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パーフェクト・スカイ  作者: 野宮ハルト
24/25

第24話


凪砂がこの街へやって来たのは、小学校へ上がる年の事だった。


凪砂の第一印象は、色が白くて小さくて、くるくると表情を変える大きな瞳が印象的な、とてもかわいらしい≪女の子≫だった。

七海くんの影に隠れながら浮かべる、はにかんだ笑顔に惹かれ、俺はすぐに凪砂を好きになった。

しかし、その後直ぐに凪砂が≪男の子≫だと知らされ、少し残念に思ったけれど、それでも凪砂に対する好意は変わらなかった。


凪砂と初めて会った時に感じた、胸が疼くような気持ちが何なのか…今ならすぐに分かるけど、あの当時の俺は子供だったから、≪好き≫という気持ちに違いがあるなんて知らなかった。

親を≪好き≫だと思う気持ち、友達を≪好き≫だと思う気持ち、漫画やおもちゃを≪好き≫だと思う気持ち…それぞれに対する思い入れに違いはあったけれど、≪好き≫という気持ちはあくまでも≪好き≫でしかなかった。


そんな単純な思考回路のお陰で、凪砂の事を変に意識する事も無く、上手く付き合って来れた。

同じクラスだった時も、別のクラスに分かれた時も、休み時間や放課後は必ず一緒に居たし、凪砂の姿が見えなければ、学校中を必死で探し回った。


人目を惹く容姿をしていた凪砂は、かわいいもの好きな女子には好かれ易かったけれど、それを快く思わない男子には疎まれていて、時に小さな嫌がらせやいじめを受けていた。

そしてそれは陰湿にも、周囲の目を盗んだ場所で行われていた。


人見知りで大人しいクセに、変なところで意地を張る凪砂は、どんな目に遭っても誰にも相談せず、それを自分の中に仕舞い込もうとした。

しかし嘘が吐けない性質の為、そんな時には必ずといっていいほど挙動不審な態度をとるから、何が起きたかすぐにバレてしまうんだ。


『誰にやられた?』なんて問い詰めても、凪砂は頑として口を割らないから、俺は凪砂をいじめたりからかったりしそうな奴等にあたりを付け、片っ端から懲らしめてやった。

そんなやり方をしてれば、関係ないヤツまで巻き込んでしまう事もあったけど、それはそれで仕方が無いと思っていた。

そして、そんな事してるのがバレたら、後で凪砂に散々怒られると分かっていても、やらずにはいられなかった。


あの時は、≪凪砂を守るのが俺の使命≫…なんて思っていたけれど、今になって思えば、それは正義感なんて綺麗な気持ちじゃなくて、子供ながらに感じた≪嫉妬≫という醜い気持ちから生まれたものだったんだ。

好意にしろ悪意にしろ、ガキだった俺は、凪砂に近付くヤツが許せなかった。

『凪砂は俺だけのもの』、なんて気持ちでいた事を、凪砂は知らないだろうな…。



友情の延長線上にあるような気持ちが、本物の恋へと変わったのは…いつの頃だっただろう?


