千四 志七郎、精霊溜まりへと向かい仲間を見る事
暫く更新出来ず申し訳有りません
Twitterではお知らせしていたのですが、一寸風邪を引いて寝込んでいました
なんとか回復したので、今夜から更新を再開致します
両側に切り立った崖が聳える深い深い谷間、其処を気を抜くと吹き飛ばされそうに成る程の暴風とも呼べる強さの突風が突き抜けていく。
『疾風に勁草を知る』と言う諺が有るが、どうやら此処に不規則に吹き付けるソレは、勁草と呼べる様な物すら吹き飛ばしてしまう様で、見える範囲に草木の姿は全く無い。
そんな過酷な場所を何の対策も無く吹き曝しで進んで行く様な真似は、当然常人には不可能な所業である。
ではどうするのかと言えば……其処は勿論、精霊魔法の出番だ。
「はい、では此れから奥に進むと此処以上に強い風が渦巻いて居たり、突然変な方向から吹き付けて来たりして大変危険なので、ペアに成ったパートナーが張った『微風結界』から出ない様に注意してくださいね」
お花さんの直弟子四人組は事前に想定して居た通り、他の三人が欠けた属性を埋める事が出来る精霊溜まりに割り当てられ、残った俺は西風の谷へとやって来た訳だ。
「連はお前様から離れなければ良いって事ですよね? でも、他の方々はこうして相乗り出来る騎獣が居る訳じゃぁ無いから大変かも知れないですねぇ」
風属性の魔法である微風結界はその名の通り、強過ぎる風を微風程度に抑え込む効果を持つ魔法で、一人で一党全員を護る事が出来るだけの効果範囲は有る。
けれども初回の精霊魔法契約では、未だ座学しか学んでいない初陣前の子供も同行する事が多い為、学会は契約希望者一人に対して一人の引率者をきっちり一対一で付ける様にして居るのだと言う。
微風結界は風属性の魔法の中では比較的簡単な部類の魔法で、風の精霊や風を宿した霊獣と契約さえして居れば大体誰でも使う事が出来る魔法である。
けれどもこの魔法を維持したままで他の魔法を使うと成ると、其れ相応の技量が必要に成る為、引率者は誰にでも務まる仕事では無いらしい。
それでも此処に居る二十余名の内半数は、ソレが出来る技量の持ち主だと言う事で間違いない訳だ。
なお今日此の西風の谷で風の精霊と契約を試みる者の内訳としては、ワイズマンシティ在住の子供が四人、火元国からの留学生がお連を含め四人、西方大陸内の別の国からの留学生が二人に、南方大陸からの留学生が一人と言う感じである。
火元国から来た者は顔見知りなので判別が付くのは当然として、他の地域の者達をどうやって見分けたかと言えば、その身に纏った防具を見れば察しが付く。
ワイズマンシティの子供達は俺や武光達と然程変わらない年齢の様で、初陣も未だなのか防具と言う程の防具を身に着けず、皆揃って少し厚手のデニム生地で出来たオーバーオールとジャンパーに革の帽子を被って居る。
西方大陸では木綿の栽培が盛んだそうで、火元国と比べると木綿の布地が安いらしい。
特に西海岸側ではデニムや革で作られた衣類が一般的で、冒険者達も鎧の下にはジーパンを履いているのが割と普通だったりする。
対して留学生組は何処出身者だとしても、地元では其れ也に戦闘の経験を積んで来た者達で、西方大陸の別の国から来た二人は同国出身者の様で、似たような鎖帷子を身に纏って居た。
そして最後の南方大陸からの留学生は、仰々しい板金鎧に黒い天鵞絨の外套を纏い、腰には剣を挿し更に槍も手に持っている。
其れ等に比べて火元国組の面子は皆、此方の装いであるデニムの上下の上に思い思いの防具を身に着けていると言う格好で、火元人らしさは腰に指した刀位だろうか。
ちなみに俺の後ろで四煌戌に跨っているお連の装いは、デニムの上下は皆と変わらない物の、防具は国許に居る間に自分で倒した魔物の素材で作った物で、赤い腹掛の様な革鎧に同じく素材と思わしき革で作った陣笠と言う格好だ。
相撲使いで鉞を得物に持ち熊を騎獣にする彼女が赤い腹掛を身に纏うと、某有名『太郎』っぽいなぁと思えてしまうが、まぁ腹掛に描かれているのは猪山藩を示す猪の紋なので微妙に違う感じには成っていると思う。
