千 前略、遥か彼方のダチ公へ
無数に並ぶ墓の一つ前に立ち経文を唱える、俺の後ろには遺族の方々が居り手を合わせて瞑目して居るのだろう。
墓の中に有るのは骨壷に入った骨だけで、其処に魂とでも言うべき者は居ない。
ウチの宗派の教えでは死した者は皆阿弥陀如来の御力で、極楽浄土へと導かれる事に成っているのだから、墓を建てるのは飽く迄も今生に残された遺族が祈る為だけ……と言う事に成る。
いやウチの宗派に限らずそもそもの仏教本来の教えでは、死した者は悟りを開き解脱に至って居なければ、『天道』『人道』『修羅道』『畜生道』『餓鬼道』『地獄道』の何処かへと生まれ変わる『六道輪廻』を繰り返すと言う事に成っていた。
六道は下に行けば行く程に苦しく上に行けば行く程幸せ……と勘違いされがちだが、生きるだけでも割と苦しい事が多い人の世が上から二番目の道で、天道ですら生老病死の苦しみから逃れられない事に変わりは無い。
死者を俗に『仏様』と称するが其処に至る事が出来るのは本来、解脱に至った者だけでソレ以外の者達は、皆六道輪廻の輪に囚われ続ける……と言うのが元来の仏教の教えな訳だ。
くたばってから遺族がどんなに金銭を積んで良い戒名を付けた所で、ソレで当人が悟りを開く事が出来る訳も無く、極楽浄土になんざぁ行ける訳が無い。
対してウチの宗派が信奉する阿弥陀如来は、その名を唱え帰依する者を尽く救い極楽浄土に導くとされているが、一応はウチの門徒で有った親友が極楽では無く別の世界に転生して居る事を知った事で事実では無いと理解してしまった。
それでもまぁ死後の世界が実在して居る事や、地獄と呼ばれる様な場所が実際に有る事、そして六道輪廻に近しい物として異世界転生が実際に有り得る物だと知れたのは、嬉しい誤算と言えなくも無い。
とは言え其れ等は飽く迄も闇社会とでも言うべき物に関わる者だけが知って良い事実で有り、一般の門徒さんにソレを伝える様な真似は出来ないからこそ、こうして墓の前で読経するなんて真似もしなけりゃ成らないんだがね。
「……御遺族の皆様お疲れ様でした」
十五分程の読経を終え、数珠を手に瞑目していた遺族の方々を振り返る。
「いえ、和尚さんこそお疲れ様でした。新婚早々わざわざお願いして申し訳有りません」
今日のお参りは命日だとかそうした物では無く、ご当主さんの息子さんが命懸けの仕事に携わる事になったから、極楽浄土に御先祖様……つまりは仏様と成ったご先祖様に加護を求めたかったからだと言う。
「いえいえ、ご子息様が危険な……しかし国民を護る大切な御役目に付くのですから、その無事を祈願するのは当然のお話ですからお気になさらないで下さい」
新婚と言われた通り、俺はつい先日四十歳を回ってとうとう年貢の納め時と相成って居た。
妻と成ってくれたのは地元出身の国会議員の娘さんで、警視庁に勤務する現役警察官だったが、とある理由により地元へと出向するのを機に結婚を決めたのだ。
まぁ……相手は結構な美人さんで俺の様な信楽焼の狸が嫁に貰うにゃぁ贅沢過ぎる相手だし、ヲタク系の趣味に対しても変な偏見を持たない人なので、良い相手と巡り会えたと思って良いのだろう。
「では、私達はこれで失礼致します。御礼の方はまた後日改めて伺います」
「はい、お疲れ様でした」
そう言って墓地を去る御遺族の方々を見送り、俺は一度綺麗に晴れ渡った空を見上げた。
おーい、遠い遠い遙か遠い三千世界の彼方に居る親友よ、本来居るべき世界へと無事に帰った事は聞いてるし、童貞を極めたお前にも許嫁が出来たなんて話も伝わってるぞ、そっちの世界は今どうなんだ?
