千二 志七郎、試練を知り課題を出される事
説教が一段落した所でお花さんは俺達に珈琲と曲奇を出し、硬い石の床に正座させられていた状態から椅子に座る様に促した。
「さて……今回の件も踏まえて貴方達四人に新たな課題を出します。丁度良い事に新規留学組の子達も基本的な座学を終えて最初の精霊との契約をしに行かせる時期なのよ。なので貴方達には彼等の護衛を基本的に武器を使わず魔法使いとして行って貰います」
一寸果実の様な香りのする珈琲を一口啜ってから、改めて口を開いたお花さんはそんな言葉を口にする。
俺達が魔法図書室で新しい魔法を写本したり、冒険者組合経由で受けた仕事をしたり、遠駆要石を開拓したりして居る間にも新規で精霊魔法を勉強し始めた者達も座学を十分に積み、実際に精霊と契約し魔法を覚える段階に入ったらしい。
俺達の様に最初から霊獣と契約するのは、精霊魔法使いとしては決して一般的な学び方では無く、本来は割と何処にでも存在して居る下位の精霊と契約するのが普通である。
とは言え人が住む街中に自然の象徴でも有る精霊が、無契約で存在して居る事は極めて稀で、精霊魔法の総本山とでも言うべき精霊魔法学会を擁するワイズマンシティの中にも当然其れ等は存在しない。
では新人はどうやって精霊との契約を結ぶのかと言えば、市街地から少し離れた幾つかの戦場に精霊の溜り場とでも言うような場所が有るそうで、其処へと護衛役の冒険者を雇って連れて行って貰うのだと言う。
つまり彼女は俺達に新人組の護衛を精霊魔法だけを使って行えと言っている訳だ。
「勿論、想定外の事態に巻き込まれて魔法だけではどうしようも無い状況と言うのも有るでしょうから、武具を持って行くなとまでは言わないわよ。ただし先ず魔法での対処を優先し魔法使いとしての戦い方で皆を護る事を考えて行動する様にね」
とは言え、今回俺達が連れて行くのは火元国から来た武士達で有り、初陣すら済ませていない者は一人も居らず、俺達が態々護る必要が有る様な弱い者は居ない筈である。
「んー、一応言って置くけれど、精霊溜まりの近くに出る魔物は、物理攻撃が無効だったり、反射したり吸収したりする様な奴が多いから、幾ら氣が扱える侍でも魔法使い抜きで行くのは自殺みたいな物ですからね」
流石は歴戦大魔法使い……顔に考えが出ない様に表情を意識的に消す訓練を続けて来た俺だが、ソレでも思考を読み解かれた様で先回りする様にそんな言葉が紡がれた。
成る程、精霊溜まりと言う場所は、その名の通り精霊の力が強い場所だと言うだけ有って、精霊に近い様な実体を持たない魔物が多く出ると言う事なのだろう。
「誰が何処の精霊溜まりに行くかは未だ決めて無いけれども、何処に割り振られても良い様にきっちり予習しておきなさいな」
にしても物理反射を持っている様な魔物が出ると言うのは大分ヤバいな、物理無効の魔物が相手でも氣を叩き込めば、無理矢理被害を通す事は不可能では無いが、反射持ちを相手にした場合には氣で高めた分まで丸っと跳ね返って来るらしい。
俺達と同行する者がどれ位の脳筋度を誇るかは解らないが、下手な者だと俺達が対応するよりも先にぶん殴りに行っても不思議は無いかも知れない。
いやいや待てよ、火元国にだって物理無効や反射持ちの鬼や妖怪は居るし、不用意に殴り掛かる様な真似をする様な馬鹿はそんなに多数派ではない筈だ。
力尽くで何でも解決出来ると本気で信じて居る様なのは猪山藩の連中位だろう。
他藩や幕臣の武士は流石に猪山藩の連中程脳筋度は高くない筈だと信じたい。
んでも火元国を旅立つ前に江戸を襲ったあの黒竜戦で見た『人間砲弾』作戦を考えると、割と全体的に脳筋度は高い様にも思えるんだよなぁ……。
「所でお花先生、誰が何処に……と言う事は、オラ達は皆バラバラに護衛に行くって事だか?」
ぽりぽりと可愛らしく曲奇を噛りながら蕾がそう問いかける。
