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蝉の鳴き声が響いている。梅雨が明けると夏本番だと知らせるように蝉たちは鳴き始める。
いつの間にか縁側で眠ってしまったようで、照りつけるような日差しに緑がよく映える景色を目覚めのぼんやりとした頭でタカフミは見つめその顔を顰めた。
夏がやってきた。外に出ればすれ違う子供たちはプールバッグを片手にいかにもはしゃいで夏が楽しくてたまらないといったふうだ。しかし彼にとっては厄介な季節でしかなかった。暑さでうんざりするのにこれから起こるであろう事を思うと口からはため息しかでてこない。
タカフミが一番初めにこれを体験したのは小学五年生の夏だった。
お盆で田舎の祖父母の家に親戚一同が集まったときだった。なかなか親戚一同が一度に会すことなどない家だったがこのときばかりは法事ということもあり大勢が集まっていた。大人たちは集まっていろいろと話をしていたけれど子供たちは早くも家にいることに飽きてしまい、数人で近くにある海へと遊びに行くことにした。久々にあった従兄弟とはしゃいでいたせいもあり沖へと流されていることに気づくのがおくれ、慌てて泳いで戻ろうとしたところで足をつってしまいタカフミは溺れたのだ。
どんなにもがいても思うように足が動かず沈んでいく身体と息苦しさにタカフミはパニックを起こし本気で溺れて死んでしまうことを意識した。死にたくない一心で空気を求めて上を見上げればきらきらと日の光が海に輝き、場違いにもなんて美しいんだろうと思ってしまった。その後すぐに救助されたおかげで水を多く飲んでしまっていたけれど命には別状なく知らせを聞いた親が顔を青くして迎えに来たときの顔は忘れられそうにない。
その後親と共に従兄弟たちより早く海から帰ると疲れたせいか祖父母の家に着くなりすぐに眠ってしまった。そのまま朝まで眠ってしいみた夢が随分とリアルだったせいで起きてすぐにはそれが夢だったと認識できなかったほどだ。
朝ご飯を食べながら体調を心配していた母親に夢の話をしてみればそれを聞いていた祖母が驚いた顔をしていた。そのときのはわからなかったが、それは祖母の早くになくなった妹の話と似ていたと言っていたがそのときは何か写真でもみて無意識に覚えていたせいで夢にみたんだろうということで落ち着いた。
けれど偶然はそう何度と続くはずがないのだが、それからというもの夏の間中ほぼ毎日といって良いほど違う人のとあるひと夏を体験することになった。
それは近所に住んでいた八十歳のばあちゃんの話だったり近所の猫のものだったりまったく知らない人だったりと様々だ。人や動物などつながりはないけれど、どれもこれも夢なんかではなくその人の記憶を俺は夢の中で疑似体験しているのではないかと思ったのが中学二年の夏だった。
どんなに寝ても一晩でその記憶の主のひと夏を経験し疑似体験するということは思っている以上に疲れるのだ。その上知らなくてもいいようなその人の感情すらもその夢からは伝わってきてしまうから性質が悪かった。唯一救いだったのはその夢の人物たちはタカフミの直接の知り合いではなかったことくらいだろうか。
毎年みるこの奇妙な夢をどうすればみなくなるのかと考えたが対応策などみつかるわけもなく、タカフミはこの高校二年になるまで夏になるたびに疲労が取れず夏休み明けにはげっそりしていた。
まわりにはただの夏バテだといったが本当のことは誰にもいえないし、言ったところで気味悪がられるだけだということもわかっている。
なぜ夏だけこんなことが起こるのかわからない。秋葉タカフミ十七歳の憂鬱な夏が今年もやってきた。