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「ぐっちゃんとカノジョ。」シリーズ

とっと

作者: 高野環奈

 おっとっととっとってっていっとったのになんでおっとっととっとってくれんかったとっていっとうと。


 ぐっちゃんの言葉に私は固まった。

 ……えーと、なんの呪文?

 ぐっちゃんとは年単位のお付き合いだけど、これまでにも何度か言葉の壁にぶち当たってきた。今回は最大級だ。


 ――どういう意味?


 聞き返してすぐに反応がある。


 やけ、おっとっととっとってっていっとったのになんでおっとっとととっとってくれんかったとっていっとうと!


 一回目よりも明らかに語調が強い。

 ぐっちゃんなりの抗議はよくわかった。何かを訴えたいのもよくわかった。


 ――仕方ないなあ……。


 携帯を片手に「よっこいせ」とかけ声をひとつ、私はあったかいコタツから抜け出した。廊下に出た途端の冷気に震えながらドアを開けて、暗闇に向かって呼びかける。

 ぐっちゃんにはとっとと機嫌を直してもらわないと。


「ぐっちゃん、ちゃんと話聞くから。だから……、お風呂場に籠もってないで出ておいで」


 今回もぐっちゃんは携帯で返事してくるのか、それともちゃんと出てきてくれるのか。脱衣所でどきどきしながら待っていると「……うん、わかった」とくぐもった声が聞こえてきて、やっとほっとした。



***



 お風呂場籠城をやめたぐっちゃんと私はコタツに足を突っ込んで向かい合う。ぐっちゃんの伸ばした足がさっきから私の正座した膝や腰のあたりにぶつかりまくっている。

 いつもなら「足が長いのはわかったからもう少し場所譲ってよ」「えー、せまいならのんちゃんが俺の前にくればいーじゃん」なんて会話になるところだ。一応出てきてくれたとはいえぐっちゃんはやっぱりご機嫌ななめだし、変に刺激してまた引きこもられても困る。

 文字を追うだけではさっぱり理解できなかったぐっちゃんの呪文――とっとなんとかみたいなアレだ――については、ぐっちゃんがいじいじしながら呟いてくれたおかげでようやく意味がわかった。


「『〈おっとっと〉取っとって』って言っとったのに、なんで〈おっとっと〉取っとってくれんかったと? って言っとうと」


 標準語だと、


「『〈おっとっと〉を取っておいて』って言っておいたのに、どうして〈おっとっと〉を取っておいてくれなかったの? って言ってるんだよ」だそうだ。


 ぐっちゃん渾身のおくに言葉である。ぐっちゃんは通じてると思ってたから、私が「どういう意味?」って聞き返していたのにはびっくりしていたみたい。


「えっ、わからんの? そっかあ、わからんやったんかあ……」


 ぐっちゃんは廊下を歩きながら頭を掻いていた。

 そうなの、わからなかったの。だってネイティブスピーカーじゃないもん。まだ付き合いたての頃に張り切って餃子を作りすぎちゃって、大食いのぐっちゃんに「食べきらん」って言われたのだって理解しきらんかったもん。

 ……私の言い訳は置いておくとして、ぐっちゃんがしょげているのは私がぐっちゃんのおやつストックからおっとっとを食べてしまったからなのであった。


「なんか……すっげー子どもっぽいよね、俺」


 ぐっちゃんがぺしゃんこにたたんだおっとっとの紙箱をもてあそびながら言った。

 口調はすでにいつもどおりだし、ちょっぴり眉毛が下がっているのを除けば普段のぐっちゃんだけど、やっぱり残念だったんだろうなあと思う。


「ううん。ぐっちゃんが出かける時に言ってたのを聞いてなかったのは私でしょ。私が悪いんだよ」


 今日は月曜日。祝日で学校がお休みの私たちはぐっちゃんの部屋でまったりしていた。そろそろお昼にしようかどうしようか、なんとなく決めきれないまま時間はお昼前。そしたらぐっちゃんのバイト先から学生証入りのパスケースを忘れてるって電話があった。私はお留守番することにして、ぐっちゃんだけが家を出た。


