9 焦土作戦
コッラー河の西にフィンランド陸軍第十二師団は布陣している。そして、ソビエト連邦の赤軍第八軍はコッラー河を挟んで東に対峙していた。戦局は、中央はほとんど動かず、左右の両翼がまるで翼のように攻めては後退を繰り返していた。
けれども、防ぐフィンランド軍に地の利があるとは言え、決して優勢であるというわけではなく、まるでじりじりと破滅へと向かって歩いて行くような錯覚にすら襲われる。
なにからなにまで不足している。
どうすればいいか、という自問自答をしても答えなど見えては来ない。
アリナは行儀悪く脚をテーブルの上に上げて組み合わせたままで気に入りのロッキングチェアを揺らした。
弾薬も、手榴弾も、無駄にはできない。
手下の兵士たちには使用する武器の手入れだけは怠らないようにと指示してある。いつ、赤軍の兵士たちが攻めてくるのかわからないのだから。
脚をテーブルの上にくみ上げたまま両目を閉じている彼女は、テントの外に人の気配を感じて身じろいだ。
その姿はどこからどう見ても、女性らしい恰好とは言い難い。
「姉さん、入ります」
副官――ユホ・アーッテラの声に、アリナは大きな動作で脚を床におろすとごつりとブーツの踵の音をたてた。
「時間通り。さすがだね」
皮肉げな笑いに、各小隊長たちが顔を見合わせる。
テント内にいるのは五名だ。
中隊長アリナ・エーヴァ・ユーティライネン中尉を筆頭に、副官のユホ・アーッテラ少尉。各小隊のサンテリ・ヴォウティライネン少尉、ヨウコ・ルオッカ少尉、アールニ・ハロネン准尉である。
アリナ・エーヴァは軍役を離れていた期間が五年ほどあるため最年長で、アーッテラとヴォウティライネン、ルオッカ、ハロネンは全員が二十代である。もっとも、二十代とは言っても二十代初めから三十歳手前までばらばらだ。
簡易テーブルに地図を広げながら、アリナはぐるりと部下の男たちを見渡した。
アリナ・エーヴァに鋭い眼差しを向けられて、三名の小隊長たちは興味深そうな眼差しを返してみせる。大概、彼女がこんな瞳をするときに限って言い出すことはろくでもないことと決まっていた。
しかし、彼らは部下として上官であるユーティライネンを信頼して異論の一つもなく作戦に従ってきた。アリナにとってみればまさしく理想的な部下たちだ。
もっとも、自分自身は型破りであるのに、部下たちには型どおりであることを要求する彼女の姿勢は決して褒められたものではない、のだが、とりあえずアリナ自身もそれを理解していたから救いようがないところなのかもしれない。
「……それで、なに企んでるんです? 姉さん」
一同の中で最も階級が低いが、ベテランの狙撃手であり三人の小隊長の中では最年長にあたるアールニ・ハロネンが無精髭の伸びた顎を手のひらで撫でながら、灰色の瞳を瞬かせた。
「あんたたちにはそれぞれ、小隊を率いて野戦炊飯所を襲撃してもらう」
目標は四ヶ所。
最も奥深い場所はおそらくスキーですすんでも六時間はかかるだろうと思われる。もっとも、往復で十二時間であれば充分に移動の許容範囲だ。
「……ほう? で、近いところはうちらがやるとして、ここはどうするんです? イワンの機甲部隊が道を塞いでるんでしょう?」
問題は最も奥深い林の奥。
フィンランド軍の戦車阻止柵やトーチカの場所は把握しているから問題はない。地形についても湖沼地帯の機甲部隊が通ることができない道も完全に手の内だ。
しかし、敵の機甲部隊が配置されているということは、そこは赤軍の手中にあると言うことなのだ。
「そこで、だ。あんたたちの部隊から、わたしに二人ずつ貸してもらいたい。人選は任せるからよろしく頼む」
「……八人でそこまで突破するつもりですか?」
「九人だ」
「あぁ、シムナですか」
彼女の提案を正確にくんで、ハロネンはひとつ頷いた。
