俺は火元組の中では一番前に配置され、その更に前には南方大陸からの留学生の『騎士』が相方に成った魔法使いと進んでいる。
とは言え前後に仲間が居るからと言って俺やお連の乗った四煌戌の背の上が絶対安全とは限らない。
「消の矢!」
壁の中から染み出して来る様な気配を感じた俺は、自分達が前後の魔法使いが張っている微風結界の中に居る事を確認した上で、一旦自分のソレを解き気配の元に対して消属性の攻撃魔法を放つ。
火+水+風で構成される三属性複合の消属性は、物理的な攻撃力を一切持たない属性では有るが、氣や精霊の能力と言った人の使う異能に、魔物の使う妖術まで含めた様々な超常を打ち消す効果を持つ。
消の矢は魔法を解除する様な効果は無いが、実体を持たない幽霊なんかの類には抜群の効果を発揮する魔法である。
岩壁から出てくる様な魔物で有れば、当然其処にしっかりとした肉体が有る訳も無い。
事前に調べた情報では此処に出現する非実体系の魔物は、風の亡霊と嵐の死霊と呼ばれる二種類の『精霊の成り損ない』とでも言うべき存在だけの筈だ。
両者共に亡霊だの死霊だのと『不死者』を思わせる名前では有るが、どちらも死人が化けて出た類の物では無く、精霊溜まりに漂う霊力が澱み自然発生する魔物だと言う。
意志らしい意志は持たないらしいのだが、その分自分に足りない『何か』を求める様に縄張り《テリトリー》に入った生き物を襲うのだそうだ。
今奇襲を仕掛けてこようとしたのが何方かは解らないが、俺の放った消の矢は効果抜群だったようで、壁から染み出して来て一塊の旋風になろうとした何かは、あっさりとその存在を消滅させる。
「ほほぅ、亡霊が壁から出てくる前に消の矢を放つとは、流石は赤の魔女様の直弟子……やりますな」
俺達の後ろを歩く古参の魔法使いがそんな称賛の声を掛けて来た。
「貴殿は優れた剣士だと聞いて居ましたが、魔法使いとしても十分な技量をお持ちの様ですな。其の歳で茶の法衣を与えられたのは赤の魔女様の弟子可愛さでは無いと言う事ですか」
しかし続けて吐き出された言葉は、お花さんに対する当て擦りか何かの様で、多分彼女と対立する学派に所属して居るのではなかろうか?
俺が前世に通っていた大学は碌な研究成果も無く、就職活動の時に大学名を出せば中小は兎も角、大企業ならば即座にお祈りメールが飛んでくる様な所謂『バカ大』だった。
そんな所ですら学長の席を奪い合う教授達の争いは有ったのだから、世界で最も権威有る精霊魔法の研究機関である精霊魔法学会にそうした問題が無い訳が無い。
学長は代々ワイズマン家が継いで居るが、其の下の序列を巡る争いが当然有るのだろう。
お花さんは長命種であるが故に、他の者達よりも長い事重鎮として遇されてきたに違い無い。
其の立場に驕ったり笠に着たりする様な性質の人では無いが、だからこそ権威や権力を求める性質の者からすれば、自分が産まれた時からずっと其れ等を持ち続けて居る彼女が疎ましく思えても不思議は無いだろう。
「……魔法を使うよりも刀を先に抜いてしまう性分を叱られて、今回は可能な限り魔法だけで戦う様に言われる位には、魔法使いとして至らないのは間違いないですね、俺は未だまだ修行不足ですよ正直言ってね」
だからと言って彼の物言いに反発する様な大人気無い真似をする程、俺の中身は子供じゃぁ無い。
まぁ……前世の俺が今の歳だったとしたら、当て擦りだと言う事すら気付く事は出来なかっただろうけどな。
「全員! 上方注意! グレイロックの群れが来るぞ!」
グレイロックは文字通り灰色の岩に顔と腕が付いた様な魔物で、火元国では『岩礫』とも呼ばれる魔物である。
