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パーフェクト・スカイ  作者: 野宮ハルト
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第6話

「後ろ乗って行けよ」


陸の家を出て、止めてあった自転車のスタンドを外そうとしたら、そんな事を言われた。

「え…なんで?」

「無理すんなって」

陸は僕の手から自転車のハンドルを奪い取ると、そのままガレージの中に押し入れ、代わりに自分に自転車を引いて出てきた。

「本当は身体中痛いんだろ?だから、優しい陸様が乗せていってやるって言ってるんだけどな~」

そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべると、長い足をさっと振り上げサドルに跨り、大きな掌でリアキャリアをバンバンと叩いてみせた。

「ほら、情けない筋肉痛野郎はココ座れ」


ふざけた口調で話すのは照れ隠し…。

陸のそんな気遣いと優しさが嬉しいクセに、僕は拗ねたフリをしてしまう。


「またそうやって子ども扱い…」

「お前が大人だったら、俺なんかジイ様になるな」



僕が乗ったのを確認すると、陸はゆっくりと自転車のペダルを漕ぎ始めた。

目の前の大きな背中が左右に揺れると、自転車の車体が大きく振られ、まるで波間を漂うボートに乗ってるような錯覚に陥る。

数メートルも進むと、スピードに乗った車体は安定し、平らな道路を滑る様に進み始めた。


陸の腰に回した腕に、じりじりと肌を焦がす陽射しを感じ、もうすぐ夏がやって来る事を知らされた。

目の前の大きな背中に顔を押し付けると、潮と太陽の匂いがした。

陸の香りに包まれながら、自転車を漕ぐ規則的な振動に揺られていると、自然と瞼が下がってくる。


「眠かったら、そのまま寝てろ」

居眠りを始めた僕に気付いた陸は、右手でハンドルを操りながら、左手で僕の両手を掴むと、その腕をしっかり握り締めてくれた。

「絶対落とさないから、安心していいぞ」

「うん…」

陸の背中に凭れ掛かりながら、僕はゆっくりと瞼を閉じた…。



…不思議だな。

学校へ向かっている筈なのに、今日はやけに波の音が近くに聞こえる。

それに、潮の香りまでしてきて、なんだか砂浜で昼寝しているみたい…。


陸の背中に揺られながら、僕は海にいる夢を見ていると思っていた。


「あれ、あれ…!?」

目を覚ました僕の目の前には大海原が広がり、吹き付けてくる潮風も、騒ぐ波音も、身体の下に感じる砂の感触も、全てが本物だった。

…なんでこんな所にいるの?

さっきまで陸の自転車の後ろにいたはずなのに、いつの間にか僕と陸は砂浜近くの木陰にいた。


状況を理解しようと、辺りを必死で見回す僕を見て、何が面白いのか、陸はお腹を抱えて笑っている。


「おまえ、リスとかウサギみたいだな。オドオドしすぎ!」

「なんッ…で、だって、あれ…のさ?」


混乱する僕の頭には、疑問と質問と、笑ってる陸に対する怒りがちょっと含まれてて、話そうとすればするほど、おかしな音程の声が出てしまい、それが益々陸の笑いを買ってしまう。


「お…ぶはッ、なに…ってんだ!あはは…」

笑い転げる陸の制服に、砂が着いては落ちる様子を見ているうちに、この光景が夢ではないんだと理解し始めた。


「陸、なんで僕たちここにいるの?」

落ち着きを取り戻した口調で話し掛けると、陸は笑うのを止め、転がっていた砂浜から身体を起し、制服に着いた砂を払い始めた。


「凪砂…」


いつになく真剣な眼差しの陸に、僕は落ち着かない気分になった。


◇  ◆  ◇


朝飯を食い終わる頃には、青白かった凪砂の顔色も随分良くなっていた。

それでもまだ、足元がフラ付いているのは…寝不足のせいだろうか?


渋る凪砂を自転車の後ろに乗せ、学校へ向かっていると、力の抜けた凪砂の身体が徐々にフラフラし始めた。


…メシ食ったら眠くなるなんて、ホントお子様だよな。

凪砂に聞かれない様に小さく笑いながら、子供みたいにぽかぽかと熱を放つ細い腕を掴んで、落ちない様に支えてやった。


背中に凭れ掛かる凪砂の身体は、あまりにも軽くて、小さくて…。


こんな小さな身体の中に、どれだけの悩みが詰まっているんだ?