野戦炊事所を襲撃すればソビエト連邦の軍隊などどうすることもできる。
腹は減っては戦はできぬ、とは良く言ったものでこの酷寒の世界で食糧もなく暖もとれなければ緩やかに、けれども確実に死へと行進していくことになるだろう。
幸いにして、赤軍の使うオイルは零下の世界ではたやすく凍り付いた。
そこにつけ込む隙があった。
「了解、すぐに人選します」
二人の会話を黙って聞いていたヴォウティライネンとルオッカも、ハロネンに倣って敬礼した。
「作戦開始時間は?」
ルオッカが初めて口を開いた。
「二〇〇〇」
つまり真夜中に近い時間に襲撃するということだ。
最も近い場所でスキーで三、四時間だ。
陣地から近い野戦炊事所を襲撃する部隊はまだいい。アリナ・エーヴァが襲撃するのはスキーで六時間だ。しかも、その道のりは楽なものではない。
「作戦開始時間まで準備を頼んだ」
「はっ、と……、姉さん。ところで、具体的な作戦は?」
「いつもの銃撃戦だ。任せる」
作戦、と尋ねられても、アリナが指揮するのは狙撃手部隊だ。
要するに作戦と言ったらそういうことにしかならない。
こういったスキーで往復して仕掛けるような奇襲は、大概戦闘時間は極めて短い。音もなく敵の背後に忍び寄って蹴散らす。
それだけだ。
卑怯と言われても、それがフィンランドの戦い方なのだ。自軍の何倍もの大軍を相手にするのだから真っ向からやり合ってもたたきつぶされるだけ。
「ま、苦戦してたら、助けにいってやるから安心しなよ」
アリナ・エーヴァはそう言ってからにやりと笑ってみせる。
自分は倍以上の距離がある野戦炊事所を襲撃するつもりだというのに、助けに来い、ではなく助けに行ってやると来たものだ。
危機感も感じさせないアリナに、男たちは苦笑すると鋭く敬礼をした。
「すぐに用意します」
作戦決行まで半日もない。
それまでに、部隊の面々に作戦を頭にたたきこませて準備をしなければならない。その上で、自分の部隊が動けて、アリナの元にやってもいい兵士を人選しなければならない。
やや面倒で、どちらにしたところで厳しい注文に、しかし男たちは動じない。
アリナ・エーヴァは彼らを信頼しているのだ。
自分が率いる兵士を適切に選択するだろう、ということを。ならば、男たちは彼女の信頼に応えるだけの話しだった。
テントから出て行く男たちを見送って、アリナはロッキングチェアに腰をおろすとテーブルの横に立てかけていた機関短銃に指先で触れる。
弾薬は無駄にはできない。
しかし、これから彼女は赤軍の機甲部隊をすり抜けてその奥に配置された野戦炊事所を狙うのだ。
激戦になるだろう。
「……損な役回りですね、一番隊員の多い連中に任せれば良かったんじゃありませんか?」
問いかけたのはいつの間にか戻ってきていたアーッテラだった。
「いや、いいよ。一番やばいところはわたしがやる。そのほうが、面倒じゃないからね」
信頼していないわけではない。
ただ、最も戦闘に慣れている者でなければ分厚い人間の壁を越えるのは無理だろう、と彼女は判断しただけだ。そして、彼女の中隊で最も戦闘に慣れている、と言ったら、彼女自身しかいない。だから彼女は最も作戦遂行率の高い人選をしただけだった。
無慈悲なほど合理的に彼女は判断し、感情を切り捨てる。
「まぁ、地獄の底までお供しますよ」
「楽しみだ」
アーッテラの軽口に、やはり軽やかに応じたアリナは地図をたたみながら、ふんと鼻を鳴らす。
スキーで移動して戦闘する場合、装備は最小限だ。
そうしなければ重さで動けなくなってしまう。
時と場合にもよるが、偵察などをする兵士たちの一部は弾薬ベルトすら持たないことすらあった。身軽に動けること。それこそが、フィンランド軍の強さの理由だった。