「おなかすいちゃうだろうからお菓子食べて待ってて」


 慌てているせいかつんのめりそうになりながらぐっちゃん。ドアが閉まる直前に「おっとっとは取っとって」と言い添えたらしいのだけど、私は聞きもらしていた。

 ぐっちゃんのお言葉に甘えてお菓子を入れてある棚を開けた私。地域限定のパッケージと懐かしさに惹かれておっとっとを手に取った。ひとつ食べたら止まらなかった。気付いた時にはまるまる一箱があいていて、あちゃーと思っていたところにぐっちゃんが戻ってきた。

 色んな形が入っているお菓子や地域限定モノに弱いぐっちゃんはおっとっとが完食されてしまったことにいたくショックを受け、携帯を持ったままお風呂場に岩戸隠れ。

 ――そうしてメッセンジャーアプリを使ってぐっちゃんが例の呪文を唱えるに至ったわけだ。

 うん、ぐっちゃんの拗ね方はともかく、全面的に私が悪いよね!

 私はそろりとコタツから足を抜き、ぐっちゃんの背後に回った。ぐっちゃんの背中にぴったりはりついて、たくましい肩にあごを乗せる。


「今度、動物クッキー買おうね」

「うん」

「春休みになったら旅行するんだもんね」

「うん」


 ぐっちゃんの声がちょっと弾んだ。あと一息。

 食べることが大好きなぐっちゃん。休みの日は二人で美味しいケーキ屋さんを探しに行ったり、有名店に朝から並んだり。一泊二日の国内旅行は観光名所よりも特産品で目的地を決めたよね。おっとっとを私だけで食べちゃってごめんね。


「あとさ、お昼ご飯は外で食べよ。で、帰りにおっとっとも、買お」

「……うん!」


 後ろから腕をからめて、ほっぺたとほっぺたをくっつけるようにして呟く。お風呂場にいたせいで冷えていたであろうぐっちゃんのほっぺたも、もうあったかい。


「ぐっちゃん、うちのこと好いとっと?」


 ぐっちゃんがびっくりしたように振り向いて小さく笑った。うまくいったのかな?

 おっかなびっくり使ってみたぐっちゃんとこの方言、ちゃんと伝わったかな?

 素直に謝れなくてごめんね。好きだよ。大好きだよ。


「『好いとっと?』よりも『好いとう?』のほうが自然かも。のんちゃんもまだまだやなあ」


 よしよしと腕で抱えこむように頭を撫でられ、私は真っ赤になる。こんなことならフツーに謝っとくんだった! 恥ずかしい!


「……でも」


 ぐっちゃんが体を反転させた。至近距離で目が合う。


「のんちゃんはそういうとこがかわいかね。俺はのんちゃんのこと、ばり好いとうよ」



「……て、ていうか! ぐっちゃん二回目の呪文ミスってたからね!『おっとっと・とっとって』じゃなくて『おっとっと・と・とっとって』になってたからね!」

「うそやー」

「本当だってば、ほら!」


***


※作中の方言について

・「おっとっと〜」の言い回しはそこの方言を使い慣れていれば句読点がなくてもふつうに理解できるそうです。うそだーと思ってたら本当でした。

・食べきらん=食べきれない。

・理解しきらん=理解できない。ただし、今回の文脈では実は不自然。「わからんかったもん」の方がナチュラルです。「理解しきる/しきらん」は「(勉強の内容などが)わかる/わからない」の意味で使う場合が多いようです。

・ぐっちゃんの最後のせりふ「かわいかね」はどちらかと言えばぐっちゃんの地元よりは近県で使われる言い回しらしいのですが、単純に好みで採用しました。

・他にも「とっとっとー」はアクセントの違いだけで「(この席)取ってる?」「取ってるよ」の会話がなりたつそうです。

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― 新着の感想 ―
[一言] かつて九州の片田舎で他県勢も交えた学生生活をしていた頃、こんなやりとりをよくしてました。懐かしいです。「俺、標準語話しとるけん」(おいおい)な日常でした。
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