九百九十九『無題』
パパが軍隊に居た頃の仲間に馬をあげた事は決して悪い事じゃぁ無かったと思う。
自分から軍隊に入る事を選んだ人は、市街地の見回りだったり国境沿いでも比較的安全な南側近辺に配属されるけど、悪い事をして捕まって軍隊に入れられた人は、東側や北側の割とモンスターが出やすい場所に配属されるんだ。
パパは志願兵だったけれども、グランパが家の牧場で大きくお金を稼ぐ様に成った事で、地位に見合う貢献をしたい……と言って自分からそうした危険な地域に配属を望んだって前にママから聞いた覚えが有る。
激戦地と呼ばれる場所で過ごした四年間は何時もと言う訳では無いけれども、ソレでも両手の指で余る位には死ぬ覚悟をしなければ成らない時が有ったって言う話だった。
部下として付けられた悪い事をした人達は、当然パパよりも危険な戦いをしなければ為らず、大きな怪我で済めば運が良い方で、死んでしまった人もたくさんたくさん居たらしい。
そんな中でパパが馬をあげたサモンズと言う人は、一度も大きな怪我をせず数え切れない程のモンスターを倒して生き残った人だったんだ。
悪い事をしなければきっと凄い冒険者に成って居た筈だ、傭兵に成ってもきっと家の馬に乗って大きな手柄を上げて騎士様にも成れるだろう……パパはお酒を呑んで彼の事を話す度にそう言って居た。
きっと西の方の国で彼が大きな手柄を上げる事が出来たのは、きっと家の馬が強かったからだ。
だからこそ、その馬が戦場で潰れてしまった時に、また家の馬が欲しいと思ったのだろう。
……私は此の牧場の長女だ、血の繋がりと言う意味では私の下に未だ弟や妹は居ないが、パパが雇って居る従業員は皆家族なのだから、彼等の子供達は私にとって弟や妹だ。
家の牧場は軍馬だけを育てているわけじゃぁ無く、雌牛を育ててミルクを貰ったり、雄牛をお肉にしたりする仕事もしているし、罠に引っかかった兎を絞めたりもするので『死』は生活の一部だ。
けれどもその事をちゃんと理解しているのは、子供達の中では未だ私だけで下の子達は、未だソレを知るには少しだけ早過ぎる。
私は大人に成ったらパパと同じ様に一度は軍でお仕事をして、パパやグランパのお金では無く自分の力で一級市民の立場を勝ち取りたいと思っているから、馬を走らせるだけじゃぁ無く、馬に乗ったままで銃を撃つ訓練も近い内に始めたいと思っていた。
ソレが出来れば冒険者の区分で言う『龍騎兵』に成る事が出来るし、そう名乗れるだけのスキルが有れば、軍隊でもその能力に合わせて配属先や装備の優遇があるらしい。
パパも竜騎兵と呼ばれるのに十分な技術を持っていたからこそ、激戦地なんて場所でも居残る事が出来たんだって言ってたしね。
ママは軍隊の経験は無いけれど、パパと結婚する前は冒険者として活動していたと言う話で、牧草を狙って牧場に入ってくる荒野兎を捕まえる罠の腕は、その頃に身に着けた物なんだって。
軍隊で兎を捕まえる罠の腕が必要に成るかは分からないけれど、覚えて置いて損は無いとは思うんだ。
そんな事を考えながらベッドで眠れない夜を過ごして居ると……建物が揺れる程の大きな爆発が聞こえて来た。
コレは今日のお昼にパパを助けてくれた私と殆ど変わらない位の歳の子達が、牧場を護る為に仕掛けてくれた罠の音だ!
