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パーフェクト・スカイ  作者: 野宮ハルト
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第2話

「よしッ、行くか!」

右手にサーフボードを抱えた陸が、左手で僕の手を引っ張りながら、冷たい海の中へざぶざぶと入っていく。


「陸ーッ、やっぱ止めたいよー」

冷たい海水と、身体を揺さぶる波の感触に怖気づいた僕は、腿まで浸からないうちに弱音を吐いた。

「今更何言ってんだ?ぐだぐだ言ってねーで、さっさと来いよッ!」

両足を思い切り踏ん張って、これ以上連れていかれないように抵抗すると、僕の手を握る力が一瞬緩められた。


「仕方ねーな…」

陸は面倒臭そうに舌打ちしながら、僕の身体を肩に担ぎ上げてしまった。

「うわーッ!下ろせ、バカ陸ーッ!」

担がれた肩がお腹に食い込んで苦しいから、目の前にある大きな背中をポカポカと殴っても、陸の身体はビクともしない。



「おーッ、ついに凪砂姫の登場かー!」

「お姫様だぞ、もっと大事に扱えよ!」

指笛を吹きながら、からかうように声を掛けて来たのは、子供の頃からお世話になっているローカルサーファーの皆さん。


この時間帯の海に入っている人の大半が、地元で仕事をしている人達。

本当なら朝のいい波に乗りたいところなんだろうけど、そこは社会人、仕事優先。

誘う潮風をぐっと堪えながら働いて、夕方の海にくり出すんだ。



「やっとやる気になったって言うから連れてきたのに…間際で駄々こねだしたんスよー」

そう言う陸の顔はきっと、真っ黒な肌に真っ白な歯を光らせて、太陽みたいに二カッと笑ってるはず。


初めて出会った時、僕は陸の笑顔が大好きになった。

ニコニコ、見ているだけで幸せになれる、そんな陸の笑顔が大好きになった。

陸はいつでも僕の側にいてくれる、兄さんみたいに僕を守ってくれる…。



「よお凪砂、なんで乗る気になったんだ?」


パドリングしながら近付いてきたのは、僕達より5歳年上のかつらさん。

現在大学4年生の桂さんは、

『今年は就活だから、これ以上日焼けできねーな!』

なんて言ってたくせに、ウェットと肌の境が分からない位日焼けしてしまっている。

そんな桂さんの姿を見ていると、ちゃんと就職できるのかな…?なんて、心配になる。


「なんでって…なんとなく…」

「おい、陸!いい加減下ろさないと、凪砂の顔真っ赤だぞ」

陸の肩に担がれたままだったせいで、僕の頭には血が上っていて、意識が朦朧とし始めていた。

そんな僕の状態に気付いた桂さんの言葉に、陸は慌てて僕を肩から下ろした。


「ワリい、大丈夫か?凪砂…」

そう言って、僕の目線まで腰を落とし、心配そうに覗き込む…陸の表情が嫌いだ。

そんな顔して心配されたら、子ども扱いされてる気がするから…嫌なんだ。


陸と僕は同い年だけど、サーフィンで鍛えられた身体を持つ陸と僕では、かなりの体格差がある。

2人並んで居ると、兄弟どころか、親子と間違えられたりする事もある。

それはそれで仕方ないって諦めてるけど、せめて陸だけは、僕の事を同等に扱ってくれたらいいのに…。



「陸の先生振り、じっくり拝見させてもらおうかな~」

ニヤつく桂さんの周りに、顔見知りのサーファー達がどんどん集まって来た。


「何ならオレが教えてやるぞー!手取り足取り、何でもなー。わはは…」

「お、それなら俺が教えてやるぞ」

一人が何か言うたびに、どっと笑いが起きる。

「うるせえ、黙ってろ!それと、凪砂に余計なこと教えんじゃねーぞ」


わいわい騒ぐ大人達を前に、陸の顔が引き攣り、赤くなった様に見えた…。


「うるさい外野は置いといて、さっさと始めちまおうぜ。こんなトコでじっとしていたら、風邪引いちまう」

「うん…」