友人達が異性に興味を示し始め、淡くてあどけない恋愛話で盛り上がり出しても、俺の中には凪砂しか居なかった。

学年が上がり、恋愛話よりも性に関する話題が増え始めても、相変わらず俺の中には凪砂しか居なかった。


そして…凪砂の夢を見て目覚めたある朝、俺は自分の身体に起きた異変に気が付いた。

その日の俺は…凪砂相手にイヤラシイ夢を見て、自分の性で下着を汚していた。



きっと…それがきっかけだったのかもしれない。

凪砂を≪幼馴染≫以上の存在として意識するようになり、自分の中にある気持ちを、≪恋愛感情≫として認めるようなったのは…。


とはいえ、相手は凪砂。


病弱で、学校を休みがちな上、いつも俺が側に居たせいで、他の奴等と交流を持つ機会が少なかった凪砂は、実年齢よりも精神的に幼いところがあった。

そんな凪砂に、『おまえが好きだ』なんて言ったところで、俺の本心なんて通じやしないし、逆に『僕も好きー』なんて人懐こい笑顔を返されるのがオチだ。

自分の気持ちを伝えたせいでヤキモキしたり、変に意識したりしたくなかったから、ずっと俺は、面倒見の良い≪幼馴染≫を演じてきた。

そんな俺の気持ちも知らず、無邪気にじゃれつく凪砂の匂いと体温に、何度も惑わされそうになり、その度自分を必死で抑えた。


それがどれだけ辛かったか…なんて、今更言う気は無いけれど、心身共にかなり辛かった事だけは覚えている。



…今はまだ幼いけれど、そのうち異性に対する感情が芽生え、誰かを好きになってしまうかも。

…そんな事になれば、俺なんて必要なくなるかも。


常に不安な気持ちを抱えながらも、俺は凪砂を見守る事に徹してきた。

それは、同性である凪砂に恋をした俺が、≪幼馴染≫として唯一してやれる事だと思ったから…。



七海くんの事があり、凪砂の家族がバラバラになってしまった時には、自分の事のように胸が痛んだ。

日を追ってやつれて行く波留さんと、無理に笑おうとする凪砂。

見守ると決めたはずなのに、凪砂達の異変に気付いた時には、既に事態は最悪ところまで進んでいて、俺の出る幕なんて何処にも無かった。


…何やってんだ、俺。

ぐったりとした身体、痛々しく腫れ上がった顔・・・凪砂の痛ましい姿を見た時には、自分の無能と非力を恨み、後悔した。

…こうなる前に、何で俺に相談してくれなかったんだ?

全ての苦悩を一人で抱え込んでしまった凪砂を思うと、涙が止まらなかった。

むせ返るほど溢れ出た涙はきっと、流すことさえ出来なかった、凪砂の涙だったのかもしれない。


そう思ったら…また泣けた。



波留さんが入院してる間、うちで凪砂を預かる事になった時…正直、俺は喜んでいた。

こんな時に不謹慎だと分かっていても、凪砂と常に一緒に居られると思うだけで、胸の高まりを抑える事が出来なかった。

だから俺は…告白した。

きっと凪砂も俺を受け入れてくれると思って…。


けれど凪砂がくれた答えは…思っていたものと逆だった。

俺を好きだけど、それでも受け入れられない。


…そう、そうだよな。

父親が入院して不安な時に、いきなり≪好きだ≫なんて言われたり、キスされたら、誰だって引くよな?

まして相手は幼馴染で同性…いくら好きでも、受け入れられない事だってある。


だけど俺は…諦めない。

たとえこの気持ちが受け入れて貰えなくても、今迄ずっとしてきたように、これからもずっと凪砂を守り続ける。

涙も流せないほど辛い思いなんて、二度とさせない。


だから…俺の気持ちに、無理に応えようとしないでくれ。

側にいさせてくれれば、それでいい…。


そう思った…。


◇  ◆  ◇


ぎゅうと抱き締めた身体は相変わらず華奢で小さいけれど、以前のような骨っぽさは無くなり、少しだけ逞しくなっていた。


「そんな大事な事、何でこんなトコで言うかな?」

「え…?」

「俺さ、今無性にキスしたいんだけど…」

凪砂を胸に抱き締めながら周囲に視線を走らせれば、沖に、浜に、見知った顔が見え隠れする。


「だ…だってここには、みんな居るから…」

「ああ、それが困るんだって」

「それにここは、僕達を育ててくれた場所だから…嘘吐けない」

「凪砂?」

「僕はずっと、自分の気持ちに嘘吐いてきた。苦しい時、悲しい時・・・心配してくれる陸の前で強がって見せた。大丈夫だよって嘘吐いてた。だけどホントは…大丈夫じゃなかった。陸の胸で泣きたかった。助けてって言いたかった…」