大人達はサモンズ達が襲って来た時に備えて、普段寝ている自分達のベッドでは無く、牧場内に幾つも有る建物の二階でライフルを抱えて仮眠を取る事に成っているし、直ぐに防衛戦が始まるだろう。
今、私がお姉ちゃんとして出来るのは、自分も含めて子供達が怯えて泣いたり、慌てて逃げようと外へと出たりしない様に皆を集めて置く事だ。
そう判断してベッドを出るとスリッパを突っ掛けて、ホールに有る階段へと走って行く。
家の建物はホール以外にキッチンの裏にも出入り口が有るけれど、従業員の人達の部屋が有る二階から一階に降りる為にはこの階段を降りるしか無い。
もう一つ二階と行き来する事が出来る梯子も有るんだけれど、そっちは危ないから子供は使っちゃ駄目だと言われているのだ。
「おねーちゃん!」
「ドカーンって! ドカーンてした!」
「牛さんも馬さんも大丈夫かなぁ?」
と、思った通り下の子達が上から降りて来る。
この建物の二階にもモンスターの襲撃に備えて、どっちの方向も狙える様に窓が付いていて、パパとママが戦う準備をして居た筈だけれども……思った通り子供達の面倒を見る余裕は無いみたいだ。
「大丈夫だよ、私のパパもママも皆のパパもママも悪い奴から牛や馬を護る為に今戦ってくれてるんだ。私達は皆の邪魔に成らない様にリビングで大人しくしてようね」
未だ銃の放たれる音が繰り返し聞こえてるから、敵は倒せて無いのだろう。
……倒して居る相手がモンスターじゃぁ無くて人だから、戦いが終わったとしても皆が直ぐに外へ出る様な事が無い様にしないと駄目だね。
下の子達だって普段から捕らえた兎を食べる為に〆るのを見ているから、死に触れた事が無い訳じゃぁ無い。
けれども人の死を目の当たりにするのは多分早すぎる。
いや……私だって兎は兎も角、人や人形のモンスターを殺す覚悟は未だ無い。
市街地に出かけた時に食る外食で良く入っているランチョンミートに、オークやミノタウロスなんかの人形モンスターの肉が使われている事は知っているし、軍隊や冒険者がそうしたモノと戦う仕事なのも良く知っている。
酪農家の家に生まれた私は、命を奪う事も大事な仕事で、ソレを代わりにしてくれる人が居るから、生き物を殺める事の無い人達にも食べ物が手に入るのだと良く知っていた。
食べる為に殺す、生きる為に殺す、これ等の事は全ての生き物がする事で、ソレを否定して生きる事は出来ないのだ……と言うのは、農神 シロネン様の教えだとママが前に読んでくれた本に書いてあった事だ。
ワイズマンシティには神様を祭る神殿は一つも無い、精霊魔法学会に魔神 ガーゼット様の祭壇は有名だけれども、だからと言って此の国に住む人全員が魔神様に信仰を捧げている訳じゃぁ無い。
パパは獣神 ラコタ様を敬愛していて家の厩舎にも祭壇は有る、ママがシロネン様の教えを記した本を持っているのは、ママが生まれ育った土地で信仰されいる神様だからだ。
この世界の中心に有る世界樹と言う大きな樹に住んでいると言う沢山の神様達は、皆で協力してこの世界を守っているから誰がどんな神様を信仰していてもソレで怒られる様な事は基本的には無い。
私は未だ自分が信奉するべき神様もその教えとも出会って居ないけれども、多分誰かと結婚してこの牧場を継ぐならば、パパと同じ様に家畜の護り神でも有るラコタ様を信じる事に成るのだろう。
……と、下の子達をリビングに連れて行って震えている皆を一纏めに抱きしめながら、そんな事を考えていると銃の音が止んだ。
「終わったのかな?」
「パパたち大丈夫かな?」
「おねーちゃん、見に行っても良い?」
当然ソレは皆にも伝わった様で、未だに震えながらでは有るが、そう言って窓の方へと向かおうとする。
「駄目だよ! 未だ終わって無いかも知れない! 未だ窓開けちゃだめ!」
もしも敵が銃で撃てない程に建物に近づいて居たならば、窓を開けた所から入り込まれて私達が人質にされるかも知れない。
怒鳴るのは好きじゃぁ無いけれど、今はそんな事を気にして居る場合じゃない、私はそう判断して窓に駆け寄った子の手を慌てて掴んで止める。
「首魁は討ち取った! それでも未だ死にたい奴は居るか!? 降伏するならば得物を捨てて地に伏せよ!」
それから少しして、外からそんな叫び声か聞こえて来て、その声は昼にパパを助けてくれた男の子の声だと直ぐに解った。
……私と殆ど変わらない歳なのに、大人の傭兵を倒せちゃうんだ。
そんな驚きと共に私は戦いが終わった事を悟り、安堵の溜息を漏らしたのだった。