……うん、女の子なのに『まわし』一丁なんて格好じゃぁ無いんだからヨシッ! と言う事にして置くか。
なお風属性が使えるからこそ俺も微風結界の魔法を使っているが、風属性を持たない者が此処に踏み込むのは不可能と言う訳では無い、火属性単体しか使えないだと割と厳しいが、水や土が使えるならば『水の壁』や『土の壁』で突風に対処する事は可能なのだ。
その場合には何時風が吹くのかなんぞ解らない訳だから、自分達の後ろに壁を張り変えながら少しずつ前へと進んでいく……と言う方法に成る。
『火の壁』だけは質量を持たない壁なので、此処に吹く程の突風だと吹き散らかされる上に、下手をすると熱せられた風に焼かれる様な間抜けを晒す事に成るらしい。
また他の精霊溜まりも此処の突風程面倒では無いにせよ、精霊魔法がある程度使える力量が無ければ危険な場所である事には変わり無いので、武光達が少しだけ心配だったりはする、まぁその辺の事も事前にしっかりと予習はして居るので、大丈夫だとは思うがね。
「よし! 全員準備は良いな? 俺が先頭に立って先導するが、崖の上や壁の中からの奇襲や、突風に乗っての後方からの襲撃なんかも有るから気を抜くんじゃ無いぞ!」
そう言って前を行くのは、ワイズマンシティの子供とペアを組んだ中年男性の魔法使いだ。
子供と一緒に行動する事に成っている魔法使い達は熟練者の風格を漂わせる者達で、恐らくは後方からの襲撃が一番危険だからだろうが、隊列は彼等が一番前に入り最後方は俺達火元国勢である。
火元組が後ろに回されているのは別段差別だとかそう言う話では無く、精霊魔法未経験者では有るが侍として鬼切りを重ねた事で皆格が、他の者達よりも圧倒的に高いからだ。
「中林殿も事前に習った話だとは思いますが、此処の魔物は斬鉄を込めた得物でも断ち切れぬ者も居ますので、相方の結界から出ぬように気を付けつつ回避を優先に立ち回って下さい、その内他の魔法使い達が必ず魔法で仕留めます故に」
その中でも最後尾に回された中林殿は、町奉行を務める家の三男坊で西方大陸へとやって来るなり行き成り娼館へと通いって居た色んな意味で豪の者で有る。
彼の格はなんと百十八と俺よりも丁度十上だ。
格の高さがそのまま強さと等号で結ばれる訳では無いが、格が高いと言う事はそれだけ訓練を積み修羅場を潜った証で有る以上、高ければ高い程に強いと言って間違い無い。
しかし格は高ければ高い程に上がり辛く成る物で、冒険者組合でも言われたが、百を超える者は妖精系の長命種族以外では中々辿り着く前に寿命が先に来る程の高みである。
俺の格百八だって死神さんの加護が有る所為で降り掛かる無数の試練や、界渡りなんかの偉業を重ねてやっと届いた数字だが、ソレだって年齢を考えれば異常に高いと言える。
対して中林殿は神の加護を持つ訳でも無く、二つ名を授かる様な偉業を為した訳でも無く、只々愚直に鍛錬と鬼切りを積み重ねた結果届かせた数字なのだと言う。
「其処は勿論弁えて御座る。されど拙者の持つ此の『紅爪狐火』は断ち切る刀では無く焼き切る刀故に、実体無き妖をも切り捨てる事が可能で御座るよ」
腰の物を軽く叩きながらそう言う中林殿、どうやら彼の持つ刀は火属性を練り込んだ刃金で拵えた逸品らしい。
単属性の武具は火元国でも決して珍しいと言う程の物では無いが、相手に依っては反射されたり吸収されたりする事も有り、ソレ一本有れば割となんとでも成ると言う程に便利な物では無い。
よく見ると中林殿の腰に佩いている刀は大小では無く、二本共に太刀と呼べる長さが有るように見える。
恐らくは自慢の火属性の刀と一般的な無属性の刀を二本差しにして居るのだろう。
……まぁ取り違え無く、ちゃんと使いこなして居るならばソレはソレで有りだ。
「いや、此処に出る奴の中には火属性を反射する奴も居るから、ソレは仕舞って置いてくれ。魔物が出たならば私が対処するから安心して任せてくれたまえ」
だが中林殿の相方は無惨にもバッサリとそう切り捨てたのだった。




