九百九十八 志七郎、決着を見届け後始末を始める事
「鎧を砕き臓腑を斬った、その傷は放置すれば命に関わるぞ。武士の情けとして問う、敗北を受け入れ下るならば治癒の霊薬を用いて助けよう。敗者としての屈辱を受け入れぬと言うので有れば一思いに止めをくれてやる。何方が良いか選ぶがいい」
鋼の巨人と言う西方大陸でも上から数えた方が早い魔物の素材で作られた板金鎧を叩き割り、ソレに鎧われた肉体をも断ち切った時点で勝負は付いた。
圧倒的に強固な生命力を持つ魔物ならばいざ知らず、人に類する種族とされる者達は皆、内臓に大きな被害を負った時点で、何の治療も受ける事無く生き長らえる事は、ソレこそ人類でも上位の強者である御祖父様や一朗翁とて不可能な所業なのだ。
……御祖父様辺りだと莫大な氣を回復力に注ぎ込むとか言う方法で、無理矢理生き残る様な事をしそうでは有るが、ソレだって『氣に依る治療』と言えなくも無い訳だし、例外とは言えない筈である。
ましてや歴戦の傭兵でまがりなりにも氣功使いと戦いと言える程の立ち回りが出来る技量を持つとは、言えサモンズは只人に過ぎずこのまま放置すれば奴自身が霊薬を所持して居ない限り命は無い。
降伏すればこの場で一旦治療を行いはするが、その後この場で銃殺するか、それとも軍に突き出されて司法の裁きに委ねるのかの判断は牧場主のジェームズ氏に任せる事になる。
勿論、その扱いは主犯で有る頭領のサモンズだけで無く、生き残った傭兵団全員に向かう事になるのだろうが、助命を前提に降伏勧告して居る以上は司法に委ねて欲しい物だ。
「……馬鹿な事抜かすんじゃねぇや。子供と思って侮ったのは確かに俺様の落ち度だが、この程度の傷でヘコヘコ命乞いする様なタマに見えるか? 戦闘続行に決まってるじゃねぇか! 第二ラウンドと行こうぜ! 少なくともお前だけは道連れにしてやんよ!」
けれどもサモンズの答えはその何方でも無く、砕けた鎧の隙間から溢れ出し血を気にもせずに手にした大剣を振り下ろす事だった。
勝負と言う物は勝ちを確信した瞬間が最も油断し易い瞬間で、それ故に今の奴の攻撃は割と有効な手段だと言えるだろう。
しかしソレは生まれた頃から武芸を叩き込まれ『残心』を特に大事にする火元の武士には通用しない。
微塵も油断していなかった武光は、地面を打ち砕く勢いで振り下ろされた大剣を半歩横に移動する事で躱し、
「為れば一思いにその命脈を絶つ」
打ち砕いた鎧の隙間へと再び刀を突き立て、直後に鎧の中で何かが破裂した様な音が鳴り響いた。
貫いた刃の先から氣を放出し内部から破壊する『豪破』と呼ばれる技を繰り出したのだろう。
魔物を相手にする際には素材を駄目にしてしまう可能性が高い為に、対人に置いても遺体が余りにも酷い状態に成って仕舞う為に、余程の事が無ければ使われる事の無い技だが、確実に仕留めると言う一点に置いては最も効率が良い技だと言えるだろう。
臓腑をズタズタに打ち砕かれサモンズは血反吐を吐き出し倒れ伏した。
鎧の上から内臓に氣を通す『通し』や『通打』と言う様な技法や、流派に依っては氣すら使わずに衝撃を内臓へ叩き込む様な武芸も存在して居るとは聞いた事が有るし、万能の秀才で有る武光ならばその手の技術を持っていても不思議は無い。
にもかかわらず態々鎧の同じ場所を攻撃し続ける事で防具破壊に拘ったのは、単純に鎧の上から被害を通し場合、一撃で倒せなかった時に奴は今回の様に油断し続ける事無く、警戒されもう少し梃子摺る事に成ったからだろう。
ソレが解って居たからこそ武光は敢えて鎧を少しずつ削り打ち砕くと言う迂遠な方法を選んだのだ。
その上で降伏勧告を受け入れ無かった故に、言葉通り武士の情けとして確実な死を奴にくれてやったのである。
「首魁は討ち取った! それでも未だ死にたい奴は居るか!? 降伏するならば得物を捨てて地に伏せよ!」
サモンズの死体を一度蹴り確実に死んだ事を確かめてから、武光は己の刀を高々と天に翳してそう宣言する。
すると未だ立って居た俺の前に居た二人は、手にした武器を捨て素直に地面にその身を伏せたのだった。