俺の腰に腕を回し、潮で濡れたウエットの胸元に凪砂が顔を埋めると、胸の奥底から熱いものが込み上げてくるのが分かった。

「いっぱい嘘吐いてきちゃったから、何を言っても信じてもらえないと思ったらから…僕の本当の気持ち、陸にちゃんと伝えるには…ココしかないと思ったんだ」

「凪…」

俺の胸から顔を上げた凪砂の瞳には、強い意志と、真っ直ぐな気持ちと、沢山の涙が溢れてた。

「ばか…何泣いてんだよ」

「だって…」

「凪砂が何を考えてるか位分かってた。無理してるって事も、我慢してるって事もひっくるめて…全部。それに…自覚無いかもしれないけど、凪砂の嘘って全部バレバレなんだよね」

「う…そ…」

潮で濡れた髪を梳いてやると、凪砂の顔がみるみるうちに赤くなっていく。

「ホント、昔から変わらないよな、そういう所…」

「わ、分かってて、知らない振りしてたの?」

「んー?そうだけど…立ち入って欲しくなかったんだろ?家の事とか…」

「そうだけど…」

「これからはもう、嘘なんか吐くなよ。俺が苦しくなるから…」

「ごめ…」


謝ろうとする凪砂の身体ごと海面へ倒れ込むと、驚いてる顔を引き寄せ、水中でキスをした…。



「ヒド…ひっく…イ、りく…ひく、の…バカ」

塩辛いキスに驚き、沢山の海水を飲んでしまった凪砂が、泣きながら怒ってる。

「大丈夫か?」

「じゃ…ない…」

片手には2人分のボードを、もう片方の手には凪砂の手を握り歩いていると、あちこちから「凪砂を泣かすな」とか「何やらかしたんだ」なんて声を掛けられる。

「ヒドイのは凪砂の方だろ?あんな場所で愛の告白してくるなんて…不意打ち過ぎ。これでも自分を抑えた方だと思うぞ」

「う…それは」

涙と潮で目の淵を赤くした凪砂の顔が、どんどん赤くなっていく。

「なんて…ホントは、スッゲー嬉しかった。凪砂の口から、ちゃんと気持ちを聞く事が出来て」

「陸…」

「俺が凪砂の太陽だって言うなら、凪砂は俺の空だな」

「僕が…空?」

「そう、空だ。凪砂はこの空と同じように、広い心と、澄んだ気持ちを持っている」

「そんな事…無いよ」


凪砂の笑顔は真夏の空のように青く澄んでいて、見ている者の気持ちを惹きつける。

落ち込んだり悩んだりしている時には、曇天の空のように表情まで曇る。

そして、嵐の様に泣いた後には必ず、雲ひとつ無い青空が広がる。


「おまえが居なけりゃ、俺だって居られないぜ?」

「それって…」

「空が無けりゃ、太陽だって宇宙に居られないだろ?それと一緒」


空の無い太陽も、太陽の無い空も、どちらもそれだけでは存在出来ない…。


『僕達って、二人揃って完成品っなんだって。一人だけだと、なんか半端なカンジがするんだって』

俺から離れようとした凪砂に桂さんが掛けた言葉は、今交わした言葉をそのまま表現してる。

もしかしたら桂さんは、俺達がこうなる事を予想していたのかもしれない。

じゃなきゃ、そんな言葉浮かばねえよな…つーか、ただ単に2人揃ってワンセットだと思われてるだけか?


でもまあ、いずれ話さなきゃいけない日が来るだろうけど、それまでは…。



「明日の朝、早起き出来るか?」

「早起き…って、何があるの?」

「たまには朝の波に乗ろうかと思ってさ…」

「わ、それしたいッ。頑張って早起きする」


明日の約束をしながら海を振り返れば、水平線に沈む太陽が、辺りをオレンジ色に染めていた…。


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