ウェットに覆われた部分はそれ程でもないけど、冷たい海水に曝された爪先は少し感覚が鈍くなっている。


「よしッ」

陸は僕を抱きかかえると、水面に浮かぶサーフボードの上にちょこんと座らせた。


「いつも俺達のライディング見てるから、ちゃんとイメージ出来てんだろ?よし、あの波に乗るぞ!」

陸は瞳をキラキラさせながら、波が起きる沖をじっと見詰めていた。


そんな陸の横顔も、キラキラと輝いて、眩しかった…。


◇  ◆  ◇


だんだん強くなる風と、鉛色の空…。

テレビの中ではさかんに、『今年最大級の台風』が来たと伝えている。

遠く離れた場所に上陸した台風の余波で、岸に寄せる波は大きくうねり、強風に煽られた海面には白波が立っていた。


気圧のせいなのか、それとも波のせいなのか…台風に備え息を潜めた町の中を、熱に浮かされたような表情をしたサーファー達が海へ向かう。



「よーし、そろそろ行くか!」

一人の若者が声を掛けると、

「おうッ!」

他のサーファー達がその声に応え、荒れる海へ向かって繰り出して行った。



「ダメだ、絶対に入るんじゃないぞ!いいな」

「えー、俺達だって行きたいよ!すッげーいい波来てるし…」

口を尖らせむくれる七海と陸を睨み付けると、波留の口調がさらに厳しいものへと変わる。

「海をなめるんじゃない!おまえ達みたいなひよっ子がこんな海に入ったら、波に揉まれて、あっという間に海の底だ」


滅多に見せる事のない波留の厳しい表情と口調には、有無を言わせない迫力があり、そんな波留の姿を目の当たりにした少年達は、黙って海を眺めているしかなかった…。



昔…パパの大事な友人が、海で亡くなったと聞いた事がある。

大事な友人を奪った場所であるはずの海に、どうして挑もうとするの?

それは…友人を奪った海と戦いたいから?

それでも…やっぱり海が好きだから?


大切なものを亡くす事の辛さと痛みを、誰よりも知っているからこそ、半端な気持ちで海に出ようとする事をパパは許さないんだ。



僕はいつも、陸と七海兄ちゃんが、果敢に波に挑む姿を眺めているだけだった。

本当は僕だって、二人と一緒に波に揉まれてみたい、太陽に焼かれてみたい…そんな気持ちでいっぱいだった。

だけど、僕は小さな頃から喘息に苦しんでいて、激しい運動をした日は、決まって酷い発作を起こしていた。

そんな僕の身体を心配したママは、サーフィンをするどころか、海に入る事すら許してくれなかった。


二人が海に入っている時、僕は塾に通わされていた。

塾がない日は砂浜に腰を下ろし、波と格闘する二人を見詰めていた。


時折浜辺に現れては、海に入る事無くぼんやり海を眺めている僕の事を、誰が言い出したのか、『渚の凪砂姫』なんて呼ぶようになっていた。

男なのに『姫』なんて呼ばれるのはスゴク嫌だったけど、そんな風に呼ばれてしまう原因は僕の顔にあるんだ。


七海兄ちゃんはパパ似で、背が高くて、キリリと引き締まった顔が男らしくてカッコいい。

だけど僕はママにそっくりで、いつまで経っても伸びない背と、白い肌、くりくりとくせのある茶色い髪、女の子に羨ましがられるほどクリンとしてる睫毛…。

ママのことは大好きだけど、女の子みたいなこの顔は…大嫌いだ。


僕もパパや七海兄ちゃんみたいに、男らしい顔になりたかった。

陸みたいに元気な男の子になりたかった。

照り付ける太陽の下、波に揉まれて遊ぶ二人の姿は僕の憧れだった。


どんなに望んでも、それを手に入れる事はできなくて…。



毎日のように波と格闘していた陸と七海兄ちゃんは、めきめき上達していって、時折ローカルの大会に参加するようになっていた。


陸と僕は友達だ。

だけど、日増しに成長していく陸の姿を見ていると、僕達の間に見えない溝が出来ていくようで、何だか…恐かった。


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