見た目は岩の塊にしか見えないが分類としては肉食動物の類で、岩場や崖から転がり落ちて轢き潰した生き物を食らうと言う生態をして居ると言う。
なお腕らしき部分は一度転がり落ちた崖を自力で登る為に存在して居る部位らしい。
「見えた! 水の雨!」
水が降って来るのが雨だろうと突っ込みたく成る名前の魔法だが、精霊魔法に置いて『〇〇の雨』は『矢』を広範囲に降らせる攻撃魔法の総称である。
火属性なら『火の雨』だし消属性なら『消の雨』となる訳だ。
つまり今、前の方を行く魔法使いの先達が使ったのは、水属性の攻撃魔法でグレイロックを一網打尽にしようと言う事である。
「水鏡、俺が指し示す方向に……水の槍!」
けれども効果範囲から既に抜けた個体が零では無く、此方へと当たりそうな者を狙って俺は短縮詠唱で一撃の威力が高めの攻撃魔法を放つ。
グレイロックは水属性が弱点の魔物なので、慣れた魔法使いならば矢程度の一撃でも十分倒す事が出来る相手だが、俺の熟練度では倒せない可能性が捨てきれなかったので短縮詠唱で使える中で最も強い魔法を放つ事にしたのだ。
当然、他の魔法使い達も同様に水の雨で倒しきれなかったグレイロックに対して、水の弾や水の玉と言った射出型の魔法を放ち撃ち落として行く。
個人的に来ているのであれば、倒したグレイロックから素材……特に岩の様な外皮と其の内側に詰まっている肉を剥ぎ取り持ち帰りたい所だが、団体行動で有る今回は残念ながらソレをしている余裕は無い。
「グレイロックは美味いから出来れば少しは持って帰りたい所だけれども、帰り道なら兎も角行き道で荷物を増やす訳には行かないからなぁ」
と、俺と同じ気持ちだったらしい魔法使いの一人がボヤき節を口にする。
岩の塊の様な見た目に反してグレイロック……岩礫の肉は火元国でも高級肉の分類で、其の味は高級和牛の背肉に匹敵する脂の乗りと旨味を持つと言う。
なお腕の部分は筋張っていて固くそのままでは食用に適さないが、弱火で長時間掛けて徹底的に煮込む事で旨味を抽出した最高の汁を取る事が出来るらしい。
……火元国にも出現する魔物では有るが、江戸州内には出る戦場が無い為に未だ食った事は無いが、古参の魔法使いが美味いと言う位だし帰ったら遠征してでも狩って睦姉上に料理して貰おう。
「帰りにも出会す様なら持てる分だけ採取していこうか。ただ今倒した奴は帰りには傷んでる可能性が高いから諦めるしか無いけどな」
一番前を歩く最古参の魔法使いがそう言うのも仕方がない……なんせ西方大陸西岸部は年中を通して温暖で、今の季節の日向は灼熱と言って良い気温なのだ。
そんな所に生肉を放置すりゃあっという間に悪く成るのは当然だし、放置された肉を食らう屍肉喰らいと呼ばれる類の生き物が食い荒らすのも当然だろう。
「ああ、あと後方注意! グレイロックの死骸が突風に乗って飛んで来る事も有るからな! 下手な当たり方すりゃソレで死ぬ事も有るからな!」
微風結界の魔法は吹き付ける風を緩和する事は出来ても、風に乗って飛んできた物に乗ってる慣性まで殺す事は出来ない。
なのでもしも後ろからグレイロックの死骸が飛んできた場合には避けるなり、魔法で叩き落とすなり、何らかの対応をしなけりゃ危ないと言う訳である。
そんな話をして居る間に轟音を響かせ突風が吹き、微風結界の範囲外に有ったグレイロックの死骸が道の奥へと吹き飛んでいく。
うん、あの勢いで飛んできた岩の塊が当たれば、崖の上から落ちてきたのに轢かれるのと同じ結果が待っているのは目に見えている。
……流石は自然地形だ、江戸州の整えられた戦場とは危険度がぜんぜん違う、そう判断した俺は褌を締め直す心積りで周囲に気を払い前へと進むのだった。