夜も眠れないほどの不安とは何だ?


危うい姿勢で眠りながら、時々ビクリと身体を振るわせる凪砂の様子に、わけの分からない感情が湧き上がってくる。


…何なんだ、この気持ち。


何も話さない凪砂へのもどかしさか?

それとも、≪親≫という立場を放棄している、波留さんへの怒りなのか?


…違う。

これは、自分自身に対する怒りなんだ。

いつも一緒にいたはずなのに、ずっと見守ってきたはずなのに、こんなにやつれるまで、凪砂の苦悩に気付いてやれなかった…役立たずな自分への怒りなんだ。


…ゴメンな。

凪砂を起こさないようにUターンすると、海に向かって自転車を走らせた…。




防風林を抜けると、子供の頃から慣れ親しんだ砂浜が現れる。

太陽の陽射しを受けて煌く波に目を細めながら、眠った凪砂をそっと背負うと、近くの木陰へと移動した。


海は俺達の全てを知っている。

楽しいことも、嬉しいことも、そして悲しいことも…。


砂浜に身体を下ろしても、凪砂の眠りは覚める事無く、規則正しい寝息を立てている。


海沿いで暮らしているというのに、凪砂の肌は透き通る様に白く、明るい色の髪はふわふわとして触り心地が良い。

「よく寝てるな…」

制服を着ていなければ、女の子でも通ってしまいそうなほどかわいらしい顔にそっと手を伸ばすと、眠る凪砂の身体がビクンと跳ねた。


「やめ…て…」

閉じた瞼がぴくぴくと動き、眉間に小さな皺が寄る。

「…おね…がい」

悪い夢を見てるのか、小さく呟く凪砂の声は、ひどく怯えていた。


「なぎ…」

悪夢に魘されている凪砂を起こそうと、肩に手を掛けたところで凪砂の目が覚めた。

「あれ、あれ…?」

「お…ぶはッ、なに…ってんだ!あはは…」

危険を察知した小動物みたいに、辺りをきょろきょろ見回す凪砂の姿が可笑しくて、ついつい笑ってしまった。



腹の底からお陰で、ざわついていた気持ちが少しだけ落ち着いたけど、それでもやっぱり不安だった。

…俺は、凪砂の力になれるか?

自分に問い掛けながら、そっと凪砂の名前を呼んだ。


「凪砂…」

俺の緊張が伝わったのか、凪砂の顔が少しだけ強張った。

「なに…?」

「俺って…俺じゃ、おまえの力になれないのか?」


本当は色々問い詰めてみたかった。

おまえを苦しめているものや、おまえを強がらせてしまうもの…何でも良いから知りたかった。

なのに俺の口から出るのは、そんな言葉だった。


「どういう…事?」

「俺…さ、ずっとおまえの側にいるのに、何の力にもなってやれてねえなぁ…って思ってさ」


…何と言ってやればいいんだろう?

上手く言葉を選ばなければ、こいつの口は貝のように閉じてしまう。


「そんな事ないよ。僕は陸が側にいてくれるだけで心強いよ。 それだけで十分だよ…」

そう言って俺に向けた顔には、嘘臭い笑顔が浮かんでいた。


…また強がってる。

無理に笑う凪砂の顔なんて見たくないから、両頬を指で摘みながら左右に引っ張って、嘘臭い笑顔を消してやった。


「ホントにそう思ってるのか?」

「おもっ…へる…」

真面目に質問したのに、答えた凪砂の声があまりにも可笑しくて、どちらからともなく笑いが漏れた。



「凪砂…」

…おまえの笑顔を守りたい。

「なに?」

「俺が側にいるから」


困ったことがあったら、辛いことがあったら、俺が力になってやる。

何かあったら、いつでも駆けつけてやる。

ずっと見守っていてやる。


…今の俺には、それしか出来ないけど。


俺を見詰める凪砂の顔に、泣き出しそうな表情が浮かんだ…。


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