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パーフェクト・スカイ  作者: 野宮ハルト
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第1話

ふわふわの茶色い髪を風になびかせ、必死で自転車を漕いでいる少年が一人…。


制服姿の華奢な肩に掛けられたエナメルのスポーツバッグが、自転車を漕ぐ度、腰の辺りでポンポンとリズミカルに跳ね上がっている。


何をそんなに急いでいるのか、一時停止の標識も無視して道路へ飛び出せば、危うく車と衝突しそうになってしまう。

それでも尚、自転車の速度を緩めることなく、ぐんぐんペダルを漕いで行く。


そんな彼が急ブレーキを掛けて止まったのは、一人の少年の前。



凪砂なぎさ、遅いぞーっ!遅いから、みんな先に行っちまったぞ」

自転車に跨った少年が笑いながら声を掛けてきた。


凪砂と呼ばれた少年とは対照的に、真っ黒に日焼けしたその少年は、引き締まった身体にウェットスーツを纏い、跨った自転車の横にはサーフボードが据え付けられていた。


「ゴメーン!りく、先生に捕まっちゃって…」

凪砂と呼ばれた少年は、約束の時間に遅れたことに悪びれた様子もなく笑っている。


華奢な身体と色白な肌に、くりくりとした茶色い瞳…学生服を着ていなければ、少女と言っても通じてしまいそうな可愛らしい容貌をした少年の笑顔には、思わず見惚れてしまう、不思議な魅力がある。


陸と呼ばれた少年は、仕方がないなといった様子で肩を竦めると、

「じゃ、行くぞ!」

スロープ状になった歩道橋に向かって自転車を漕ぎ出した。

「あ、まってよ!」

その後を追うように、凪砂もまた自転車を漕ぎ出した。



海沿いの道路に架かる歩道橋を渡り、防風林を抜けると、目の前に広がる大海原。

夕方の海には、波待ちをするサーファーの姿が、あちらこちらに浮かんで見える。

海へと続くコンクリートの道が途切れた所で自転車を降りた2人は、サーフボードと自転車のカゴに詰め込まれた荷物を手に、波打ち際へ向かって歩き出した。



「これに着替えろ」

抱えていたサーフショップの袋からウエットスーツを取り出すと、陸はそれを凪砂に渡した。

「これ直に着るの?水着は穿かないの?」


陸の着替える姿を散々見てきてたくせに、いざ自分が身に着ける番になると、どうしていいのか分からず、戸惑ってしまう。


「んなもん穿くわけねーだろ。それとも何か?俺のお古は穿きたくないって事か?」

「え、そうじゃないけど…」

陸にジロリと睨まれた凪砂は、制服のボタンに渋々手を掛けた。




陸は僕の幼馴染。

海風に包まれたこの町で育ってきた僕達にとって、目の前に広がる海も、白い砂浜も、自分の庭のようなもの。

海は、打ち寄せる波を見ているだけで穏やかな気持ちになれるし、沈んだ気持ちを明るく、楽しいものにしてくれる素敵な場所。


だけど…どんなに綺麗に見えても、決して海を舐めてはいけないんだ。

海辺で育った僕達は、その恐ろしさを十分に知っている。


ううん…そうじゃない。

あの日僕達は、その恐ろしさを嫌というほど思い知らされたんだ…。


◇  ◆  ◇


「よーし、七海ななみ、陸。テイクオフする時はな、パドリングが軽くなった瞬間だぞ、よーく覚えておけ。焦って立とうとしたってダメなんだ。ちゃんとスピードに乗ったら、ボードが安定するからな。次の波が来たら思いっきりパドリングだぞ!」


小さなサーフボードに跨り、波待ちをしている少年二人に指示を出しているのは、20代後半の男性。

綺麗に締まった筋肉を持つ身体は、潮と太陽に焼かれて小麦色に輝き、精悍な顔の中に浮かぶ優しげな瞳からは、スポーツマンらしい爽やかさと率直さが滲み出ている。


「うん」

「わかった」

少年達は男性の言葉に真剣な表情で頷くと、沖に視線を走らせた。


沖からうねり寄せる波が、ボードのテールを押し上げるのを感じ取ると、少年たちはその波に合わせ、幼い腕を動かし必死でパドリングを始めた。


「今だ、立て!」

波とのタイミングを見計らった男性が、二人の少年に向かって叫んだ。

少年達は男性の合図と同時にボードの上に立ち上がると、小さな身体全部を使ってバランスを取り、必死で波に乗った。


身体の大きい少年は、器用にボードを操りながら、波打ち際まで上手にライディングしてきたが、もうもう一人の少年はというと、ボードが波に乗った途端、身体のバランスを崩し、落水してしまった。


そんな姿を愛しげに眺めてる男性のもとへ、さらにもう一人の少年がやってきた。


「七海兄ちゃんすごーい!陸は全然ダメー!」

色白で小柄な少年は、両手をメガホンに見立て口に当てると、二人のミニサーファーに向かって叫んだ。

「イエーィ!成功したぜ。ちゃんと見てたか、凪砂?」

「うん!七海兄ちゃんカッコよかったよ!パパみたいだった。ね、パパ」

凪砂は若い男性を見上げて、にこりと微笑んだ。

「そうか?パパはあんなへっぴり腰じゃないぞ。もっとカッコいいだろ?」

そう言って凪砂のほっぺを軽く摘んだ。


「ちくしょー、なんであそこでコケるんだ?波留はるさ~ん、どうやったらいいの?」

髪から滴る水を手で払い除けながら、落水した少年が不満顔でやって来た。

「陸はせっかちなんだよ。波と喧嘩してるんだ。もっと波を全身で感じ取らないと」

そう言って、陸の濡れた髪をあやすようにクシャリと撫でた。

「でも、上出来!次は絶対出来るからな」



パパは海が大好きだ。

海を愛するあまり、通勤に便利だった町を離れ、職場まで電車で2時間もかかってしまうこの町に引っ越してきた。

それは2年前、僕が小学校に上がる年の事だった。


都会生まれのママは、この町へ引っ越す事に猛反対していたけど、しつこく頼むパパに根負けして、最終的には『サーファーと結婚したんだから、いつかはこうなると思ってた』と、半ば諦め顔で受け入れてくれた。


気が弱くて、友達作りの下手だった僕が、この町で最初に友達になったのが陸だった。

陸は小学校のクラスが一緒、家も近所だということで、引っ越してきたばかりの僕とすぐに仲良くなってくれた。

陸の家族も引っ越してきたばかりの僕たち一家とすぐに打ち解けてくれて、家族ぐるみのお付き合いが始まった。


僕より5歳年上の七海兄ちゃんは、この町に引っ越してくると同時に、パパに習いながらサーフィンを始めた。

そんな七海兄ちゃんに触発されて、陸がサーフィンを始めたのはそのすぐ後だった。


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