蜘蛛
三月の末、少年は霊園の歩道に蜘蛛がいるのを見つけた。
敷き詰められた石の凹凸を歩き辛そうに進んでいる。茶色い体は本物の土そっくりだった。
少年は蜘蛛をかわいそうに思った。しかし見つかったのが運の尽きだった。少年は蜘蛛を踏み潰すことに決めた。
少年はしゃがみこんで蜘蛛を見据えようとする。蜘蛛はぴたりと沈黙した。
少年は蜘蛛には僕が見えるだろうかと疑った。試しに手を近づけてみると逃げ出した。追いかけて、今度は蜘蛛の乗っている石をつついた。蜘蛛はあたふたしながら走った。
少年は蜘蛛を追いかけた。蜘蛛は走り続けた。少年の足はわざと蜘蛛と並ぶように投げ出される。蜘蛛は生かされていた。少年がその気になればいつだってやれた。蜘蛛はそれでも逃げ続けていた。
するうち、少年は自分に蜘蛛を殺すつもりなんてないことに気付いた。少年にはそれが無性に嬉しかった。
少年は蜘蛛と並んで歩き出した。今までのように蜘蛛を股の間に挟むようにではなく、蜘蛛から少し離れて、それを見失わないように歩いた。
突然現れた靴が蜘蛛を隠した。待ち合わせていた少年の友人だった。友人は無邪気に笑っていた。蜘蛛は死んだ。
少年は泣かなかった。