雪中迷彩の施されたリュックを手にすると、彼女は中の装備を確認する。実際戦闘に入るときはその辺にリュックを放り出して銃とナイフだけで戦うこともしばしばだった。
ガチャリと金属の音が鳴った。
「では、俺も準備してきます」
会釈して彼女の元を去ったユホ・アーッテラは、再び崩れはじめた天候にそっと眉をひそめた。
作戦開始時刻に、吹雪にならなければ良いが……。
*
ユホ・アーッテラの懸念通り天候は急速に悪化した。
テントから出てきたアリナ・エーヴァは吹きすさぶ雪に、かすかに目を細めるが特になにも口にはしない。
「……作戦開始を遅らせますか?」
慎重を期して問いかける。しかし、問いかけたアーッテラも彼女の答えなど知っているから、作戦の変更など期待もしていない。要するに、部下たちの手前、一応聞いただけだ。
「いや、このまま行く」
「了解」
時刻は丁度、十九時五十五分。
ヴォウティライネン、ルオッカ、ハロネンの三人の小隊長たちは薄暗い明かりの下でアリナが手元で広げた地図を覗き込んだ。
最後の確認だ。
これ以降、アリナとは無線以外では連絡がとれなくなる。
「ルオッカは南、ヴォウティライネンは北東、ハロネンは北を頼んだ。南西はわたしがやる」
「しかし遠いですな」
コッラー川を挟んで南西の野戦炊事所は沼地を挟んだ街道に機甲部隊が配置されている。そこを大きく迂回しなければならないのだが、ソビエト連邦の赤軍第八軍の指揮所が最も近いため、兵士も多く配置されていた。
アリナの言うところの「分厚い人間の壁」だった。
「ま、なんとかするよ」
にたりとアリナ・エーヴァが笑う。
獲物を狙う肉食動物のような笑いに、癖のように顎を撫でていたハロネンがアリナの青い瞳を見やってから鼻から息を抜いて笑い返す。
「そうじゃないと困るんで」
どう考えたって、最も激戦が考えられる地点だ。
機甲部隊など大きく迂回するとしても、武器には物量的な限界がある。
全員が、腰に火炎瓶と収束爆弾をひとつずつくくりつけているが、正直なところ、その程度で充分だとは思えない。
「さぁ、パーティーの始まりだ」
兵士たちを鼓舞するように彼女は地図をたたみながら、酷寒の空気の下で唇をつり上げて見せた。
彼女のそんな表情こそが、彼らを安心させるのだ。
――アリナ・エーヴァ・ユーティライネン。
モロッコの恐怖についていけば、自分たちは勝利をつかみ取れると、彼らは信じている。そんな部下たちの思いを知っているのだろう。アリナは決して、隊員たちの前で弱音も吐かなければ、及び腰な発言もしない。
ひとかけらの疲労さえ感じさせずに、彼女はそこに立っている。
「姉さん」
静かに口を開いたのはシモ・ヘイヘだ。
「どうした?」
「現地までは、なるべくナイフ格闘に頼るってことでいいですね?」
シモ・ヘイヘはサブマシンガンによる白兵戦も得意としているが、わざと確認したところを見ると、弾薬の節約の確認をしてきたらしい。
「すまないね」
軽く応じた上官に、ヘイヘは無言のまま頷くとベルトに吊したナイフを確認した。
猟師である彼は、ナイフの扱いにもよく慣れていた。
「いえ、別に。”標的”が、カモからイワンに変わっただけですから気にしないでください」
ただ、静かなほど淡々と告げた上背の低い男に、部隊の男たちは瞠目して一様に射撃の名手を見つめた。
彼は、特定の小隊には所属しておらず、主に遊撃が専門でほとんどの戦闘をひとりでこなしていた。
時折、アリナの命令で独自の作戦行動をとっていたようではあるが。
標的が、カモから人間に変わっただけ。
なんという冷酷な言葉だろう。
感情の揺れも感じさせず、言い放った彼は自分を見つめる部隊の仲間たちを見つめ返してから低く笑った。
「俺は、守ると誓ったからな」
この国を。
フィンランドを、侵略者の手から守ると誓った。
