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パーフェクト・スカイ  作者: 野宮ハルト
20/25

第20話


「大丈夫かなあ…」

「あの2人なら大丈夫だろ」


陸と僕は、海を一望できる場所に据えられたベンチに腰掛けながら、売店で買ったスナック菓子を摘んでいた。


「でも…」

「会う気がなけりゃ、此処まで来るはずないだろ?」

「そうだけど…」


スナック菓子の袋へ伸ばした手を止め、自信なさ気に俯くと、励ますように肩をポンと叩かれた。


「この際だから、腹の中に溜め込んでるもの、洗いざらい全部ぶちまけちまえばいいんだ。そうすりゃ、お互いの気持ちが見えてくんだろ」

「だけど…そんな事して、ケンカになっちゃったら…どうするの?」

「ったく…お前達ってさ、ホント似た者親子だよな。素直なくせに案外頑固、他の人の前じゃ強がるくせに、影でうじうじ悩んだ挙句、自分が一番悪いんだって思い込む。どうだ、当たってるだろ?」


陸は、太陽みたいに明るい笑顔を浮かべると、大きな掌で僕の頭をくしゃりと撫でた。


「僕って頑固なのかな?確かに強がっちゃうけど、うじうじは…してないよ」

「そうか?思い込みの強さは天下一品だと思うけどな」



ママが家を出て行った日から、僕は強がる事で虚勢を張って、寂しさを紛らせてきた。

悲しみに暮れて涙を流せば、周りの人まで不幸になると信じ、どんな事があっても泣かない様にして、嘘の笑みを貼り付けてきた。

日を追う毎に変わっていくパパの態度や、日々の生活への不安はおくびにも出さず、何事も無い風を装ってきた。


そうする事が一番だと思い込んだ結果が、こんな事態を招いてしまった。

もっと早い段階で周りの大人に相談していれば、こんな事にならなかった。


パパが入院したと聞かされてから、僕はずっと後悔してた。

我慢したり、強がったりする事も時には必要だけれど、それも限度を超えれば、却って周りに迷惑を掛けてしまうという事を思い知らされた…。



「本当だ…。やっぱ、僕ってうじうじしてる」

陸の言葉を認め、隣に座る大きな身体を見上げたら、僕を見詰める瞳が切なげに揺れた。

「だろ?でもなあ…」

言い澱んだ陸は、自信に満ち溢れていた顔を曇らせると、ふうと小さな溜息を吐いた。


「正直…ショックだったんだぞ…」

「…なにが?」

「桂さんに電話で呼び出された日…」

「あ…」


その日僕は、陸のサーフィン仲間である直幸くんに、陸を縛り付けてばかりいないで、いい加減に自由にしてやれと言われた。

手の掛かる僕が側に居るせいで、陸は彼女を作る事も出来ないと言われた。

その言葉がきっかけで、僕は陸の元から離れることを決意した。


陸の為を思って…。


「何 かあればすぐに泣きついてきたくせに、近頃のおまえはちっとも泣かなくなった。いや、正確に言えば、泣きたいのを我慢して、無理に笑ってみせようととして る。そんな姿見せられたら、力になってやりたいって思うだろ?それがダメなら、せめて話だけでも聞いてやろうって思うだろ?俺の前では我を張らず、素の凪 砂を見せて欲しいと思ってたのに、おまえはいつも『大丈夫』の一点張りで…。俺は自分の無力さや、不甲斐なさを思い知らされたよ。そんな時、俺以外のヤツ の前で泣いてるおまえを見て…正直、あの時は桂さんに嫉妬したね。いや、殺意覚えたかも…」