此方の世界は色々と騒がしい事になってるが、お前が用意して送ってくれた魔法の薬のお陰でなんとか無事に生きてるぞ。
お前さんのお陰で芝右衛門の奴も大分儲けているし、彼奴も店で雇っていた娘と無事に一緒になったぜ。
彼奴の家は色々と面倒臭いしがらみは一杯有ったけどよ、俺と親父が協力した結果なんとか丸く収まった。
そしてお前の兄貴もこの間の選挙で県議の席を確保したぞ、二期くらい県で実績と経験を積んでから義父さんの地板を引き継いで国政に打って出る予定だとさ。
爺さんと親父さんも新設された国の機関に急遽ポストを貰って、また御国に奉公する事に成ったそうだ。
俺もその事業に協力する為に動物病院の営業時間を削る羽目になっちまったよ。
まぁ獣医としての仕事はやりがいは有るし、この小さな町には他に無いから急患対応と言う意味では大事な物では有るが、ちょっと電車に乗って隣町まで足を伸ばせばもっと大きな医院が有るから絶対に無ければ困ると言う程でも無い。
なんせ俺が此方に戻って来るまでは、この町に動物病院なんて無かった訳だしな。
それでも頼ってくれる患畜や飼い主さんの為に、出来る事は出来るだけしていきたいと思うが……俺の本業は飽く迄も僧侶の方だ。
坊さんして居るだけじゃぁ寺の維持費も家族の食い扶持も用意出来ないんだから副業を持つのは仕方が無い。
でもコレも元来の仏教の教え的にはアウトなんだよなぁ……僧侶は信者の方々から寄進された物だけで生活すると言うのが本来の有り方だ。
そして富を持つ者は僧侶に対して喜捨を行う事で徳を積むって図式が本当らしいが、コレは実の所仏教の教えと言うよりは仏教が産まれる下地となったバラモン教に対するアンチテーゼ的な活動をする沙門と呼ばれる修行者達に共通する事項だったりする。
そうした沙門と呼ばれる宗教活動家の中には仏教外の『六師外道』なんて呼ばれる者達も含まれているが、その辺を深く掘り下げると割と面倒なので割愛しよう。
兎角、本当は坊主は別業を持って自分で稼ぐ事はせず、僅かな寄進を手に清貧とでも言うべき生活をするのが本道なのだ。
だが残念ながらそうした仏教の有り方は、本邦には上手く伝わったとは言い難い。
なんせ戦国辺りにゃウチの宗派関係だけでも、軍を率いてガッツリ戦争ぶちかましてるし、般若湯等と名を偽って不飲酒戒を破ったり、性行為を禁じる不淫戒も守らず女房子供をしっかり残していたりする。
とは言え、坊主が嫁を貰って子孫を繋いで来たのは、妻帯を禁止していなかったウチの系列宗派だけで、他宗派は子々孫々で寺を継ぐのでは無く、弟子から弟子へと寺を継ぎ守ってきた。
そしてソレを改めたのは明治維新後の話で、実家の都合で出家せざるを得ない者が減ったが故に跡継ぎが居らず存続が厳しく成る寺が増えた事で、政府が坊主に結婚して子供に跡を継がせる様に命じたらしい。
……なお、その辺の事情は日本特有の物で、未だ仏教を深く信仰する者が多い某仏教国から来た留学生なんかに、そのへんの話をすると『日本の坊主は何でも有りか!?』とカルチャーショックを感じるそうだ。
お前が今居る世界には仏教その物が無いらしいが、日本人の価値観は割と仏教と神道の考え方が根底に有るし、その辺のカルチャーギャップで苦しんで居ないか?
前にこっちに来た時の話じゃぁメシは良い物食えてるらしいし、生活にゃぁ困って無いとは思うがね。
「さて……昼飯は何を食おうかね? 金曜日なら彼奴の所にカレー食いに行くんだが、残念ながら今日は日曜日だからなぁ」
台所に行けば色んな所から寄進された御中元の余りだとか、収穫したは良いが出荷出来ない規格外品の野菜だとか何かしら食べ物は有る。
俺が結婚した事で住職の嫁と言う重責から解き放たれた御袋は、今日はカラオケに行くとか言ってたな。
なら女房がメシを作ってくれているのかと言えば、彼女は彼女で今日は日曜出勤のシフトが入っている為に家には居ない。
取り敢えず台所に有る物を確認して簡単に作れる物で昼飯を済ませたら、今日は特に予定は無いしちょっとゲームでもやり込むかねぇ……。
そんな事を考えながら、俺は二度と会う事が出来ない程に遠い場所へと旅立った、若返った親友の顔を思い出すのだった。