「驚いたな……極東のサムライは、冒険者のサムライよりも強いとは噂には聞いて居たが、真逆サモンズ程の男を相手に此処まで一方的な戦いに成るとは」
蕾の騎乗突撃で傷付き倒れた者の中で、そのまま放って置けば命に関わるだろう者に霊薬を与えていると、小銃を手にしたままのジェームズ氏がやって来た。
「決して弱い相手では無かった。奴が余を子供と侮ったのと鎧に絶対の自信を持ちすぎて居なければ恐らく、もう少し梃子摺って居たはずだ」
首領を倒した武光だったがソレで思い上がる様な素振りを見せる無く、只々相手が油断していたが故の危なげない勝利だったと口にする。
良し良し……コレで己の能力を過信する様な事を言って居たならば、後から説教の一つもしなければ成らなかっただろう。
火元国の実質的な支配者である幕府の次期将軍を自称する以上は、例え相手が歴戦の傭兵で二つ名を持つ程の者だったとしても、只人相手に勝利した事でのぼせ上がって貰っては困るのだ。
「さて、死体の始末と捕虜の管理はどうしましょう? 一応は助命を条件に降伏勧告した以上は、皆殺しと言うのは避けたいのですが……」
襲われたのは此のマクフライ牧場で有り、その責任者であるジェームズ氏に全てを決める権利が有ると言える。
俺達は偶然居合わせた冒険者が組合を通さず雇われと言うだけの立場なのだ。
「死体の始末はウチの者でやるよ。一番危険な前衛を君達に任せた以上は後始末位はやらないと、西部の男は腰抜けしか居ないと極東の者に思われる事に成るからね。そして捕虜の方は直ぐにでも街に使いを出して軍に引き取り部隊を出して貰う様に要請するよ」
攻められる前に防衛の為に軍を出して貰うのは、マクフライ市議やポテ党が権力を私的に使ったと見られる可能性が有るが、攻められた上で捕虜を引き渡すと言うので有れば、ソレは軍の普段通りの業務の範疇と言えるらしい。
「此処に残ってる死体の始末をしてくれるのは良いですが、稜線上の死体の方はウチのが仕掛けた罠を解除してからにして下さい。あの馬鹿、一寸火薬を使いすぎた見たいで大分危険な罠に成ってるようなので」
正直に言えば、後の事は全部丸投げしてサクッと眠りたいと言うのが本音だが、武光が仕掛けた埋火は彼奴が連れている闇翅妖精の黒江が居なければ何処に埋まっているのかも解らない。
ソレをちゃんと解除しなければ、此処の牧童達も同じ様に爆殺されてしまう事に成るだろう。
「武光、強敵を相手にして疲れている所悪いが埋火の解除を頼む。ソレが終わるまでは寝る訳には行かないぞ。場所の探査は四煌戌にも出来るだろうが俺の技術じゃぁ解除までは出来ないからお忠も手伝ってくれ」
仕掛けた当人で有る武光は勿論解除は出来るだろうが、俺の方は火薬と仕掛けた者の匂いで場所を見つける事は出来ても、爆破処理以外に解除する技術は無い。
その点、忍術使いで有るお忠は場所さえ解れば爆発させずに処理する事も出来る筈である。
「うむ、鳴子縄の方は即座に危険が有る物でも無いし、明日起きてから回収すれば良いだろうが、埋火の方は早急に始末しなければ危険なのは間違いないからな」
「無論、拙者もお手伝い致します。武光様に忍術の指南をしたのは拙者で御座るから、それを解除する事は十分可能で御座るよ」
罠の解除にどれ位の時間が掛かるのは解らないが、基本的に罠と言うのは『何処に有るか解らない』から危険なので有って、其処に有ると解っているならば解除するのは然程難しい物では無いらしい。
そう言う事ならば俺も解除の手順をお忠に習って置くのも有りだな。
「蕾は此処の人達と協力して捕虜の監視を頼む。流石に一度降伏した以上は無理な抵抗はしないとは思うが、万が一の時には躊躇う必要は無いからな」
戦場は年齢や性別を区別してくれない、一度戦士として扱うと決めた以上は、出来る事はやって貰う。
「解っただ。皆が戻るまでおらがちゃんと護るだよ」
とは言え、幼い少女から守られる立場だと言われたジェームズ氏は複雑そうな表情を浮かべて居る。
「よし、じゃぁ皆やるべき事をサクッとやってさっさと眠らせて貰おうか」
俺は皆の顔を見回してそう言って戦いの後始末を始めるのだった。