「あれは…」


陸から逃げ出し、あてもなく彷徨っていた時、たまたま桂さんと出くわした。

日に焼けた肌や潮の香り、逞しい腕とやさしい言葉が、亡くなった兄を連想させ、堪えきれなくなった涙が溢れてしまったんだ。


「俺ってそんなに信用無いか?」

「そんな事ないよ」

「隠し事は無しにしようぜって言っただろ?」

「うん、そうだったね…」

その約束をした時は、もっと深刻な事態になったら相談しようなんて考えてた。


だけど事態は、その後直ぐに急変したんだ…。


◇  ◆  ◇


病院の庭に据えられたベンチに座り海を眺めていたら、談話室へ戻るようにと、陸の携帯に連絡が入った。


「話がついたのかな?」

「案外早かったな」

腕にはめた時計で時間を確認したら、談話室を出てから1時間も経っていない事が分かった。


「なんか…早すぎる気がする」

3年間という空白を、1時間にも満たない時間で埋められるものなのかと不審に思いながら談話室へ戻ると、穏やかな笑顔で笑い合うパパとママに出迎えられた。


「随分時間掛かったな。どこまで行ってたんだ?」

「陸とお菓子食べながら、海見てた…」

「そうか、ここは景色がいいからな」

「うん…」


パパとママ、雄介さんと尚子さん、陸と僕…。

久し振りに揃った人達をの顔をぐるり見渡すと、懐かしさに胸が熱くなる。

和気藹々とした雰囲気に包まれていると、時間が逆戻りして、昔に戻ったような錯覚に陥ってしまう。


「ほら、そんな所に立ってないで、座ったら?」

「う、うん…」

尚子さんの言葉に促されてテーブルの側へ近付くと、空いた椅子を引いてくれたパパの手が僕の身体に触れた。

「あ…」

自分から抱きついた時は何でも無かったのに、不意を突かれて触れたパパの手に、僕の身体がビクリと震えた。

「どうした…凪砂…?」


…どうして?

僕に触れたパパの手の感触を、一瞬だけれど、恐いと感じてしまった。


「何でもない…」

不意に感じた恐怖心を、じわりと滲み出る嫌な汗と共に拭い去りながら、パパの隣に腰を下ろした。



「迷惑掛けて、すまなかった」

全員が席に着くのと同時に、パパはテーブルに頭を擦り付ける様にして頭を下げた。

「雄介、尚子…居てくれて助かった。ホント、感謝してる。陸…酷い事言って悪かったな。どうか許してくれ」

「なんだよ、急に改まって…」

「波留さん…」


ひたすら頭を下げるパパの態度に、陸達親子の顔に困惑の表情が浮んでいく。


「凪砂…ダメな父親でゴメンな…」

膝の上に置いていた手をぎゅっと握られたら、息が少しだけ苦しくなった。

「寂しい思いさせてゴメンな…」

目に薄っすらと涙を浮かべ、必死で謝り続ける姿は、僕の知ってるパパじゃないみたいで…もっと恐くなった。

「イヤ…」

パパの手を振り解き、ガタンと音を立てて席を立つと、パパの目が大きく見開かれた。


「凪砂…?」

「イヤだ、こんなのイヤだッ」


海と仕事しか見なくなったパパ。

お酒に走ってしまったパパ。

僕を無視するパパ。

僕を殴るパパ…。


七海兄ちゃんが亡くなり、ママが去って、パパと2人で過ごした3年間はとても辛く寂しかったけど、それでも僕はそこを何とか乗り越えた。

こんな僕でも出来たんだから、パパもきっと乗り越えられると思ってた。


「そんなの…パパじゃない…」


たとえどんなに時間が掛かっても、いつか必ず、昔の様な精悍さと誠実さを備えた、カッコいいパパに戻ると信じてた。

それなのに、目の前にいるパパはとても弱々しくて、ぺこぺこと頭を下げる姿が卑屈に見えて…嫌だった。


「パパは…僕のパパは…」

どんな波でも平気な顔して乗りこなせると思ってたのに…。

僕の流した涙が、ぼたぼたと音を立てて床に落ちる。


「カッコ悪いだろ?だらしないだろ?これが今のパパなんだ…。辛い現実から目を逸らすため、酒に走った結果が…コレだ」

自嘲気味に笑うパパの姿に、僕の胸がズキリと痛んだ。

「イヤ…」


「凪砂ッ」

強い口調で僕の名前を呼ぶ雄介さんの声で、はっと我に返った。


…そうだった。

病院へ入る前、雄介さんに注意されたじゃないか。

パパは禁断症状が治まったばかりで、精神的にも肉体的にも衰弱している状態だから、どんな反応を示すか分からないって。

ずっと後悔しながら治療を受け、一人で頑張ってきたから、パパを励まして欲しい、支えになって欲しいと。

どうか責めないでやって欲しいと…。


会いたいと願ったのは僕なんだから、ちゃんと現実を受け止めなくちゃ。


「ゴメンなさい…」

「おまえが謝る必要なんてない。酷い事したのは俺なんだ、嫌われて当然だ…」

「違う…」

「今更…何を言っても無駄だよな」

深い溜息を吐くパパの顔は、全ての罪を認め、裁きを待つ人の様に見えた。

「そうじゃない…」

「凪砂…?」


そろりと腕を伸ばして、病院着の袖口を掴むと、ごわごわした布地の感触に何とも言いようのない気持ちが生まれる。

「僕はパパが好き、大好きだよ。だから謝らないでッ」

パパの首に腕を回してぎゅうと抱きついたら、業務的な洗濯物の匂いと、消毒薬の匂いがして切なくなった。

「パパだって、凪砂が大好きだ…」


そっと背中に手を回し、宥めるように擦るパパの掌の感触と、僕を気遣ってくれるやさしい声色だけは変わっていなかったから…また泣きたくなった。



僕が落ち着きを取り戻すと、パパのこれからについて雄介さんが説明を始めた…。


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