だから、そのためならなんでもできる。
「いい覚悟だ」
満足げに笑ったアリナはギリースーツの下のコートのポケットに収まっていた時計を取り出すと時刻を確認する。
ぴったり二十時だ。
「さて、行こう」
――幸運を。
アリナは三人の小隊長たちに拳を突き出した。
音もなく、四人の拳がつきあわされる。
固い結束だ。
「幸運を……、姉さん」
告げた男たちは、そうして各自の率いる小隊を振り返るとストックを手にした片手を大きく振り上げて、部下たちに指示を出す。
「おまえら、行くぞ」
こうして作戦は開始された。暗闇の中へと消えていく部下たちを見送ってから、アリナも自分の率いる狙撃手たちを見やった。ユホ・アーッテラが彼女を見つめ返す。
「さぁ、うちらも行こうか」
アリナの命令に部下たちの怒号のような雄叫びが響いた。
雪を蹴って滑り出したアリナに、部下たちがついてくる。大量の雪が降り注ぐ中を、ヒュウヒュウと風が鳴る。
雪に慣れていない森の住人でなければものの数分で白銀の世界へと迷い込むだろう。そんな一抹の恐怖すらも感じさせてしまうような雪だ。
こんな雪の中、赤軍の兵士はどうやって凌いでいるのだろうか。
アリナは暗闇の向こうに降り注ぐ雪を見つめながら考え込んだ。時折磁針を取り出して地図と方位を確認しながら進んでいく。
「はぐれる馬鹿はいないな?」
短く問いかけたアリナに、男たちは暗闇の中でどっと笑った。
もっとも、どっと笑ったとは言ってもそれほど大きな声ではない。響くほど大きな声で笑ったら赤軍に居所を知られてしまう。
そんなわけにはいかない。
控えめな笑いは、雪の中へ吸い込まれて消えていった。
「イワンじゃあるまいし、そんな奴うちの隊にはいませんよ。姉さん」
「そうだね」
部下たちを振り返ってから、人数を確認した彼女は凍り付きそうな前髪に手袋をした指先で触れてから、前方に向き直るとつもりはじめた雪にストックを突き立てる。スキーを履いた足で雪を蹴りつけて、アリナは部下たちをひきつれて再び雪の中を進み始めた。
小隊長三人が率いる部隊はすでに戦闘を始めた頃合いだろうか。
雪はますます激しくなっていくばかりで、アリナは苛立たしげに舌打ちした。雪は嫌いではない。
彼女も、森の民だ。
フィンランドに生まれてフィンランドで育った。
「姉さん、むかっ腹たてるのもいいですが顔に出てます」
「別に問題ないでしょ」
「違いますよ、姉さんがむかついてるとイワンに容赦なくなるのを心配しているんです」
どういう心配だ、とアリナが肩越しにアーッテラに視線を滑らせると、副官の男はかすかに笑う。
「言葉通りの意味です」
アリナはまるで憂さでも晴らすように、激情のまま冷酷な兵士へと変わる。
ユホ・アーッテラには、そんな彼女の姿はまるでただの虐殺者のようにも見えたものだ。英雄としての彼女ではなく、虐殺者の顔。
「部下たちが退きますんで」
「別にいいじゃない、それくらい」
一騎当千。
それは問題ない。
誰よりも強い猛者。
「……ま、加減してください」
「わかったよ」
すでに三時間経過している。
今のところ赤軍兵士とは出くわしていない。
アリナ・エーヴァの腰の後ろに吊したククリナイフは重い威圧感を放っていて、ユホ・アーッテラは彼女の存在に目を細める。
第十二師団第三十四連隊第二大隊第六中隊にとって、このユーティライネンという女性指揮官はこの上なく大切な存在だった。
彼女の存在そのものが男たちを奮い立たせる。
ストックを手首にぶら下げて、アリナの利き手が動いたと思ったその瞬間だった。腰に下げたククリを音もなく抜くと風を切り裂く音をたてて中空を飛んだ。
「お見事」
ブーメランのように飛んだナイフは、そのまま勢いを殺すこともなく数ヤード先の木陰にいた赤軍兵士の背中に衝き立った。
恐らく悲鳴を上げる間すらなかっただろう。