「四属性の精霊溜まりは纏まって有る訳じゃぁ無いからね。適正検査の結果でそれぞれが行くべき場所はもう決まってるけれど、出来れば同じ日程で一気に終わらせないと後の教育日程がずれ込んで来るからね」
護衛に付けれる人材は別に俺達だけと言う訳では無い筈だが、態々分けて行動させようと言うのは、多分お花さんなりに武光と蕾やお忠の関係を色々考えての事なんだと思う。
なんせ蕾もお忠も俺の目から見ても異様に思える程に武光を盲目的に慕って居る様に思えるのだ。
ソレを猪川家の大人達は禿河の血が為せる業と静観して居るが、偶には離れた方が良い結果を生む事も有ると、ウチの縁者で二番目に永く女性をやっているお花さんが考えても不思議は無い。
御祖父様には『禿河の血が濃い者は放って置くと不幸に成る女性を惹き付ける』性質が有ると言う様な事を聞いては居るが、ソレが何処まで本当の事なのか信用出来る根拠が何一つ無いからなぁ……。
百歩譲って御祖父様が色々と画策していた上様がそうだったと言うのは事実だとしても、火元国に数え切れない程に居ると言う禿河の末裔全てがそうした性質を完全に引き継いでいると断言するのは難しいと思うのだ。
例えば禿河の血と名を持っていたにも拘らず、麻薬の抜け荷に加担し倒幕派と呼ばれる連中との内通すら疑われた貞興と言う男が居た事も有って、禿河の名を背負うからと言って必ずしも『女性を救う者』では無いと思える訳である。
しかしつい先日、マクフライ牧場で武光に惹かれた様子を見せたサリーちゃんが、俺達が滞在し守らなければ不幸に成っていたと言う事実を考えれば、此奴の血に上様と同じ様な性質を持って居る可能性は零とは言い難い。
「それに男は束縛し過ぎる女は嫌われちゃうわよ? 時には男を自由にさせてあげるのも良い女の条件よ。男って生き物は隣に自分の女が居ても、目に付く所に良い女が居ればついつい目移りしちゃう物、ソレを一々咎め立てするようじゃぁ長くは続かないわ」
蕾やお忠に女性としての嗜みを躾けて居るのは家の母上だが、お花さんだって十代前半にしか見えない容姿では有る物の一朗翁を産み育てた母親で有り、彼の父が老衰で亡くなるまで貞淑に支えた妻でも有るのだ。
彼女にだって女性として恋愛に置ける一家言有っても全く不思議は無い。
「拙者は武光様を束縛する様な真似は致しませぬ、お花先生の言う通り今回は武光様とは別の場所に向かいます」
「オラだって重い女にゃ成りたくねぇだよ。それに良い漢、強い漢は多くの女を囲うのが当たり前の事だって母様も言ってただ。実際オラのおっ父は母様以外にも何人も妃を囲ってただよ」
……うん、前世の世界とは違う一夫一婦制が当たり前の世界では無い、一夫多妻が割と普通に罷り通る場所で産まれた者達だけあって、彼女達はお花さんの言葉を随分簡単に飲み込んだ様に見える。
ちなみに猪山藩で妾や側室を持つ者が他藩に比べて極端に少ないのは、藩主がソレを持つ者が色々な理由で殆ど居なかったから……らしい。
なお御祖父様が妾や側室を持たないのは、重度の獣好きで御祖母様以外にツボにハマる相手と出会う事が無かったからで、父上の場合は単純に母上の尻に敷かれて居るからだと噂されている。
ソレ以前の御先祖様がどんな理由で妾や側室を持たなかったのかは解らないが、代々一人の妻だけで多数の子供が産まれて来た辺り、相応に精力が強かったのは間違い無いのだろう。
そ~言う意味では俺の息子さんに全く元気が無いと言う事実は、前世の俺と言う余計な中身が入った弊害なのかも知れない。
「兎に角、貴方達も何処に向かう事に成っても良い様に、精霊溜まりに出現する魔物の情報をしっかり頭に叩き込んで置きなさい。予定では三日後には新人組を契約させる為に戦場へと向かう事に成るからね」
そんな言葉で話を〆られ、俺達は残った珈琲と曲奇を手早く口へと放り込むと、早速情報集めの為に魔法図書館へと向かうのだった。