ナイフ格闘の天才だ。
「見張りがいたってことは、この辺は赤軍兵士共の巣ってことかね」
静かにスキーで死んだ男の傍まで滑り寄るとナイフを抜いて辺りを見回した。
「そろそろ、機甲部隊が展開されている地点かと思われます」
「ふむ……、じゃ、この辺りは沼か」
懐中電灯に照らされた地図を見つめた彼女は位置を確認しながら、磁針を取った。
「そういうことになりますね」
「……じゃ、いったん北に進路を取ろうか」
「承知」
さすがにアリナ・エーヴァが強者であっても、機甲部隊を相手にたった九人で真っ向からやり合おうなどという無謀なことは考えていない。
進路を変えたアリナに、付き従う男たちの間に緊張が走る。
すでに時刻は深夜だ。
「少し遅れてる」
「……はい」
短い中隊長と副長の会話を聞きながら、狙撃手たちは息を飲み込んだ。
「ペースを上げるよ」
彼女が指示を下した。
疲労感ももちろんある。しかし、そんなことは言っていられない。
タルヴェラ戦闘団など往復十六時間の移動を経験しているのだ。往路で六時間など大したものではない。
腰を落として移動の速度を上げたアリナは、目の前の暗闇を睨み付ける。
静かに確実に侵食していくのは、まるで病原体かなにかのようだ。
ソビエト連邦の赤軍という巨人を侵食していく。
ここで、野戦炊事所を破壊できれば、これから行うことになるだろう総攻撃にも余裕ができる。だからこそ、今の彼女らは打てる手を全て打っていかなければならないのだ。
「そういえば、ティッティネン中佐は知ってるんですか? これ」
アーッテラが問いかけると、アリナはスピードを緩めることもなく呟くように言った。
「言ったよ」
「そうですか、良かった」
事後報告だったりしたら、また後からなにを言われるかわからない。
「出発の五分前に」
「……え」
「これから奇襲に行ってきます、って言って切ったけど」
アリナの言葉に、無線機を背負った狙撃兵が肩をすくめてみせた。
「返事も聞かずに切ってました、副長」
ぬけぬけと副長に告げ口をする部下のひとりをアリナは軽く睨み付けてから、ふふんと笑ってみせる。もちろん、一方のアーッテラは馬鹿でかい溜め息をつくばかりだ。
これでは事後報告となにも変わらないではないか……。
「勘弁してくださいよ。どうして止めなかったって中佐から怒られるのは俺なんですから」
「いいじゃんいいじゃん、連帯責任連帯責任」
にやにやとアリナが笑っている。
毎回アリナに振り回される始末になるアーッテラは、それでも彼女に付き従うのだ。
「今回だけですよ」
「ありがと」
横顔が楽しそうに笑っている。
これから激戦の中へ身を投じようというのに、なんて彼女の表情には余裕があるのだろう。こんな彼女だから安心して兵士たちはついていけるのだ。
背後の狙撃兵たちを振り返ると、予想通り彼らは安心したような表情で前線指揮官の背中を見つめている。常に自信に満ちあふれている彼女だからついてきているのだ。
「そんなユホちゃん、大好き」
「……気持ち悪いこと言わないでください」
うんざりと溜め息をついた彼は、肩をすくめてから周囲を見渡した。
「姉さん、止まって」
「うん?」
「……あれ、なんですかね」
「たき火じゃないの?」
「イワンの見張りでしょうか」
遠目にたき火の赤い炎が見える。
赤軍の進路にある村という村はフィンランド軍が焼き払った。それゆえに、赤軍兵士は酷寒のなかで野宿するしかない。
「野営だと思うよ」
アリナはあっさりとつぶやくと目をこらす。
「たぶん、見張りの分隊だろう」
分隊――つまり十人程度ということになる。
「どうします?」
「殺っちゃおう」
「了解」
静かに音もたてずに、九人の兵士たちはたき火を囲んで凍えている赤軍兵士たちを取り囲んだ。




